すれ違う心
サラッとお読みください
「ねぇ、もう帰ろうよ……魔物が出てくるから此処には来ちゃ駄目だってお父さん達も言ってたよ……」
「弱虫エリーナ。魔物が怖いなら、お前も他の奴らみたいに帰れよ」
私は幼馴染で村の子供達のリーダー的なナイチェの後をついて行く。魔物は怖いが、ナイチェが心配で何度も帰ろうと言い続ける。周りの子供達はもう私以外は帰ってしまった。ナイチェは魔物が怖くないとムキになっているのは私には分かる。ナイチェは強がりだから。
ナイチェが後ろをついて来る私に怒りながら振り向いてついて来るなと怒鳴る。そんなナイチェの後ろに狼の魔物が涎を垂らしながら襲い掛かろうとしているのが見えて、私はナイチェの名前を叫びながら突き飛ばした。
「あ゛ぁあ゛あああ!!」
狼の魔物は私の小さな両足に噛み付いて離さない。ナイチェは私に突き飛ばされ、一瞬呆然としていたが私の叫び声で我にかえり、持っていた小さなナイフで何度も何度も魔物を突き刺す。魔物は何度も刺された痛みからか、私の両足を食いちぎって逃げて行った。
「に、げて!!にげ、……て!!ナイチェ……逃げて!!」
私は痛みに泣き叫びながらナイチェに逃げるように言う。血の匂いに他の魔物が現れる可能性があるからだ。
両足を食いちぎられた私は動けない。だからせめて大好きなナイチェだけでも逃げて欲しい一心だった。
「エリーナ!!エリーナ!!ごめん、ごめん!!」
ナイチェは泣きながら足の無い私を背負い、足をもつれさせながら村へとがむしゃらに走って行く。私は食いちぎられた足から大量の血を流し、意識が朦朧としてそのまま意識を飛ばした。
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「……様……神様……どうか娘を助けてください……お願いします……どうか命だけでも……」
両足が痛い。熱くて、ズキズキしているのに膝下からの感覚が無い。あまりの痛みで重い目蓋をあけると、お父さんとお母さんが祈る様に泣いていた。どうして泣いているの?
「……お父さん?お母さん?」
「エリーナ!!目が覚めたのか!?」
「エリーナ!!……良かった……良かった!!」
「……ナイチェは?ナイチェは……大丈夫?」
お父さんとお母さんは私の言葉に顔を顰め、怒りをあらわにする。暫く口を閉ざしていた両親が、怒りを堪えるようにゆっくりと話してくれた。
「……ナイチェは無事だ。今は家で謹慎中だ」
「……よかった、ナイチェが無事で」
「良いわけないわ!!ナイチェの所為でエリーナの足が……!!」
お母さんが両手で顔を覆い、足元から崩れ落ちて泣く。お父さんは体を震わせ拳から血が出るほど手を握っている。
「お父さん、お母さん……ナイチェは悪くないよ。……私が悪いの」
「エリーナ……エリーナ……!!」
お父さんが涙を流しながら痛みに歪みながらも笑う私を抱きしめる。私はナイチェが無事で心からホッとした。食いちぎられたのがナイチェじゃなくて、私の足でよかった。例え、二度と歩けなくても。
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「ナイチェ……?」
あれから半年後お父さんが作ってくれた木製の車椅子に乗り、お父さんに車椅子を押されながら久しぶりに外に出る。するとナイチェとナイチェの両親がおり、ナイチェは私を見て泣きそうになり、暗い顔になる。顔や体はアザだらけで私はナイチェを心配するように駆け寄ろうとして、手を伸ばし存在しない足を動かす様にして地面に倒れる。
「エリーナ!!」
「俺の娘に触るな!!」
地面に突っ伏した私をナイチェが駆け寄り、起こそうとするが、お父さんが聞いたことも無い様な声でナイチェに怒鳴る。お父さんはそのまま私を抱き上げ、車椅子に座らせる。
「二度と娘に近づくな!!」
「お父さん!?違う!!違うの!!ナイチェは悪くないから、お願い!!ナイチェと今までと一緒にいたい!!」
「エリーナ……」
ナイチェは驚きに目を見開き、お父さんは悲しそうに私を見つめる。私は泣きながらお父さんに懇願した。別に私はナイチェを恨んでない。勝手についていったのは私だ。ナイチェを助けたのも私の意思だ。
「ナイチェ、ごめんね?痛いよね?ごめんね……ごめんね……」
「なんで……なんでエリーナが謝るんだよ。痛いのはエリーナだろ……」
ナイチェは嗚咽を零しながら泣き顔を隠す。私は自分の手で車椅子を動かしてナイチェの側まで行き笑う。
「私は痛くないよ。でも、ナイチェが痛いと私も痛い。だから泣かないで?私は大丈夫だから」
「エリーナ……ごめん……どんなに時間がかかっても俺が何とかするから……絶対に」
「そんなの要らない。私はナイチェと一緒に居られればそれで良いの」
ああ、なんて私は卑怯なのだ。ナイチェを私に縛りつけて、嬉しいだなんて。ナイチェはきっと罪悪感から私の言うことを聞くだろう。ナイチェは私のもの、、、仄暗い喜びが心を満たす。
ナイチェは私を置いて行ってしまう。そんなナイチェを引き止められるなら、足なんて要らない。
それからはナイチェは私が外に出た時は私の車椅子を押す様になり、周りの子供達とは遊ばなくなった。他の子供達は面白くなさそうに、私の事を『芋虫』と呼んだ。ナイチェはその言葉に怒り、私を馬鹿にする子達をボコボコにした。私は何も傷ついていないのに、ナイチェがそれを許さない。
でも、ナイチェを縛る代償は大きかった。ナイチェは私を見ると泣きそうになり、暗い顔になる。大好きなナイチェの笑顔を見る事は無くなった。
やっぱり神様は分かっているんだ。私がこんな汚い感情でナイチェの事を縛りつけるから。
私は私の家まで送ってくれたナイチェに振り向いて笑う。
「ナイチェ、ごめんね。私がナイチェの側に居たいだなんて言ったせいで……もう良いよ。ナイチェは前みたいに笑っていて欲しいから。さよなら、ナイチェ」
「……エリーナ?」
私は家に入り扉を閉める。それと一緒に私の心の扉も閉めて、歪んだ鍵で鍵を閉めた。
それから私は家から一歩も出なくなった。お母さんが薬師なので、お母さんから教えてもらい薬師になる為に勉強を毎日した。いつまでもお父さんやお母さんも私に縛り付けては駄目だ。ナイチェが毎日のように家に来るが私はナイチェと会う事は無かった。
それから数年、私は薬師として一人で食べていける様になったので人目につかない家を買い、そこで一人生活を始めた。大変な事は多いが、慣れてしまえばどうという事は無い。
薬の調合をしていると、誰かがドアをノックしたので車椅子でドアに近づいて開けると、成人して大きくなったナイチェが立っていた。
大好きな透ける様なブロンドの髪も、草木を思わせるエメラルドグリーンの瞳も何も変わっていなかった。ただ、そこには笑顔が無い。
私は慌てて、ドアを閉めようとするがナイチェがそれを許さなかった。
「エリーナ、聞いてくれ。俺は今日村を出て冒険者になる。必ずエリーナの足を治す方法を見つけてくるから待っていてくれ」
「……え?」
ナイチェはそれだけ言い、村の外へと向かう。私はその背中を追うことができずに、ただ呆然と昔と同じ様にナイチェの背中を見続けていた。
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夢を見る。ナイチェがいなくなってからずっと何年も見続けている夢だ。ナイチェも私も笑っていて、ナイチェが鈍臭い私の手を引いて走って、転んで、泥だらけになって、二人でただ笑っている。
貴方に会いたい。
どうして縛りつけなかったの。どうして拒絶をしてしまったの。全部、全部、全部、私の身勝手な我儘だ。
「……ナイチェ、逢いたい、ごめんなさい、逢いたい……」
私はベッドで泣きながら我儘な願いを祈る。
嗚咽を殺して泣いているとドアをノックする音が聞こえる。私は慌てて目を擦り、車椅子に乗る。もしかしたら村の誰かが熱でも出したのかもしれない。
急いでドアを開けると、夢とは違う本物のナイチェが立っていた。でも、私はナイチェの姿に目を見開く。体は鍛え上げられているが、右目は眼帯で覆われ、左腕は肘から下が無い。
「エリーナ……遅くなってすまない。エリクサーがやっと手に入ったんだ。これを飲めばエリーナの足は治る」
「……なんで、なんで!!どうしてこんなになるまで!?足なんて無くても生きていける!!どうしてここまでして!?」
「……お前が俺を助けてくれた理由と一緒だ」
「私はナイチェが思う理由なんかじゃ無い!!汚くて、浅はかで……足が無くなった時、ナイチェが……ナイチェが罪悪感で私の側にずっと居てくれるって思ってたのよ?どう……軽蔑したでしょ」
「なら、俺も負けてないぞ。俺もずっとお前の側にいれると思ってた。だけど、このままじゃいけないと思った。だからお前は俺を拒絶したんだろ?」
「違う!!ナイチェがいつも悲しそうな顔をするから……私の前で笑わなくなって……」
「当たり前だろう。好きな女に守られて、自由を奪って、それが何故か嬉しくて……。でも、お前が俺を拒絶する様になって……このままじゃ駄目だって思ったんだ」
「す、好きな女……?」
「良いから飲め」
「ナイチェが飲んで」
ナイチェは私にエリクサーを渡してくるが、私は受け取らない。そんなやり取りを何度もしてナイチェがやっと小瓶に入ったエリクサーを口にした。だがそのまま、私の顔を片手で掴み口付けてエリクサーを流し込んでくる。
「んぅ!?……何するのナイチェ!!」
「ああ……やっとだ」
私の膝下から無い足が光に包まれて、無くなった筈の足が存在していた。私は驚愕して足に触れる。
「もう、エリーナは自由だ。何処だって行ける、今まで出来なかった好きな事だって沢山出来る。……じゃあな、エリーナ」
ナイチェが村を出て行った様にまた、私に背中を向けて歩き出す。私は震える足で立ち上がるが、力が入らず地面に突っ伏す。ナイチェが驚いて振り返る。私は震える足に力を入れて赤子の様にナイチェに向かって歩く。ナイチェに手を伸ばし、長い時間をかけてナイチェの前に立ち、しがみつく。
「ナイチェ、ナイチェ……側に居て。私を置いて行かないで……」
「……俺が側にいて良いのか?お前を散々傷つけたのに」
「ナイチェじゃなきゃ駄目なの!!ナイチェじゃなきゃ意味がないの!!……ずっと、ずっとナイチェが好きだったの」
「……ははっ、なんだ俺と一緒か。俺もずっとエリーナだけだ」
月明かりに照らされて私達は優しい口付けを交わした。
有難う御座いました!!