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エピソード1――五百森ビルにて――

 五月。花粉症の症状が落ち着き始め、高校二年生の生活に徐々に慣れ始めた頃合いのこと。

 「先輩、五百里(いつもり)ビルに行きませんか」

 練山市中央図書館三階は爺さん婆さんしかおらず閑散としているため、絶好の勉強スポットである。

 「……なんで」

 「春ですよ? それに、せっかく先輩と仲良くなったんですし、もっと親睦を深めるべきだと思いません?」

 セミロングの髪をシャーペンに巻き付けながら、若下はヘラヘラと言いのけた。図書館なので、いつになく若下の音量は絞られている。それでも彼女の浮き足だった興奮は押さえきれておらず、ひどく無邪気な印象を与えていた。

 「別にお前とは仲良くないし、行く道理もない」

 彼女はどこか頭がおかしく、恐怖心というものが欠落していると思うし、現に今もそうだったのだろうと納得している。

 彼女との出会いは四月、かなり奇怪な出会い方であったが、それは割愛する。とにかくその一件のおかげで何故か俺は若下に好かれ、昼休みになると俺の教室に来たり、放課後はどこで聞きつけたのか、俺が勉強している最中に突然姿を現したりする。

 その時も勉強をそろそろ切り上げるかという時間帯――五時くらいだった――に突然現れて、帰宅の時間を遅らせて再びやり始めた途端この提案だ。勘弁してほしい。

 「大体なんで心霊スポットチョイスなんだ? もっと他にあるだろう」

 「だってタピオカも好きじゃないし、僕ってほら、友達いないじゃん? 先輩がお手頃かなーと」

 「その自虐は笑えないんだけど。……そうだな、じゃあ、お前の持ってるワーク、ここまで終わったら行ってやるよ」

 俺は性格が悪いと自負しているし、実際敵も多い。指定したページは四十ページほど。しかも問題数は恐らく百ほどあるだろう。地理のワークと言えども初見なら二時間はかかる。ソースは俺。

 「本当ですね? 嘘ついたら痛くします」

 「嘘はつかないよ。つーか痛くってなにするんだ」

 真面目ぶった受け答えをしつつ、内心バァカと目の前の後輩をあざ笑い、勉強を再開する。こいつには勉強させられるし、さらに廃屋にも行きたくない。よい考えだと俺は確信していた。

 一時間後。

 図書館から出た時に、俺は全問回答されたワークを差し出され、約束ですよ? とニヤニヤしながら言われた。言葉が出なかった。

 彼女が社会科だけが異様にできるということを知ったのは、そのあとのことだった。


 五百里ビルは、もともと白かったのだろうが、蔦に覆われ、やや黒ずんで陰気を放っていた。最上階を見上げると、ひどく高く、中の様子は窺い知れない。『自殺者が出た』からの、『夜な夜な何者かが徘徊している』という定番セットがそろったアパート。ここら一帯では名の知れた場所であり、俺が通っている高校――石坂高等学校――の裏手にある十階建て。多分地元の人なら心当たりあるんじゃないかなと思う。特定はやめてほしい。

 図書館に荷物を置いた後、俺と若下の二人は『関係者以外立ち入り禁止』というテープが張られた入り口にいた。

 「いつみても薄気味悪いな」

 やけに赤がかった茜色の空は、未だに俺の脳裏に焼き付いている。どこかニコニコと無邪気な表情の若下の姿も。

 「ですねぇ! 先輩の好みかと思いまして」

 「俺を何だと思ってるんだ」

 若下は躊躇もなくテープをくぐり、がつがつと先に進む。お前に罪悪感はないのかと頭を抱えたくなった。

 入り口のすぐ右にあった階段を無視し、そのまま直進する。紺のスカートがひらひらと揺れ、足取りは軽かった。右手には扉が等間隔に並び、左手は手すりを超え、先ほど俺たちが歩いてきた住宅街が望める。警察が来たら即アウト。なんでこんなことにと思っても自分が言い出したことなのですでに遅し。

 「鍵かかってますね」

 若下は警戒心が無く、ガチャガチャとドアノブを一部屋ごとに回しながら歩いていく。

 「そりゃ勝手に侵入されるわけにはいかないからな」

 地面には缶ビールやら、割れた何かの破片やら、卑猥な本が散乱しており、躓きそうになる。

 コツ、コツ、コツ……。

 徐々に空が暗くなるにつれて、視界も悪くなってきている。扉は、今のところどこも開かない。

 それにしても、と俺は思う。

 十階のビルだ、昔はたくさんの人がここに住んでいたんだなと思うと、どこか侘しい心持になる。国語でやった、無常観という単語を思い出す。移り変わらない人や物はない、というあれだ。

 「……それにしても、寒いな」

 ビルに入ってから、何故か温度が下がった気がする。春の陽気はすでに消え失せ、どこか、緊張をはらんだ、重苦しい空気がそこにあった。

 「先輩」

 夏樹の声色は、どこまでも平常通り、軽かった。

 「なんだ」

 「知っていますか? この五百里ビルから、住民が去った訳」

 「自殺だったんだろ。俺が生まれる前にあったとは聞いた」

 すでにそれは周知であり、彼女がそう念押しする理由がわからない。

 「はい、大まかはその通りなんですよ」

 今にも鼻歌を歌いだしそうな勢いで、夏樹はくるりと振り返りにっこりと笑った。……その笑顔が、朽ち果てたビルとの激しいコントラストを奏でていて、どこか薄気味悪かったのを記憶している。

 「ですが、実際は少し違うらしいんですよ」

 「違う?」

 「はい」

 夏樹は再び歩き始める。

 真っすぐの通路が、右に折れる。先には二つ目の階段があった。手すりによくわからないベタベタしたものがついていて、思わず触れてしまい、ズボンでこすり落とす。

 「ここに、ある男性がいたんですよ」

 男性、と俺も反復する。そうです、と夏樹は今にも吹き出しそうな語り口調で答えた。コツ、コツと彼女のローファーの足音が甲高く乱反射する。始終、彼女は楽しそうだった。

 「その人には、好きな人がいて」

 二階。

 「その人を追い回している」

 三階。

 「ストーカーだったんですよ」

 四階。

 足が疲れてくるが、若下は軽やかに上に上がる。

 「その人はね」

 五階。

 「気が狂ってね」

 六階。

 そこでようやく彼女は足を止めた。

 「その人を監禁して、無理心中しちゃったんです」

 無理心中。

 めったに聞くことのない、俺の生きる現実に飛び込む、非日常。

 「……なんで、お前そんな話を知ってるんだ?」

 ひどく、喉が渇く。一刻も早く、帰りたい。理由は分からないが、激しくそう思った。

 「女の子は秘密が多いんですよ」

 適当にはぐらかし、彼女は再び廊下を歩き始める。なんにせよ、悪戯っぽく人差し指を口の前に点てる若下に、どこか肩の力が抜ける感覚を覚えた。そっと溜息を漏らす。うん、大丈夫。怖くはない。不安はあったけど。

 手すりの向こうは、平時より高い景色が浮かんでおり、茜と群青の緻密なグラデーションの間に三日月が浮かび上がっている。ここから花火を見たらそれはそれは美しいだろう。五百森ビルじゃなければなぁと本気で思う。

 「だから幽霊が出るとか、そう言う噂がされてるんだ」

 「はい。まー当時の住民が出ていった原因はそれだけじゃないかもだと思いますけどねー」

 含みのある言い方をする奴だなと思った時。

 ガチャリ。

 俺と、彼女の先にある扉が、勝手に開いた。ギギ……ギ……ギギギギと、黒板をひっかいたような音が響き渡る。

 ドアノブが、あたかも内側から誰かが開けたように、レバーが動いたのを、俺は見た。

 人は本気で驚くと、動けなくなるもので、びくりと不自然に体が自分の物でなくなかったかのように跳ねた。

 俺の前を歩く若下も立ち止まっていた。

 しかし、扉からは、誰も出てこない。

 暫く、ピアノ線を張り詰めたような静寂が、その場を支配した。

 振り返った若下は、気持ちが悪いほどの満面の笑みで、目だけが異様にギラギラと光っていた。

 「行きましょう」

 「は?」

 一瞬何言っているか分からなかった。

 「馬鹿だろ! 絶対にヤバいって」

 制止も空しく、彼女は本当に戸惑うことなく扉に吸い寄せられるように歩いて行った。

 置いて帰ろうと割と思った。

 けど。

 確かに響く、足音が、俺たちが来た階段からかすかにした。

 コツ……コツ……コツ……コツ。

 やけにクリアーな足音が、徐々に、俺たちに迫ってきていたのだ。


 廃屋である、五百里ビルに。


 「先輩、立ち止まってないで早くきてくださいよー」

 心臓が飛び出るかと思うほどの声量の後輩が、動けないでいる俺の反応を楽しむように嬲る。

 ……戻るのは本気で無理だった。

 少なくとも足音の主とばったり出くわすなんてことしたら俺の心臓は砕け散る。

 後輩を追い抜いて、俺はすぐに部屋に入るほかなかった。

 俺たちが立ち止っている場所と、向こう側にある階段との距離が、絶望的に開いていたから。

 「勢いがいいですねー先輩」

 フフフと笑い、ゆったり入ってくる若下の腕を掴み、強引に部屋に入れ、扉を閉める。心臓が狂ったようにバクバクなっている中、部屋を見渡し――俺は本当の意味で背筋が凍るという感覚を味わうことになる。


 俺たちがいる玄関の横にある台所、トイレ、正面にある座敷のリビング、開け放たれた押し入れ。

 わずかな光源が窓から差し込んだ部屋一帯に。


 何百、何千、何万という写真が貼られていた。

 セピア色の写真もあれば、モノトーン、スマホで撮ったような高画質なものもあった。

 どれもこれもすべて、俺の確認したそれらは、まぎれもない、たった一人の女性の隠し撮りだった。

 歳は二十代前半くらいだろうか。可愛らしい顔つきの女の子。


 毛穴が開いたような感覚とともに、背中に嫌な汗が一斉に噴き出す。しばし、呼吸の仕方を忘れるほどの衝撃だった。

 「あっはは、ヤバいですねぇ先輩」

 本気で殺そうかと思った。けど。

 ……コツ、コツ、コツ……。

 よりによって、誰かが、こちらにやってくる足音がするのだ。よりによってこの六階に。

 まさか。

 ……この部屋に来るつもりじゃないだろうな。

 俺は鍵を掛けようとして――止める。ここは六階なのだ。

 仮にここが奴の目的地だとしたら、鍵をかけたとしても破られて詰む。

 窓から飛び降りると俺の人生は終了する。

 だとしたら、残された道は隠れるという選択肢。

 俺は馬鹿か、と自分を責める。どうして袋小路に自分たちは逃げ込んだ?

 周囲を見渡す。写真塗れの部屋。

 どこに隠れる?

 足音が近づいてくる。徐々に。徐々に。徐々に徐々に徐々に。

 足ががくがくする。埃っぽい臭いが実に不快だった。

 「先輩先輩」

 若下が指をさしたのは、空いた押し入れだった。

 「隠れましょう、そこに」

 迷っている時間なんてあるはずがない。

 土足のままリビングに行く。

 足音は、やがて鮮明になった。

 後輩をさっさと奥に押し込み、俺も滑り込むように押入れに入り、内側からひっかくようにそれを閉める――。

 足音が止まった。

 続いて、ドアノブが引かれる。

 愚かなことに、押入れの紙の扉を最後まで押し閉めることができず、わずかに開いたままになっていた。

 「ただぃまぁ、美羽ちゃぁん」

 薄気味悪い、甘ったるい、中年の声がした。二センチほど空いた扉。後輩はピクリとも動かず、俺は自分の足の震えを懸命に止めようとする。そいつは、リビング――押入れのすぐそばに来た。紙の扉一枚隔てたといえど、多分一メートルほどしか距離はなかったと思う。

 「帰ったよぉ、いい子にしてたかなぁ?」

 バレた? 最初はそう思った。口から叫び声が漏れそうになるのを、必死に堪える。

 もはや外を見ている余裕はなかった。目を瞑り、必死に奴がいなくなってくれることだけを考えた。外に心臓の音が聞こえるんじゃないかってレベルの心拍数。呼吸すら、できなかった。

 けど、違ったようだった。

 「今日はねぇ、美羽ちゃんのだあいすきなチョコレートを買ってきたんだぁ」

 おっさんの声だけが、不気味に響く。応えるものは、当然いない。

 どさりと何かを置く音がした。

 「今日も美羽ちゃんは元気だねぇ、可愛いよ、可愛いよ美羽ちゃん……愛してるよぉ」

 甘ったるい猫なで声。吐きそうだった。なんでこんなことになったんだと激しくここに来たことを後悔する。

 そのうち、奴がごそごそとズボンを脱ぐ音がした。何するかは即座に分かった。

 それからは地獄の時間だった。『あー』とか『うー』とかのうめき声に、時折混ざる『美羽ちゃーん』という切ない叫び。一分が一時間に感じるほどの極限までの緊張。いまだに俺はあそこに何分いたのか想像すらできない。永遠に思えるほど、地獄の時間は続いた。

 本能的に分かっていた。

 あいつに見つかったらヤバイ。

 あの写真を撮って、現像して、張り付けて、一人でへらへらと知らない誰かに甘えた声を出す奴に、見つかったらどうされるかなんてわかり切ってる。

 殺される。

 おっさんは愚図愚図といるはずもない女の子に愛の言葉をささやき続けていた。いや、美羽は、あの写真の女の子なのか? あの子がいる幻影を、あのジジイは抱いているのか。

 頼む、気づかないでくれと無神論者な俺は神に祈る。『祈り』は、本気で追い詰められた時に、自ずと発生されるものなんだと気づいた。というか、祈るしかなかったのだ。


 ……何分経っただろう。

 「そうだ、僕ね、君のためにアイスを買ってきてあげるよぉ。もう夏だもんねぇ」

 ジジイが立ち上がる気配を覚えた。今は春だなんて突っ込みは、頭にはなかった。

 「おとなしくまってるんだよぉ、美羽ちゃぁん」

 ゴト、ゴトと足音がし、扉が開き、やがて閉まる音がする。コツ、コツ、とおぼつかない足音が去っていく。

 完全に聞こえなくなってからも、俺は動けなかった。ホラー映画の見過ぎで、実はまだいるのではないか、という幻影に取りつかれたから。

 けど、若下がいそいそと扉を勝手に開けた。

 いつの間にか、俺は汗だらけになっていた。何もない押入れの木材の床は、汗で黒くにじんでいる。

 「いやぁーすごかったですねぇ先輩」

 若下の第一声はそれだった。ニコニコとまだ奴の臭いの残滓が残るリビングに、優雅に背伸びしていた。空は、完全に夜の帳が支配していた。

 本気で吐きそうだった。

 「もう少しここにいますか、先輩」

 若下の冷やかしなんて聞いている余裕はなかった。

 忌まわしい部屋から飛び出し、これ以上ないほど慎重に階段を降り、後は図書館まで激走した。


 「いやーヤバかったですね。というか先輩ビビりすぎですよぉ」

 図書館には、誰もいなかった。受付の司書さんまで居眠りしている始末。

 俺はキレていた。若下の胸元をつかみ、壁に叩きつける。女の子だから殴らない? 俺は男女平等主義だし、今もそれは変わらない。

 「お前知ってただろ。あの部屋の存在知ってて俺を誘導したんだろ!」

 あいつの話は、まぎれもない、作り話だったのだ。六階に誘導し、俺の反応を楽しむために、あんな奴と遭遇させるための布石。幽霊もへったくれもない、こいつは自分の娯楽のために俺を利用した。

 だからこそ彼女は平然とした態度をとれていたのだ。奴がこの時間帯に来るとわかっていたのだから。

 あのおぞましい声が、写真が、景色が、臭いが、体に、脳に、全てにしみこんで離れない。

 けど、若下はどこ吹く風だった。

 「まっさか、僕がそんなことすると? ……本当に『偶然』ですよ、先輩」

 全く表情を崩さず、楽しそうに言い放つこいつ。

 「そんな言い訳が通用すると思ってんのかよ!」

 「でも親睦は深められたじゃないですか、僕と先輩との」

 「さっさと死んでほしいわ。糞が!」

 司書は起きない。ひょっとしたら狸寝入りしていたんじゃないかと今になって思う。

 「大体なんなんだよあのジジイ! なんであんなヤバいジジイがいるんだよ! 聞いてねーよくそが!」

 恐怖じゃない、若下に対しての怒気しかなかった。

 しかし。

 若下はさらに爆笑していた。

 「ヤバい? あの爺さんが?」

 はっきりと若下は俺の目を見、そして言った。

 「僕からすれば、あのお爺さんの横にいた、首が変な方向に曲がって、そいつ睨みつけていた女の方が怖かったですけどねー」

 のち、若下は、扉の破れてるところから爺さんの一部始終を観察していたという旨を供述した。

 そこにはそいつの背中にべったりと張り付くように、憎悪を孕んだ視線をおじさんに送っていた奴がいたという。

 その女性は、まぎれもない、写真に写っていた、あの女性だったそうだ。


 「あの人、あのおっさんに殺されていますよ」

 図書館から帰る途中、若下は断言した。相変わらず俺の一歩前を歩いている。

 「おっさん相当拗らせたんでしょうねーハゲだしデブだし眼鏡だし。殺し方は、うーん、絞殺に掛けよっかな。あっはは、恋愛なんて面倒なもん、するもんじゃないよね」

 おまけに、と若下は続ける。

 「写真に注目してたんですよ。そしたら、面白いことに、写真の子、全員おっさんのこと見てたんですね」

 あれはヤバかった、と若下はへらへらし続けていた。

 「……お前、頭おかしいよ」

 荷物がひどく重く感じる中、俺は率直に口にする。

 「おかしいですか? 先輩」

 「……普通だったら驚く。恐怖する。そして混乱する。間違ってもお前みたいな反応はしない」

 異常だ。俺はからっきし霊体験に無縁だったわけではない人生を歩んできている。が、このように恐怖を楽しみ、求める女に会ったことはない。

 「現実は小説より奇なり、ですよ」

 彼女は微笑しながら、さらに言葉を続けた。

 「先輩、人間が恐怖するのはどうしてだと思いますか?」

 「しらん」

 「死ぬかもしれないという本能的な恐怖。あるいは、極端に理解できない事象、物質。それが恐怖の根源なんですよ。先輩」

 「それがどうしたんだ」

 先が読めない会話術に、俺は思わず言葉を選ばずぶっきらぼうに結論を促すと、彼女はフフフ、と不敵に笑った。

 「ねえ先輩」

 「なんだ」

 「僕の傍にいてくださいね。貴方に、僕の全てを見せるまで、ね」

 俺に見せた表情は、五百里ビルにいた時の邪悪な笑みとも、不敵なそれとも違う、純粋な、年相応の笑顔。

 「……うっせえ」


 その時俺は奴が中二病も併発してるのかなと思った。いや、違う。こいつは本気で狂ってると戦慄した。理解できない。狂人。そう俺は彼女の存在を結論付けた。


 けど、この時、俺は彼女の言葉の真意を深く探るべきだったのだ。


 それを知り、そして後悔するのはまた、別の話。

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[良い点] もえぎ しゅんめい 様 初めまして。  すごい。 なんと不気味な雰囲気に満ちた小説でしょうか。 緊張感や圧迫感、怖気、寒気、そういったものが感じられて大変良かったです。 本当に背筋がゾ…
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