第91話 盾の外の謝肉祭①
その夜、謝肉祭の7日間を戦い抜いた俺たちは狩人のみんなと共に、『盾』と呼ばれる壁の近くで、アルビンの帰りを待つ。
しばらくして、『盾』の扉が開いた。
アルビンが扉から出てくる。
アルビンの後ろには、二つの人影が見える。
ヨニ、イラと呼ばれていた男女のエルフだ。
謝肉祭の開催式で挨拶をしていた二人である。
ヨニとイラが一歩前に出てくる。
「みなさん、おめでとうございます」
ヨニという男のエルフが言う。
「ルオスト地区。換算後、617頭。文句なしの優勝。過去最高記録ですよ」
イラという女のエルフが言った。
「やったぁぁあ!」
俺は両拳を空に突き出して叫ぶ。
「ケントッ! やったねっ!!」
クロエが右からぎゅっと抱きついてくる。
「ケント兄、やりましたね!」
シルフィードが左から俺の腰あたりに抱きついてくる。
……うん。
巨乳とぺったんこ。
なんとも言えないコントラストだ。
……決して口には出さないが。
「……あなたがケントさんですか」
ヨニという男のエルフが、俺の方に歩いてくる。
「シャイニングスコーピオンの肉は出来れば……。いえ、なんでもありません。お疲れ様でした」
なんだろう?
何か言いかけてやめたけど。
周りの狩人たちも、一位の喜びに大騒ぎしている。
「色々あったけど、7日間の謝肉祭もこれで終わりか」
4日目までは、第二位のハルティ地区をそこそこ突き放して第一位だった。
5日目、6日目は全く獲物が捕れなくなり、最終日でサソリを仕留めて大逆転。
俺もなかなか貢献できたんじゃないかと思っている。
「何言ってるの、ケント。『盾の外』の謝肉祭は、これからが本番だよ!」
クロエがにっこりと笑いながら言ったのだった。
***
俺たちはルオスト地区の集会場の前の広場に集まる。
広場の真ん中にはキャンプファイヤーのように大きな炎が焚かれているのが見える。
「なるほどな。今日だけは『盾の外』でも宴会をやるんだな」
「うん。『盾の中』に供物を捧げる時には、普段からその2割は自分たちの取り分になるんだけど。謝肉祭中でもそれは同じなんだよね」
「謝肉祭中に獲った肉を使って、最終日に盛大に宴会をするわけだな」
「うん、そういうことだね!」
俺とクロエが話していると、アルビンがこちらにやってくる。
「ケント殿、アイアンスコーピオンの肉はどうしましょう? 聞くところによると、この肉はあまり日持ちはしないようですが」
アルビンの後ろに、アイアンスコーピオンの足を持ったハーフエルフたちがずらりと並んでいる。
確か、サソリ肉は滅茶苦茶旨いって話だったよな。
「クロエ、謝肉祭中に獲ったキラーボアの肉はどうしてるんだ?」
「うん。自分の冬の間の保存食分は確保しておくけど、残りは謝肉祭で振舞ってるよ。私はいつも自分の食べる分以上に狩るからね」
なるほどな。
アイアンスコーピオンは俺一人で狩ったので、俺だけに権利があるわけだな。
シャイニングスコーピオンの肉は『盾の中』のエルフも欲しそうにしていたけど、ここでみんなに食べてもらった方が良いかな。
……というか、サソリ肉が旨いって話は、まだ俺は信用しきっていないのだ。
ここにいるみんなに同時に食べてもらった方が、俺としても安心なのである。
「よし、アイアンスコーピオンもシャイニングスコーピオンも、今日みんなで分けて食べてしまおう。アルビンに任せるから、うまく分配してくれ」
俺がそう言うと、アルビンはこれまで見たことのない満面の笑みとなる。
「みんな、ケント殿が、アイアンスコーピオンもシャイニングスコーピオンも分けてくださるそうだ! 今日は盛大に宴をやるぞ!」
アルビンがそう言うと、周りから「うぉぉぉぉお!」と歓声が聞こえてくる。
「……しかし、これ、ホントに美味しいんですか?」
シルフィードは、眉間にシワを寄せて、サソリの足をちょんちょんと突いていた。
クロエと俺とシルフィードが並んで座っていると、輪切りにされたアイアンスコーピオンの肉が運ばれてくる。
その断面は、俺の太ももぐらいの太さがある。
「……ついに来たかサソリ肉。なかなか、手を出すのに勇気がいるな」
「うん。私もアイアンスコーピオンを食べるのは初めてだから、緊張しているよ」
「いや、お二人。緊張の種類が全く違うと思うんですが……」
シルフィードがクロエと俺の会話を聞いて、ツッコミを入れてくる。
クロエがサソリ肉を口に運ぶのを確認してから、俺も勇気を出してサソリ肉にかぶりつく。
「……うん。意外に旨いじゃないか!」
事前に何となく予想していたとおり、カニの味に近い。
カニの味に、鶏肉の弾力を加えたようなイメージだ。
「……うんっ! アイアンスコーピオン、滅茶苦茶美味しいよ!」
クロエも喜んでいるようで何よりだ。
「……美味しいです」
シルフィードもひょいひょいとサソリ肉を口に運んでいく。
周りから、「旨ぁぁぁい!」「ケントさん、ありがとう!」など、ざわざわと声が聞こえてくる。
「ケントさん、お待たせしました。シャイニングスコーピオンの肉です」
俺の目の前に、新たなサソリ肉が運ばれてきた。
シャイニングスコーピオンは1頭しか獲れていないため、それほど量はない。
さっきのアイアンスコーピオンの半分ほどの量だ。
それでも、俺が獲った肉なので、多めに運んできてくれているようだ。
周りのみんなは、俺の半分以下の量しか配られていない。
先ほどのアイアンスコーピオンの肉が美味しかったので、俺は安心して、新たに持ってこられたサソリ肉を口に運ぶ。
……旨いっ!
これは旨いっ!
先ほどよりも旨味が凝縮した肉。
野性味溢れた香りに、繊細な口当たりと後味。
これほど食べ物が美味しいと思ったことは、転移前の日本を含めて、あまり記憶にはない。
クロエは俺の隣で目をつぶったまま、顔を空に向けている。
先ほどまで感動の声をあげていたみんなも静かになってしまう。
広場の中心の炎の音だけが、聞こえてくる。
「みなさん、あまりの美味しさに黙っちゃいましたね」
シルフィードが俺の耳元でそうささやくのだった。




