第89話 謝肉祭③
「……ケント、早く逃げよう。あいつら、幸い足はあまり速くないから、私たちの足なら逃げ切れると思う」
クロエがアイアンスコーピオンの群れを見ながら言う。
サソリの群れは遠くでガチャガチャとうごめいている。
「あいつらは、クロエの弓矢では倒せないのか?」
「うん。弱点はあの目のあたりなんだけど、あの左右の大きなツメで防御を固められるとどうしようもないんだ」
アイアンスコーピオンはその名のとおりサソリのような大きなツメを持っており、分厚そうな甲殻に覆われているように見える。
「……早く『盾の中』に知らせないと」
「『盾の中』のエルフたちなら、あいつらを倒せるのか?」
「あれだけ数がいると、ちょっと分からないかもしれないけどね。……でも、悔しいな」
「悔しい?」
「……うん。アイアンスコーピオンは、滅茶苦茶、美味しいらしくてね」
「……え、本気で?」
あんな見た目なのに。
虫だぞ、虫。
……いや、しかし、エビやカニだって美味いって知らなかったら、相当にグロいしな。
見た目で判断しちゃいけないか。
「……10倍なんだ」
「10倍?」
「うん。アイアンスコーピオンは精霊王への最高の供物って言われててね。その肉の重量は、キラーボアの10倍の重量で換算されるってわけ」
……なるほどな。
あそこにいる全部、10倍ってわけだ。
「……聞いたか、シルフィ?」
「ええ。聞きましたよ、ケント兄」
シルフィードが悪そうな顔で笑う。
「クロエ、『盾の中』のエルフたちはどうやってあいつらを倒すんだ?」
「うーん。私も戦うのは見たこと無いんだけど、あの尻尾の毒針を最初に切り落とすらしいよ。そうしないと死んでから肉に毒が回っていくらしくて。毒針を落とした後は、あの弱点の目の付近を狙う感じかな」
「……よく、わかった。ありがとう、クロエ」
俺は一歩前に出る。
魔法障壁は、起きている間はずっと展開している。
俺は物理攻撃対策に、風魔法を実体化して、風の鎧を作っていく。
あとは武器だ。
アイアンっていうぐらいだからな、雷魔法で行ってみるか。
……あのサソリに鉄と同じような性質があるかは、知らんけど。
あの鋼鉄のような甲殻を切り裂く、切れ味の鋭い武器だ。
剣というよりは、刀がいいな。
俺は右手に雷魔法で作った刀、
左手には風魔法で作った刀を持つ。
……風魔法で作った刀は、目には見えない。
普通の人が見れば、右手に刀を一振り持っているだけだが、二刀流である。
これで一気にカタをつけてやる。
「……ケント、何それ? どんな魔法なの?」
後ろからクロエの声が聞こえる。
「シルフィ、クロエのこと見ててくれよ」
「はーい。ケント兄、頑張ってくださいね!」
シルフィードの声が聞こえてくる。
キラーボアの10倍の価値があるアイアンスコーピオンを『盾の中」のエルフに任せるわけにはいかない。
……全部、俺たちがもらってやるんだ。
ルオスト地区を、この謝肉祭で第一位にするためだ!
俺は両足に風の魔力を集中させると、アイアンスコーピオンの群れに向かって一直線に飛んでいく。
先頭にいたアイアンスコーピオンが俺に気づいたのか、ハサミのような大きなツメで俺をつかもうとしてくる。
「遅い、遅いっ!」
俺は大きなツメを上に躱し、そのまま飛び上る。
「まずは、その毒針だったな」
ーーザンッ!
俺は右手に持った雷の刀で尻尾の毒針の根元あたりを断ち切る。
俺はそのままの勢いで地面の方に落ちていく。
ーーガギンッ!
アイアンスコーピオンは右のツメで俺の雷の刀をはさみ込む。
「甘いなっ」
雷の刀を止めれば大丈夫だと思ったな?
これは囮のようなもんだ。
俺は左手に持った見えない風の刀をアイアンスコーピオンの右目の辺りに突き立てる。
ーーズザンッ!
風の刀は綺麗にアイアンスコーピオンの頭部に突き刺さった。
アイアンスコーピオンはそのまま動きを止める。
「死んだかどうかわかりづらいけど、どうやら倒したみたいだな」
俺は再び、二本の刀を構える。
ーーガチャ、ガチャ、ガチャ。
不気味な音を立てながら、3体のアイアンスコーピオンが俺の周りを囲む。
「同じように一匹ずつやっていくしか無いな」
俺は再び、上空に飛び上がる。
そして、先ほどと同じように……。
一本、二本。
雷の刀で尻尾の毒針を切り落としていく。
「あれ、もう一匹の尻尾は?」
3体いたアイアンスコーピオンのうち、1体の尻尾を見失ってしまった。
ーーガッッッ!!
残りのアイアンスコーピオンが毒針で俺を突き刺そうとしてきた。
……しかし、その毒針は俺には届かない。
俺の風の鎧がアイアンスコーピオンの毒針を跳ね返したのだった。
「今回は風魔法が大活躍だなっ!」
俺は残りの一体の毒針を切り落とすと、順番に弱点の頭部に刀を突き立てていく。
俺はアイアンスコーピオンの群れを圧倒していった。
巨大なサソリの死骸が15体、地面に転がっている。
「ケント、何なの、その強さ! 聞いてないんだけど!」
クロエが俺の方に走ってくる。
「ああ、説明するの忘れていたな。ところで、これだけあれば、ハルティ地区を逆転できるかな?」
「うん。逆転、確実だよ!」
クロエが笑顔で言ったのだった。
ーーガチャリ。ガチャリ。
ふと、後ろから再び不気味な音が聞こえてくる。
ーーガチャリ。ガチャリ。
クロエがゆっくりと音のする方に目を向ける。
「……ケント、あれは。シャレにならない。流石に、もう駄目かも……」
真っ青な顔をするクロエを見て、俺はゆっくりと後ろを振り返るのだった。




