第88話 謝肉祭②
謝肉祭5日目。
クロエと俺は立ち止まることなく、もの凄い速さで森の中を駆け抜けていく。
森の中は、昨日までとは様変わりしていた。
「どうして!? 魔獣も動物も一頭もいないなんて」
「……おかしいな。動物の気配が全くないな」
魔獣を探すクロエの観察眼は達人級だ。
そのクロエをもってしても、今日は朝から一頭も獲物を見つけられていない。
「もっと、遠くまで探しに行かないとっ!」
「……そ、そうだな」
獲物がいないものだから、朝から森の中をひたすら走り回っているのだ。
もう、トレイルランニングだよな、これ。
結局この日、俺たちは一頭も獲物を見つけることが出来なかった。
謝肉祭6日目の夜。
俺たちはアルビンの家に集まっていた。
狩人の各パーティーの代表者が、20人ほど集まって作戦会議をしているわけだ。
「……みんな、5日目も6日目も成果なしだったか。何か気づいたことはなかったか?」
重い雰囲気が漂う中、アルビンがみんなに声をかける。
「隣のハルティ地区だがな。5日目以降、魔獣がたくさん出てくるようになったようだぞ」
「……何だって? ハルティ地区の奴らが、何か悪さをして、ウチの地区の魔獣を奪っていったってことか?」
みんな、語気が荒い。
少々、イライラしているようだ。
「いや、南側のオーラン地区もな。5日目から魔獣が増えているらしいぞ」
「何だと? ルオスト地区の森から、獲物が逃げていってるってことか……?」
みんな、怪訝な表情を浮かべている。
「森から魔獣が逃げ出すなんて初めてのことだな。みんな、明日は最終日だが、無理をしないように。十分に注意して回るんだぞ」
アルビンが会議をそう締めくくったのだった。
***
謝肉祭7日目。
最終日だ。
5日目以降、獲物が全く取れていないため、シルフィードと俺の仕事は無いわけで。
今日はシルフィードも、クロエと俺と行動を共にしているのだった。
「魔獣なんてどこにもいないのに、クロエさんは真面目ですよね〜」
「……ああ、そうだな。少しでも頑張って、魔獣を見つけたいんだろうな」
相変わらずクロエは物凄いペースで走っており、俺たちは風魔法を使って加速しながらついていく。
「おーい、クロエ! 少し休もう。歩きながらちょっと話そう!」
俺は先頭を行くクロエに声をかける。
「……うん、そうだね」
クロエは額に汗を浮かべながら、こちらを振り返ったのだった。
俺たち3人はトボトボと森の中を歩く。
「魔獣を動物も、こんなに一斉にいなくなっちゃうなんてな……」
「これじゃあ、一位なんて取れそうにないですね。せっかく途中まで一位だったのに」
……こら、シルフィード!
そんなにはっきりと言うんじゃない!
クロエががっかりしちゃうだろう。
「……うん。ちょっと、今年は厳しいかもね。こんな魔獣が一頭もいなくなっちゃうなんて初めてだよ」
クロエはすっかり元気をなくしてるようだ。
「魔獣がいなくなった理由って、何か想像がついたりしないのか?」
「うーん。初めてのことだし、ちょっと想像がつかないかな。キラーボアが苦手にしている魔獣とかならいるけどね。まぁ、滅多に現れることはないけどね」
「ほう。もっと強い魔獣がいるわけだな」
「うん、そうだね。キラーボアを捕食する魔獣がいるんだけど……」
クロエが説明をしてくれていた、その時。
ーーギゴォォォォッ!!
少し小柄なキラーボアが茂みから飛び出して、俺たちの方に向かってくる。
まさに、猪突猛進だ。
そして、俺のすぐ横を通り抜けて、凄いスピードで走っていく。
「あっ、キラーボアだ! 仕留めないと!」
クロエがキラーボアに向けて、すぐに弓を引く。
「……ちょっと、待って。クロエ」
「うん? どうしたの、ケント。キラーボアが逃げちゃうよ」
「それどころじゃ無さそうだぞ」
俺は先ほどのキラーボアが飛び出してきた茂みの奥を見る。
そこには不気味な銀色の物体がうごめいていた。
「……気色悪い」
体長7〜8メートルほどはありそうな巨大な虫だった。
鋼鉄の鎧のような銀色の外骨格。
蟹のハサミのような巨大で重厚そうなツメ。
逆立った尾の先についている巨大な針のようなもの。
針というよりは、槍と表現した方がいいかもしれない。
……サソリである。
巨大な銀色のサソリがそこにいたのだった。
「……アイアンスコーピオンだ」
クロエが小さな声で言う。
……鉄サソリか。
見たまんまの名前だな。
「あいつが、さっき言ってたキラーボアの天敵か?」
「……うん。この森の魔獣の頂点に位置する存在だね」
俺たちがこんな話をしている間に、さらに奥の方からガチャガチャと物音が聞こえてくる。
「アイアンスコーピオン、10体以上はいそうだな」
「……こんなに、まとめて出てくるなんて聞いたことがないよ。他の魔獣が逃げたのは、こいつらが原因だね。私たちも早く逃げないと……」
クロエが驚きに目を見開いている。
早く逃げないと、か。
クロエはそう言うが、あいつらのせいで2日前から魔獣が逃げてしまったのだ。
……こいつら、やっつけてやりたいな。
「ケント兄、ケント兄」
シルフィードが俺の肘をチョンチョンと突く。
「ん? どうした、シルフィ」
「……やっと、運搬以外の仕事が出来そうじゃないですか?」
シルフィードがニヤリと笑う。
「ああ。俺もな、ちょうどそう思っていたところだ」
……シルフィードも俺と考えていることは一緒だったな。
俺はアイアンスコーピオンの群れを見ながら、身体中に魔力を集中させていくのだった。




