第83話 盾の中と盾の外③
「ケント、シルフィ、あっちだ!」
俺とシルフィードの目の前で、クロエは森の中を駆け抜ける。
クロエはやはり凄腕の狩人だった。
獲物を見つける観察眼が並外れている。
弓矢の腕は、昨日も見たとおりだ。
おまけに、森の中を凄い速度で駆け抜ける体力まである。
俺とシルフィードはクロエの後ろを頑張ってついて行く。
とはいえ、クロエほどの体力があるわけではないので、風魔法で加速して楽をしているわけだ。
「ケントさん。クロエさん、凄い体力ですね。魔法なしであれですか?」
シルフィードは流石は風の精霊王である。
森の中を宙に浮かびながらスイスイと進んでいく。
俺の目の前で、クロエが矢を放つ。
クロエの放った矢は、大きなツノを生やした鹿のような魔物の頭部に命中した。
魔物はドサリと地面に倒れる。
「よしっ。今日、5頭目だ!」
クロエは眩しい笑顔で、俺の方を振り向いたのだった。
「一日でこんなに獲物を仕留められるなんて。ここまで効率的に狩りができるとは思わなかったよ!」
クロエは上機嫌だ。
今にも踊り出しそうなほどである。
俺とシルフィードはというと、クロエの仕留めた獲物を、それぞれ風魔法で宙に浮かばせながら後ろについて行く。
ちなみに、俺はキラーボア1頭と鹿のような魔物を1頭。
シルフィードはキラーボア1頭だ。
最初は1頭狩るごとに、クロエの家まで戻っていた。
しかし、俺も風魔法に慣れてきており、2頭ぐらいなら問題なく運べる。
シルフィードはもちろん風魔法の達人なので、難なく運べる。
結果、今のように数頭まとめて運ぶことにしたのである。
「クロエ、いつもの狩りのときは、どういう風に獲物を運んでいたんだ?」
「うん。一人の時はその場で解体して、持ち帰られる分だけ持ち帰ってたよ。家の近くだったら、何回か往復して運んでいたかな。数人で狩りをする時は協力して運んでいるけどね」
「……それは大変だな」
「うん。だから、ケントとシルフィの魔法には感動だよ」
「そいつは良かった。でも、こんなにいっぱいどうするんだ? 売るのか?」
「いや、売らないよ。そうだ、ケントとシルフィにも、この成果の行き先を見てもらわないとね」
クロエは俺の顔を見て微笑むのだった。
二時間ほどかけて解体した魔獣の肉が、『盾の中』へと運ばれて行く。
壁の門が開かれ、魔獣の肉がベルトコンベアーのように運ばれて行くのだった。
「ケント、シルフィ、本当にいいの? 二人の取り分まで、精霊王への供物として渡すことなかったのに」
「いや、俺たちはいいんだ。昨日獲った分だってたくさん残っているし。なぁ、シルフィ」
「はい、ケント兄。お肉は全然いらないです」
シルフィードは怪訝な表情で、肉が運ばれて行くのを見ている。
「そっか。二人ともありがとう。私の両親もね、ルオスト地区で一番の狩人として、こういう風にたくさんの功績を挙げて、『盾の中』に移住して行ったんだ」
クロエは誇らしげに魔獣の肉が運ばれて行く様子を見つめている。
「私もいつか『盾の中』に行けるかなぁ」
「クロエは凄い狩人だし、きっと行けるさ」
「ありがとう、ケント」
クロエの笑顔を夕日が照らしていた。
***
翌日、クロエは複数で狩りをしに行くと言って、朝早くから出かけていた。
俺とシルフィードは今日はお休みなのだ。
「『精霊王の盾』とか言ってましたけど、あれぐらいの壁、さっさと風魔法で飛び越えて行っちゃえばいいじゃないですか」
シルフィードと俺は、裏庭で向かい合って話す。
「いや、エルフの国のルールを守るのも大事なことだと思うんだよな……」
「……はぁ。どうせ、あの胸でかエルフを置いて行きたくない、とか言うんでしょう?」
……ぐぬぬ。
シルフィードのやつ、鋭いじゃないか。
本当にこいつは、痛いところを突いてくるんだよな。
「ところで、シルフィード、あの話どう思う? 精霊王への供物って話」
俺は話を逸らしたのだった。
「どうでしょうね。精霊は食べ物なんて必要はないですが、道楽で食事することもありますしね」
確かにシヴァもリヴァイアサンも、俺の手料理を美味しそうに食べていた。
「……オーディンの考えることなんて、知りたくもないですよ。私は何もわかりませーん!」
シルフィードが空を見ながら言う。
「そうだよな。みんな偏屈爺さんって言ってたし……」
この話はひとまず置いておいて、と。
今日、俺は試してみたいことがあるのだ。
発端は、先日、クロエの矢が俺の頭をかすめたこと。
魔法障壁だけでは不安だと思ったのだ。
俺は元々臆病なのである。
物理対策が必要だ、と痛感したのである。
「炎の剣だって作れるんだから、鎧や兜だって作れるはずだよな」
「そんなの当たり前でしょう」
シルフィードがピシャリと言う。
……もう少し、お兄ちゃんには優しくしてくれよ。
俺は、頭に巻いていた布を取る。
そして、頭部に氷の魔力を集中させて行く。
魔力を実体化して、ちょっとやそっとの物理攻撃では壊れない兜を作り出すんだ。
頭全体を覆う、フルフェイスの兜だ。
戦国武将みたいな感じで、ちょっと特徴的な飾りも欲しいな。
俺の頭部で、濃密な魔力が実体化する。
「これで、どうだ!」
俺は氷雪の兜を完成させたのだった。
「いや、ケントさん。センス! センス! そんなの被って恥ずかしくないんですか?」
シルフィードが眉間にシワを寄せながら、俺に言い放つ。
「駄目だったか……」
シヴァがこの場にいなくて良かった。
「ケントさん、造形のセンスが無いんですから、風魔法で作ればいいんですよ」
シルフィードはそう言うと、被っていた帽子を吹き飛ばし、身体中に魔力を集中させる。
「どうですか! 目には見えない風魔法の鎧! これなら、ケントさんの酷いセンスで恥をかくこともないでしょう!」
シルフィードは透明の風の鎧を作り出したのだった。
……なるほどな。
これなら兜とか鎧のセンスも問われない。
「ありがとう、シルフィード! うん、恥ずかしくないぞ!」
俺は風の鎧を完成させ、守りを盤石にするとともに……。
……少しだけ悲しい気持ちになったのだった。
 




