第82話 盾の中と盾の外②
クロエの後ろに付いて、俺とシルフィードは歩いていく。
さらに俺の後ろには、今日仕留めたキラーボアが、俺の風魔法で宙に浮かびながら付いてきているように見える。
ちなみに、シルフィードはクロエから貰った大きな帽子を被っている。
一方で俺は、大きめの布を無造作に頭に巻いている。
まぁ、いいさ。
妹が優先でいいんだ。
お兄ちゃんは我慢だ。
本当は、妹じゃないけれども。
俺たちはこれで耳の形を隠しているわけだ。
クロエによると、耳さえ隠してしまえば、人間とエルフでそんなに大差はないとのことだ。
クロエは金髪で緑色の瞳の美女で、俺とは全然姿が違って見える。
しかし、髪の毛の色も瞳の色も、人によってまちまちとのことで、俺やシルフィードの顔つきでもそれほど目立たないそうだ。
遠くに見えていた、世界樹ユグドラシルにだんだんと近づいていく。
「ケント兄、あの、世界樹の手前に見える壁みたいなのは何なのでしょうか?」
シルフィードが、俺の腕をつつきながら言う。
俺たちは兄弟という設定になってから、俺のことを自然に「ケント兄」と呼んでくる。
順応性の高い精霊王である。
「何だろうな。城壁のようにも見えるけど」
俺は目を凝らしながら、その壁のようなものを見る。
「あ、あれね。あれは『盾』って呼ばれているんだよ」
「……盾?」
なんだそれ。
エルフの感性って独特なんだな。
「えーと。その、キラーボアを家に置いたら、ちょっと近くまで見に行こうか」
確かに。
こんなの連れていたら目立つだろうし、取りあえず置いていったほうがいいだろう。
キラーボアをクロエの家の庭に置いて、俺たち3人は『盾』と呼ばれた壁の近くまで歩いていく。
改めて近くでそれを見ると、高さは10メールぐらいはあるだろうか。
頑丈そうな、重厚な壁だ。
壁の近くまで来ると、世界樹ユグドラシルは壁に隠れて見えなくなってしまう。
「えーと、ケントとシルフィに、ラーマ国のことを簡単に説明するとね……」
クロエが壁を見上げながら言う。
「まず、この大きな壁なんだけど、私たちは『精霊王の盾』とか『オーディンの盾』とか呼んでいるんだ」
「なるほど」
盾っていうのは、精霊王の盾という意味だったのか。
「そして、この壁の向こう側、世界樹のある方を『盾の中』、今、私たちがいるこちら側を『盾の外』って呼んでいるんだ」
「盾の外、ねぇ」
「うん。盾の外はさらに6つの地区に分かれているんだ。『精霊王の盾』を中心に放射状に区分されていて、北側から時計回りに、サーナ地区、パラス地区、ケロス地区、オーラン地区、ルオスト地区、ハルティ地区」
「なるほど、俺はラーマ国の西側から来たので、今いる場所は……」
「うん。ルオスト地区だね。私はルオスト地区の住民ってわけ。ラーマ国の地理を簡単に説明するとこんな感じかな」
「ありがとう。大体わかったよ」
「わたしも、わかりました」
シルフィードがうんうんと頷く。
見た目は少女の精霊王であるが、シルフィードは賢いのである。
水の精霊王リヴァイアサンなんかよりも、ずっとしっかりしているのだ。
***
俺たち3人は再びクロエの家に戻ってきた。
「家は広いって言ってたけど、本当にクロエの家って広いんだな」
俺はクロエの家の中を無遠慮に見回しながら言う。
平屋建てであるが、リビングや食卓は広く、それ以外に部屋も4つあるそうだ。
転移前の呼び方で言うところの、4LDKってやつだ。
「家具の雰囲気から察するに、クロエさん、元々は3、4人暮らしでしたね?」
シルフィードがリビングに置いてあるソファを撫で回しながら言う。
「うん。2年前までは、ここで父さん、母さんと三人暮らしだったからね」
クロエは皮の胸当てを外しながら言う。
おお。
やはり、思ったとおりだ。
クロエは巨乳エルフさんであった。
シルフィードが目を細めながら、ジッと俺の顔を見る。
「い、今はクロエは一人暮らしなんだな。ご両親は……」
俺は、シルフィードの目線から逃げるように話を続ける。
……あっ。
もしかして聞いたらまずかったかな?
ご両親、亡くなったりしていなければいいんだけど。
「私の両親の話は、ケントの獲ったキラーボアを解体しながらしようか」
クロエは作業着のようなものを着て、腕まくりをしながら言ったのだった。
俺たち三人は、クロエ宅の裏庭でキラーボアの解体を始める。
ちなみにシルフィードは近くで見学をしているだけだ。
「私の父さんは狩人だったんだ。弓矢の名人だった」
「クロエの弓術もすごかったもんな」
「うん、ありがとう。それで、母さんは魔獣の解体の名人だったんだ」
なるほど。
クロエの解体も手際がいいわけだ。
両親の血をしっかり引いているんだな。
「私の両親は、これまでの功績が認められてね。2年前に『盾の中』に移住したんだよ」
なるほど。
功績が認められると、世界樹のある『盾の中』に行くことができるのか。
「……私も、いつか『盾の中』で暮らすのが夢なんだ」
「クロエも行けるといいな」
エルフの世界は複雑なんだなぁと思いながら、手際よく魔獣の解体を進めるクロエを見る俺であった。




