第77話 ヴィヒタとウィスキング①
「まずい、まずい。冬になってしまうな」
俺は風魔法を使いながら、大急ぎでヴァーラ渓谷の森の中を駆け抜ける。
そんなに急いでいるなら、何故、空を飛ばないのかって?
それは、しっかりと木の葉を吟味する必要があるからだ。
俺の今の目的は、小枝と木の葉の採集なのである。
「あ、これ。これなんて、かなり近いんじゃないか?」
俺は風魔法で宙に浮かび上がると、どんどんその大きな木の枝の先を落としていく。
風魔法のウインドカッターだ。
こういう時に風魔法はとても便利である。
転移前の日本だったら、森林保護だとか、そんなのでうるさかっただろうな。
このヴァーラ渓谷の大自然ではそんなことは気にしなくてもいいので助かる。
……そもそも、この世界に自然保護のルールがあるのかどうか、知らんけど。
俺は前腕の長さほどに切り揃えた大量の小枝の束を両腕に抱える。
木の葉の香りが俺の鼻に広がって行く。
……うん。
葉っぱの香りも、なかなか近いんじゃないか?
俺は上機嫌で晩秋の空を飛び、ポルボ湖畔へと帰っていくのだった。
「思い立つのが遅かったからな、落葉していなくてよかったよ」
俺は拾ってきた木の枝をゆっくり選別しながらつぶやく。
ところで、この小枝が何に近いのか、と言うとだ。
白樺の木である。
葉っぱの形といい、その香りといい、白樺の木に似ているのだ。
まぁ、ちょっと種類は違うのかもしれないが。
この寒い時期でも、葉っぱは青々としていたからなぁ。
……まぁ、白樺のこと、そんなに知らんけど。
「あれぇ? ケントさん、何をやっているんですか?」
風の精霊王シルフィードだ。
「おお、ちょっと待っててくれよ。あとは、ここを縛ってだな」
俺は束ねた小枝の根元のあたりを、麻ヒモで縛っていく。
「皆さーん! ケントさんの奇行が、また始まりましたよー!」
シルフィードが、遠くにいる精霊王たちに向かって声をかける。
……だから、奇行って言うなよな。
残りの精霊王5人も俺の周りに集まってきた。
サウナに入っていたのだろう。
みんな水着姿である。
俺は完成したそれを右手に持って、空に掲げる。
「ケント、それは何なの?」
水の精霊王リヴァイアサンよ、気になるか。
「荒い作りですよね〜。工作のセンスもないんですね」
風の精霊王シルフィードよ、多少荒くても問題ないのだ。
俺のセンスの話はするな。
「ケント。察するに、サウナグッズなのだろう?」
炎の精霊王イフリートよ、お前は俺のことを一番分かっているな。
「これで魔力を増幅するとか、何かしらの戦いの装備ではないのか!?」
雷の精霊王トールよ、お前は話にならないな!
「これは、ヴィヒタだ!」
ヴィヒタ。
白樺などの木の若い枝葉を束ねたものだ。
少しマニアックなサウナグッズである。
「これを使って、ウィスキングをする!」
ウィスキング。
ヴィヒタを水に浸けて、全身を叩くようにマッサージしていく。
血行促進、保湿などの美容作用、リラックス効果などがあると言われる。
「何はともあれ、実践しながらだな……」
俺は6人の精霊王を見回す。
あっ。
氷の精霊王シヴァだ。
水着姿のシヴァの胸元に視線が吸い寄せられる。
「よし、シヴァ。ウィスキングの実験台になって……」
俺がそう言った瞬間のこと。
俺の目の前に大きな2つの胸筋が迫る。
「……ウィスキングとやら、自分が受けて立とう」
地の精霊王タイタンが、余計なことを言ったのだった。
俺はタイタンをサウナ内にうつ伏せに寝かせる。
両手に持ったヴィヒタを水に浸していく。
5人の精霊王たちは、後ろから俺の様子をうかがっている。
俺はタイタンの背中から足先にかけて、ヴィヒタ同士を叩くようにして、水滴を振りかけていく。
俺はウィスキングの心得があるわけではない。
見よう見まねである。
……しかし、だ。
俺にはウィスキングへの敬意がある。
その気持ちは、きっと未熟な腕をカバーしてくれるはずだ。
俺は黙々と、両手のヴィヒタでタイタンの背中を優しく叩いていく。
……えーと。
どうしてこうなった。
タイタンの背中。
でかすぎるんだよっ!
大男なんだよっ!
筋肉のかたまりなんだよっ!
ウィスキングに時間がかかるんだよっ!!
「ケントくーん、熱くなってきたから、先に出てるね」
「あ、私も」
「こんなの見てられないです」
「ケント、頑張れよ」
「何かの戦いに役に立つかもなっ!」
精霊王5人は出ていってしまった。
……そこから、さらに数分後。
サウナの出口から外を見ると、ウィスキングで肌が引き締まったタイタンの背中が見える。
タイタンの背中の筋肉は、美しく光り輝いていた。
俺はフラフラになりながら、何とかサウナから這い出ていく。
「男の精霊王には、ウィスキングは二度とやらんっ!」
俺はここに誓う。
俺は、女の精霊王専属のウィスキング師になるんだ。
男の精霊王には、お互いにウィスキングし合って貰えばいいのだ!
ポルボ湖畔に風が吹き抜ける。
サウナの中で一生懸命ヴィヒタを振り回した後の秋風は涼しかった。
頭が少しだけすっきりした俺は、手に持ったヴィヒタを見つめる。
「……理想のヴィヒタを見つけるためには、旅が必要だな」
俺はまた、長い旅を予感していたのだった。




