第76話 ととのいの謎
「すっかり秋の風だなぁ」
俺はヴァーラ渓谷に帰ってきた。
秋のポルボ湖畔で涼しい風を感じている。
もちろん、一通りサウナに入った後のリラックスタイムである。
「ケントくん」
名前を呼ばれて、俺は後ろを振り返る。
そこにはシヴァが立っていた。
「ユリアちゃん、こっちに来れば良かったのに。残念ねぇ」
ユリアか。
俺たちがヴァーラ渓谷に帰ってくる直前に雷の精霊将、麒麟と契約をしたのだった。
「何か、やるべきことを見つけた、って言ってたな」
「そうね、何かを決意した目をしていたわね」
「ユリアはあの年齢で、すごく大人だよなぁ」
俺が14歳の時なんて、毎日ゲームしかしていなかったぞ。
ユリアの言っていた、やるべきことって何なんだろう。
結構、時間がかかるものなのかな?
もしかして、冬ぐらいまでかかっちゃうとか?
「まぁ、ユリアがそれを終えて、こっちに遊びに来た時にでも、ゆっくりサウナに入りながら話を聞こうじゃないか」
「そうね。また、ユリアちゃんと会えるの、楽しみだわ」
シヴァが俺の隣の椅子に腰掛ける。
「いやぁ。しかし、ととのうなぁ」
俺は空に向けて、両手をうんと伸ばす。
「ケントくん、今日はトールに何をされたの?」
雷の精霊王トール。
開発都市クロピオで新たに契約した精霊王だ。
……奴と契約する際に言われた一言。
毎日、どこでも、魔法で対決。
本当に言葉どおりの意味だったのだ。
「……今日は、何というか、スピード競争って感じかな?」
俺の風魔法を使った最高速度の飛行と、トールの乗った雷雲と……。
ヴァーラ渓谷の大自然を、ぐるぐると回りながら競争したのである。
マ◯オカートじゃないんだから。
ゲームとは違って、一時間も競争したらもうヘトヘトなのである。
こんな感じで、トールからは毎日違った勝負を仕掛けられているわけで。
……しかし、トールから解放された後のサウナ。
ストレスからの一時の解放。
これが、また、よくととのうのである。
「……わかるわよ、ケントくん。私もね、雷の苦手な氷魔法を克服するんだって、毎晩のように魔法勝負を挑まれているのよ」
「え、シヴァも?」
「おかげで、これよ。ちょっと、ここ見てちょうだい」
シヴァは自分の目の下のあたりを指差す。
シヴァ!
目の下にクマができているじゃないか。
完璧な美しさゆえ悩みなどない、って言っていたシヴァが。
「おお、ケントか」
炎の精霊王イフリートだ。
「ケントよ、トールのやつ、何とかならんのか? 俺の煉獄王剣と、奴の裁きの雷鎚、直接勝負しろってうるさいのだ。イライラして仕方ないぞ」
イフリート!
そんなにイライラしているのか。
ストレスとは何だ? って言っていたイフリートが。
「ケントぉー」
水の精霊王リヴァイアサンだ。
「トールのやつが水辺で暴れるもんだから、水の精霊たちが怖がっちゃって……。精霊王として代表して抗議しろって、精霊たちの突き上げが凄くてさぁ」
リヴァイアサン!
精霊王としての仕事に追われているのか。
責任ある仕事なんてやったことない、って言っていたリヴァイアサンが。
「ケントさん」
風の精霊王シルフィードだ。
「水辺から逃げてきた水の精霊たちが、風の精霊の住処に来ちゃうものですから、精霊同士の調整が大変なんですよね」
シルフィード!
精霊同士の調整なんてやっているのか。
他人のことなんてどうでもいい、って言っていたシルフィードが。
「……ケントよ」
地の精霊王タイタンだ。
「トールの奴が、自分の作った石の彫刻を昨日壊して回ってな……。全部直すのに丸一日かかったぞ。……おかげで肩がカチカチだ」
タイタン!
まさか肩が凝っているのか。
身体が疲れたことなど一度もない、って言っていたタイタンが。
精霊王の5人は、互いに目を見合う。
「みんな、トールの奴に手を焼いてるみたいねぇ」
「ああ。しかしだ、あの話はよく分かった」
「あ、前にケントの言ってた話でしょ?」
「不思議ですよねぇ。どういう理屈なんでしょうか?」
「……トールに迷惑かけられた後に、ゆっくりサウナに入ると……」
「「「「「ととのうんだよなぁ〜」」」」」
精霊王たちの声がそろった。
まるで、精霊王5人の話に答えるように……。
昼間の明るい空に、雷鳴が響いたのだった。
俺は今日、ととのいの謎を一つ解き明かした。
ストレスを感じている時に、サウナに入るとよくととのう。
それは、人間だけではなく、精霊王も同じだったのである。
これは、人類初の発見なのではないだろうか。
……あとは、あれだ。
ストレスを感じていると、なぜ、よくととのうのか。
……そのもう一つの謎は。
お医者様とか研究者の方とか。
是非、この謎を解き明かして、俺に教えて欲しい。
【作者からのお知らせ】
第三章、完結です。
次回、第四章「世界樹ユグドラシルと光の精霊」が始まります。乞うご期待!
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