第73話 ユリアの物語①
ユリア目線の話(前編)です。
私のお母様は私が物心つくころには、すでに亡くなっていました。
ですから、私はお母様の顔を知りません。
お母様はとても優しく綺麗な人だったと、お父様から聞いて育ちました。
お母様は消化器系の重い病気だったらしく、亡くなる直前は何一つ物を食べることが出来なかったらしいです。
日に日に痩せ細っていくお母様を見て、お父様はとてもつらい思いをしたことでしょう。
そのような過去が関係あるのかないのかはわかりませんが……。
私がお腹いっぱいご飯を食べると、お父様はとても嬉しそうに私を見るのです。
子供心にそんな空気を感じていた私は、お父様の前では元気いっぱいにご飯を食べていました。
まぁ、そんなお父様の反応は関係なく、食べることは元々大好きだったわけですが……。
そんな事情もあって、私は小さい頃から、
……まぁ、強いて言うなら。
ぽっちゃり気味の子供だったと思います。
少し話は変わり、私のお父様のお仕事の話です。
私のお父様は断食修行派の職員としてお仕事をしています。
バルドゥル王国の魔法使いを二分する大きな修行派閥のうちの一つです。
お父様は仕事で王国中の修行地を転々としています。
そして、私が14歳になったばかりの頃。
お父様は王国最大の修行地、ヴァーラ渓谷に転勤することが決まりました。
いつものように私も付いていきます。
お引越しにもすっかり慣れたものです。
14歳になった私は、この時、ある決意をしていました。
私も断食修行をするんだ、と。
男手一つで私を育ててくれたお父様を、私も支えたい、と。
魔法使いは王国では貴重な存在です。
ただの14歳の少女でも、強い精霊様と契約することが出来れば、すぐにでも色々な仕事が出来るようになります。
……まぁ、ちょっとだけですが、ダイエット目的ということもありましたが。
……本当にほんの少しだけですよ?
自分で決めてお父様に伝えた断食修行への参加ですが、いざ本当に始まるとなると、修行への怖さがやってきてしまいます。
一足先に別の便で、お父様はヴァーラ渓谷に出発していまして、一人で心細かったということもあったかと思います。
その時です。
初めて、ケントさんとお会いしたのは。
恐らく乗客の大半を修行者が占める、ヴァーラ渓谷行きの魔導船です。
乗客のほとんどは、修行への緊張や恐れから、厳しい表情を浮かべています。
そんな中、ケントさんは一人何か考えごとをしている様子で、ニコニコしていたのです。
まるで、「これからとても楽しいことが待っている」とでもいうような、大人の余裕があふれ出た優しい表情です。
……ケントさんはただ者ではない。
第一印象だけで、私にはわかっていましたよ。
ケントさんのお話を聞くにつれ、それは確信に変わりました。
ケントさんの修行方法は、これまで聞いたこともないような……。
この国の常識では考えられない……。
高尚な、と言いますか……。
……とにかく凄い修行法なのでした。
私ではうまく説明しきれませんが、そもそも魔法使いになることを修行の目的にしてはいけない、ですとか。
生きることは、これすなわち苦行である、ですとか。
……そういうお話だったと思います。
とても難しいです。
突き詰めて考えますと、ケントさんの修行には終わりはない、ということになるのでしょうか。
一生修行ですよ?
やっぱり、ただ者じゃないです。
月日は流れ、全く別の場所で、ケントさんと私は再会することになります。
その時、ケントさんは手足を縛られ、猿轡をつけられ、床に転がされていました。
雷電会の男の人が言うには、上級魔法を使えなくする手枷まで付けられているそうです。
絶体絶命です。
いくらケントさんでも魔法を封じられてしまっては……。
しかし、ケントさんの魔法の凄さは、私の想像をはるかに超えるものだったのです。
ケントさんは上級魔法でも壊せない手枷を簡単に粉々にしてしまいました。
そして、石壁を作ったり、高速で水を出したり、風魔法で加速したり、と。
しまいには氷の槍まで作って、雷電会の悪者をやっつけてしまいました。
私は猿轡をつけられ声を発することが出来ませんでしたが、ケントさんの戦いから目を離すことが出来ませんでした。
……その後のことは少し残念でしたが。
ケントさんに、私が誰だか気づいてもらえませんでした。
まぁ、断食修行で随分と痩せていたので、仕方がなかったとも思いますが。
……この日からです。
この日から、私は断食修行というものが本当に正しいのかがわからなくなってきました。
実際、苦痛修行派と断食修行派の派閥争いはひどいものです。
頑張って魔法使いになった結果が、人間同士の争いですか?
そんな修行って必要ですか?
私はこの日から断食修行を辞めてしまいます。
……まぁ、ケントさんも「ぽっちゃりの方が可愛い」って言ってくれましたし。
え、恋心?
そんな簡単な言葉で片付けて欲しくはないのです。
ケントさんに対しては、憧れとか、尊敬とか、感謝とか。
時々、とても凄い修行者には思えないようなお茶目な発言をすることもあって、可愛いと思うこともあったり。
……とにかく色々な気持ちがあるのです。
お父様にも困ったものです。
急に「ケントさんをお慕いしてる」なんて言うんですから。
そっとしておいて欲しいんです。
ケントさんへの気持ちを整理するためには、きっともう少し時間が必要なんですから。
その後は、ケントさんに助けられっぱなしでした。
ケントさんにはどれだけ感謝しても足りないです。
でも、同時に湧き上がる「悔しい」という気持ちも抑えることが出来ませんでした。
私はいつまで何も出来ない子供のままなのでしょうか?
苦痛派と断食派の争いを止めたケントさんは雷の精霊王トール様と契約をしました。
あの一場面を、私は一生忘れることはないでしょう。
ずぶ濡れになった広場の中心で、ケントさんは精霊王に敬意を表し、地面に片膝をつきます。
それでいて、お顔は真っ直ぐに精霊王を見たまま契約を始めます。
精霊王に敬意を表するけれども、その存在は対等なのだ、と。
きっと、ケントさんはそう言いたかったのだと思います。
私にははっきりと分かりました。
あの時の、雷の精霊王との契約の時のケントさんのお姿は、きっといつまでも語り継がれていくことでしょう。
私は精霊王との契約を終えたケントさんを待ちます。
ケントさんにお伝えしたいことがあるのです。
ケントさんの成し遂げたことに比べれば、とても小さなことなのですが、私にとっては大きな一歩です。
私の顔を見るケントさんの顔は、これまでにない厳しいものでした。
私は少し足がすくみます。
きっとケントさんは、私が何を考えているか、全て分かっていたのだと思います。
その上で、私の口から言いなさい、と伝えたかったのだと思います。
私は勇気を振り絞って、ケントさんに伝えます。
ーー私に、ケントさんの修行を教えてください!
返ってきたケントさんの笑顔は……。
いつも私に見せてくれる、あの優しい笑顔に戻っていました。
【作者つぶやき】
本日16時から、ドラマ「サ道〜2021年冬」スペシャルの放送ですね。楽しみです。
 




