第64話 苦痛派VS断食派③
いくつかの雷玉だけが照らす暗闇の中、俺とベルントは正面から睨み合う。
何とか人質を助けるきっかけを作らないとな……。
「おい、ベルント」
「なんだ、ケント」
ベルントは俺に答えながらも、油断なく人質の方を気にしているように見える。
「ベルント。お前、捨て駒にされたんだろ」
「……捨て駒だと?」
「そうだろう。雷電会の幹部はおろか中級魔法使いの一人もいない。それで俺の足止めをさせられるなんて、捨て駒にされたとしか考えられないだろ?」
「はっ! 何を言い出すかと思えば。ケント、貴様の足止めは今回の作戦の最重要任務だ。私にしか出来ない任務なのだよ。それに、何の作戦もないとでも思ってるのか?」
「作戦だと?」
……何だ?
地魔法で作られた岩の洞窟の中がだんだんと熱くなってきた。
これは、何というか……。
洞窟サウナっぽいな。
呑気にそんなことを考えてしまった俺だった。
「やっと気づいたか、愚か者。教えてやろう。この道場の外はな、上級地魔法で作ったぶ厚い石壁で囲っているうえ、上級炎魔法で熱しているのだ」
「……なるほどなぁ」
サウナストーンでサウナ内を熱する方法じゃなくて、外から熱するサウナというのも考えられるかもしれない。
いや、でも、なんか調理されてるような気分で嫌か。
ローストチキンじゃないんだから。
「仮にこの場で我々を倒したとしてもだ、貴様の自慢の氷魔法でも、上級魔法で作られたこの炎の石壁は破れないだろうな!」
ベルントがニヤリと笑いながら言う。
氷魔法は地魔法に強い。
一方で、炎魔法には弱い属性だ。
従って、これらを組み合わせることで、氷魔法を封じたと言っているわけだ。
……しかしだ。
地魔法にも炎魔法にも強い属性がある。
水魔法である。
そして、俺の水魔法は、精霊王級なわけで。
クロピオに来てからは、水魔法は敵をびしょ濡れにすることぐらいにしか使っていないので、こいつらも情報がなかったんだろうな。
俺の水魔法を舐めていると痛い目に合うぞ。
そう、思った瞬間。
ーーギギギッ、ゴゴゴゴゴゴォ!!
物凄い音が鳴り響き、道場の天井や壁が崩れ始める。
「何だ、何の音だ!」
ベルントが叫ぶ。
俺はすぐにユリアを抱きかかえながら、落ちてくる大量の木の破片を風魔法で吹き飛ばす。
どうやら、石壁がどんどん狭まってきているようだ。
その壁に押し潰されてるようにして、道場が崩れてきているのだ。
中にはベルントたちもいるのにな。
俺を倒すために、味方もろとも潰そうとしているのか?
苦痛派の奴らもやることがエゲツないな。
突然、石壁が迫ってくる洞窟内に光が差す。
「な、何だ……?」
ベルントが光の差す方を見上げる。
俺もベルントにつられて上を見る。
元々あった道場の天井はすでに崩れており、洞窟にぽっかりと穴があいているのが見える。
そしてその穴から、いくつか手が見えたかと思うと……。
そこから真っ赤な爆炎が広がる。
炎魔法だ。
大量の炎が、洞窟内に降り注いでくるのであった。
降り注いできた炎は、崩れ落ちた道場の破片に燃え移る。
洞窟内は、一瞬で火の海へと変わる。
「ふざけるなぁ! こんな作戦聞いてないぞぉ!」
ベルントが喚いている。
周りにいた魔法使いたちもパニック状態だ。
「ユリア、大丈夫だ。落ち着いてな。人質を助けに行くぞ」
「……は、はいっ!」
俺たちは小声で話す。
ユリアの手はガタガタと震えている。
人質を見張っていた魔法使いたちも、すでに統制が取れていない。
人質が集められている一角には、簡単にたどり着くことが出来た。
「みんな、すぐに出られるから安心しろ」
人質たちの後ろからは壁が迫ってくる。
俺は壁に右手を向ける。
リヴァイアサンが見せてくれたあの魔法だ。
……見せてくれた?
違うな。
リヴァイアサンに殺されかけたあの魔法だ。
ーーボシュシュシュン!!
物凄い圧力をかけたウォータージェットで石壁を切っていく。
炎魔法で熱せられた石壁など、ものともしない水魔法だ。
石壁には、すぐに丸く切り取られた出口ができた。
俺は、ユリアと人質たちをそこから順番に逃していく。
「私もそこから出せぇぇぇ!」
俺の後ろからベルントが近づいてきた。
部下たちを置いて、一番先に逃げ出そうとするとは。
……上官失格だな。
俺は振り返って、ベルントを風魔法で吹き飛ばす。
ベルントは尻餅をつきながら俺を見上げた。
ベルントと目が合う。
「やっぱり、お前、捨て駒だったな」
「貴様ぁぁぁあ!」
ベルントが金切り声をあげた。
俺はベルントを無視して、外に出る。
……うん。
最後にひとこと言えてすっきりした。
洞窟の中の炎からは助けてやることにしよう。
「ベルント、溺れるなよ」
俺は洞窟の中に、水魔法で大量の水を注ぎ込んでいく。
洞窟の中からは、ジュジュジュッと炎が消える音が聞こえてくる。
「あとは……そうだな」
俺は、自分の切り取った洞窟の出口をじっと見る。
他人の作ったものを壊したままにするのは良くないか。
後でベルントに器物損壊って追及されたら困るからな。
「これで、仕上げだ」
俺は、地魔法を使って、洞窟の出口を元どおりにふさいだ。
「おい、ケントが……。なぜ、ケントが外に出ている?」
外にいた苦痛派の炎魔法使いと地魔法使いたちはギョッとした顔で俺を見ている。
俺は洞窟の周りを飛びながら、順番に魔法使いたちを氷魔法と地魔法で固めていった。
すぐに洞窟をぐるりと一周した。
……よし!
外にいた奴らは、全員無力化できたかな。
次だ。
次は、あそこに行かなければ。
俺はユリアの正面に立って、その目を見る。
ユリアも顔を上げて、真っ直ぐに俺を見る。
「ユリア、カルロさんを助けに行くぞ」
「はいっ!!」
ユリアは、もうさっきのように震えてはいなかった。
 




