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第61話 ウォーレン伯爵の昼食会④


 俺とカルロはクロピオの街中を歩いて帰る。


 苦痛修行派に狙われている可能性もあるので念のため、ということで、俺たち二人の後ろには、断食修行派の護衛の男が三人ついてきている。


「そうだ、ケントさん」


 カルロが突然、足をとめる。


「昼食会も中途半端になってしまいましたし、ここで飲みなおすっていうのはどうです?」


 カルロに飲みに誘われた。


 つい先ほどまで昼食会が開かれていたわけで、まだ日も沈んでいない。

 だが……。


「悪くないな。付き合おう」


 サラリーマンだった頃、気力を消耗する接待が終わった後、よく身内だけで飲みなおしたものだ。

 懐かしい。

 あの頃を思い出すな。



 俺とカルロはテーブルに向かい合って座る。

 護衛の3人は少し離れたところにある隣のテーブルに座る。


 カルロがエールを頼むと、すぐに人数分のエールが運ばれてきた。


「ひとまず、ウォーレン伯爵の昼食会を乗り切ったと言うことで、乾杯しましょう」


「あ、ちょっと待った」


 俺はカルロを止めると、氷魔法を使って5人分のエールを一瞬で冷やす。


「よし、じゃあ、お疲れ」


 キンキンに冷えたエールを一口飲む。


 うん、なかなか美味いな。

 日本のビールには遠く及ばないが。


「ケントさん! 冷えたエール、美味しすぎです!」


 一口飲んだカルロが目を見開く。

 隣の護衛の3人も「美味い、美味い」と大騒ぎをしている。

 というか、護衛も酒飲んでいいんだな……。


「ケントさんは料理も上手ですし、氷魔法で冷やしたこのエールもあれば、店を開けばすぐに人気店になりますよ」


 そうかな。

 あ、でも、道楽でサウナを開業して、そこで冷えたエールを出すってのは悪くないかもな。



「ところで、ケントさんは、これからどうするおつもりなんですか?」


「うーん、特に決めてはいないんだが……」


「そうですか」


「もう、ヴァーラ渓谷に帰ってもいいかなとも思っている」


「……そうですか」


「雷電会はつぶしてやったし、昼食会も無事終わったしな。心残りはないし……」


「そのうち雷電会の奴らに、再び襲われるのも困りますし?」


「ああ、そうだな。ヴァーラ渓谷でやることもあるしな」


「また、修行の日々ですか」


 ……いえ、サウナの日々です。

 言わないけど。



「でも、残念です」


「残念?」


「ユリアが寂しがります。あの子はケントさんをとても尊敬していますから」


「ユリアか……、寂しがるかな?」


「間違いなく。……ケントさん、こんなことを頼むのもおこがましいのですが、ケントさんの修行にユリアは付いていけないでしょうか?」


「俺の修行にか?」


 俺、修行はしてないけども。


「ユリアから聞きましたが、ケントさんの修行は、我々には理解も及ばない非常に高度なものだと聞きました」


 ……出たぞ。

 ユリアの勘違いだ。


「その修行の過程で、どのような苦労があるのか私ごときでは想像もつきませんが、ケントさんはとても健康そうです。傷もなければ、痩せてもいない」


「ああ、そうだな」


 スローライフとサウナ効果で、とても健康だぞ。


「私は断食修行派の人間ですが、本当を言うと自分の娘には断食で苦しんで欲しくはないんです。ユリアは昔から食べることが大好きですし。それに、ユリアは少しぽっちゃりしてるぐらいが可愛いと思いませんか?」 


「ああ、それは俺も同感だ」


「ははっ、ありがとうございます。ケントさんも修行でお忙しいと思いますが、この話を頭の片隅にでも置いておいていただけると大変嬉しいです」



「いつでもいいぞ」


「え?」


「ユリアなら、いつでも来ていいぞ」


「本当ですか!!」


「ああ、本当だ。いつでもいい」


「ありがとうございます! 帰ったら早速、ユリアに話してみますので!」


 カルロはとても喜んでくれた。

 この後の宴も大変盛り上がったのだった。



 俺とカルロは護衛の3人に囲まれながら、店を出る。

 護衛の3人は結局、最初の一杯しか酒を飲んでいなかった。

 その後は、俺とカルロの飲む冷えたエールを羨ましそうに見ていたのだった。



 突然のこと。

 後ろから一人の男が俺たちを追い抜いていった。


「ぐわぁぁぁ」


 男はうめき声を上げた。

 男の顔は古傷で埋め尽くされている。

 

 そんな中、新しい傷が一つ。

 男の服が破れ、胸に大きな切り傷があった。

 つい先ほどついたばかりの傷のようで、ドクドクと血が流れている。


「やられた! カルロの()()()()()だ! 中級風魔法にやられた!」


 男が大声でわめく。

 無論、カルロは男に触れてもいないし、魔法も使っていない。


「カルロにやられたのか! おい、急いで逃げるぞ」


 後ろから更に二人の男が現れ、血だらけの男を抱えると、風魔法で加速し、凄い速さで逃げていく。



「……なんだ、どういうことだ。とにかく追うぞ!」


 護衛の3人は、先ほど茶番をやって去っていった3人組を追いかけようとする。


「やめとけ。追っても無駄だ」


 俺は3人を引き止める。


「ケント殿、何を言っているのですか! あの男たちはカルロ様がやったと大騒ぎしているのですぞ! 捕まえて問いたださなければ!」


「いや、問題はそこじゃないんだ。あいつらを追って捕まえようと結果は同じだ。断食修行派に捕まった、と騒ぐだけだ」


 要するに理由は何でもいいんだ。

 苦痛修行派が断食修行派を攻撃する理由がこじつけられれば。


「ケントさんの言うとおりです。そして、これは恐らくウォーレン伯爵も知った上でのこと」


 カルロが冷静に言う。


 伯爵は、昼食会の終わり際に「()()()王都に発つ」と言っていた。

 これから苦痛修行派の奴らがどう騒ごうが、見て見ぬ振りってわけだ。



「アルベール伯爵に伝令を出せ、大急ぎだ! 私たちはすぐに支部に行くぞ」


 カルロが護衛たちに指示を出す。

 断食修行派の有力者に急いで連絡を取るってところか。



「心置きなくヴァーラ渓谷に帰れるのは、もう少し先の話かもな」


 俺はカルロたちを見ながら、一人でつぶやくのだった。


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