第60話 ウォーレン伯爵の昼食会③
ウォーレン伯爵の昼食会当日。
俺は一人でウォーレン伯爵の屋敷に入る。
心細いので本当はカルロと一緒に来たかったんだけど。
苦痛修行派のクロピオ支部長に、俺らの関係をごちゃごちゃ言われると面倒なので、別々に来ることになったわけだ。
昼食会の会場の真ん中には大きな円卓があった。
伯爵の使用人に席を案内される。
俺の席はカルロの隣だった。
「ケントさん、こんにちは」
「おお、カルロさん」
俺はカルロに挨拶をして、席に座る。
知った顔を見て、少し安心する。
「初めまして。ケントさんですね?」
俺の対面のあたりに座っており、口の周りにぐるりとヒゲの生えた男が立ち上がって言う。
男の左頬には三本の爪痕のような傷跡がある。
「私は苦痛修行派クロピオ支部長のダミアンです。ケントさんは素晴らしい魔法使いと聞いています。是非一度、ケントさんと修行についての意見交換をしたいものです」
ダミアンは礼儀正しく挨拶をしてきた。
「ケントです。よろしくお願いします」
俺は適当に挨拶をしながら、円卓を見回す。
円卓の席は俺を入れて全部で12席。
俺の真正面にある豪奢な椅子だけが空いているのが見える。
「カルロさん、俺の正面の席って、まさか」
「ウォーレン伯爵の席ですね」
本気かよ。
俺が伯爵の席の正面だと?
伯爵の隣の席はさっきのダミアンだ。
席順からして、俺とカルロをこの場で追及したいようだな。
「皆の者、待たせたな。さっさと始めるぞ」
大柄な男がドスドスと足音を鳴らして部屋に入ってくる。
武人なのだろう。
分厚そうな鎧を身に付けている。
年齢は50代といったところか。
短めの金髪に白髪が所々混ざっている。
男はドスンと俺の正面の席に座った。
ウォーレン伯爵だ。
「すぐに報告を始めろ。料理も持ってこい」
伯爵は随分とせっかちな男のようだ。
伯爵の斜め後ろに立つ文官らしき男が司会をして、昼食会が始まった。
商業、鉱業、金融業、漁業、農業などの代表者がそれぞれ経営状況の報告を行う。
しかし、急に開催が決まった臨時会合だ。
まとまった数字などなく、たいして内容のない報告が続く。
ウォーレン伯爵は聞いているのか、いないのか、よくわからない様子で、出される料理をどんどん食べている。
不動産・建設業の代表者の報告の終わり際、その時が来た。
「不動産業の雷電会ですが、先日、廃業の届出を受理いたしました」
なるほどな。
暴力団は不動産業者ってことになっているのか。
ウォーレン伯爵は食べるのをやめ、ジロリと報告した男の方を見る。
「ほう、何故だ?」
「はっ。謎の氷魔法使いの襲撃を受け、事業困難になったとのことです」
伯爵の質問を受け、先ほどの報告者が答える。
「氷魔法使いですか。我がクロピオ支部には氷魔法使いはいませんな。カルロ支部長の方はどうですか?」
苦痛派クロピオ支部長のダミアンが言う。
「うちにもいませんね」
カルロが簡潔に答える。
「氷魔法使いはクロピオでは珍しいですからね。ところで、ケント殿は氷魔法も使えるのでしたか?」
司会の文官が俺に聞いてくる。
「使えますよ」
白々しい奴め。
俺がやったって言ってるようなもんだろ。
「そうですか。では、ケント殿はこの氷魔法使いの心当たりはありませんか? 木の仮面をつけていたようですが」
「心当たりはないですね」
俺は一言で答える。
一見単純だが、カルロと俺の作戦である。
無駄なことは言わず、知らぬ存ぜぬで通す。
元はと言えば、雷電会の方から襲ってきたり家を燃やしてきたわけで、その仕返しでやったのだが、雷電会が先に手を出した確たる証拠は提示できない。
一方、俺が雷電会を壊滅させた証拠もないわけで、それなら余計なことは言わずに「知らない」で通そうという結論になったのだ。
気分を盛り上げるために付けた仮面だったが、意外なところで役に立ったわけだ。
「そうですか。では、雷電会が襲撃された9月14日の未明には何をされていましたか?」
伯爵の文官がさらに踏み込んできた。
俺の目を真っ直ぐ見ながら追及してくる。
しかし、想定通りの質問だ。
「ケントさんは、私と支部長室にいましたよ。修行についての意見交換をしていました」
カルロが言う。
事前の打ち合わせ通りだ。
すると、冷静だった伯爵の文官の顔色が変わる。
「ケント殿とカルロ殿は通じていたわけだ! これは共犯の可能性がありますな。建造物侵入、器物損壊、傷害、……殺人未遂もありますかね? これは、断食修行派クロピオ支部をよく取り調べなくてはなりませんな!」
何が殺人未遂だ。
ちょっと凍傷になっただけだろ。
「何の証拠もないでしょう」
カルロは冷静に答える。
その時、
ーーダァァァン!
ウォーレン伯爵が円卓を手で叩いて席を立った。
「もうよい。昼食会は終わりだ」
そう言うと、さっさと出口の方へ歩いていく。
「私は今すぐ王都に発つ。留守の間……、ベルントお前に任せたぞ」
伯爵は先ほどの文官を指差し言い放つ。
「ダミアン、お前も協力してやってくれ」
次は、苦痛派クロピオ支部長のダミアンを指差す。
「「承知いたしました」」
呼ばれた二人は頭を下げて、伯爵を見送る。
ウォーレン伯爵は、部屋に入る時と同様に足早に出て行ってしまった。
「昼食会、なんだか変な終わり方をしたな」
「ええ、そうですね」
俺とカルロはコソコソと話すのだった。




