第59話 ウォーレン伯爵の昼食会②
俺とカルロは、断食派クロピオ支部まで二人で並んで歩く。
「それで、昼食会とやらの何が大変なんだ?」
俺はカルロに尋ねる。
何だか単語自体からは平和な雰囲気を感じるわけで。
「ウォーレン伯爵の昼食会なんですが……。まずウォーレン伯爵はクロピオを治めている領主でして」
うん、初めて聞いた。
クロピオは大きな街だし、今まで暮らしてて、領主が話題になることはなかった。
肉体労働ばかりしていたわけで、領主様なんて偉い人、全く関わることがないもんな。
「昼食会という名前なのですが、要は、クロピオの各団体のトップが集まり、伯爵に運営状況を報告したり事業を相談したりするという会合なんです。それに合わせて昼食を囲むというものでして」
「なるほどね。昼食会という名前だけど、権威のある会合というわけだ」
「ええ。それで、定例の昼食会は半年に一回開催されます。今回のように突然の開催となることは、ここ数年間はなかったという話です」
「今回は特別、議題にすべき案件が出てきたと……」
「ケントさん、そういうことです」
「雷電会の壊滅か……」
「恐らくは……、そうでしょう」
俺たちはクロピオの街中を歩く。
通りの向こうに雷電会本部の建物が見える。
ガランとしており、建物内には人の気配が感じられない。
一方で建物の屋上には足場が組まれ、多くの作業員が集まっている。
俺の作った雷の精霊王トールの雪像は融けかけており、慎重に解体が進められているようだ。
この暑さで、昨夜俺の作った細かい雪の造形は崩れかけている。
こんなに融けちゃったら、ドブネズミに見えなくもないかな?
「しかし、暴力団がなくなって、クロピオの治安が良くなれば、領主にとっては良いことなんじゃないか?」
「それはですね……。非公式ながら、雷電会は苦痛修行派とつながっていまして」
「ああ、前に聞いたな」
「ウォーレン伯爵は、苦痛派の派閥の貴族なんです」
「な、なるほどな……」
領主の派閥とつながっている暴力団だから、その本部は街の中心にあるし、多少の荒事にも目をつぶられていたというわけだな。
「状況はわかったぞ。それで、何で俺にこの話をしてるのかな……?」
わざわざこんな話を俺に伝えるってことは。
……嫌な予感がしてきた。
「雷電会と苦痛派がつながっていることは非公式なので、まさか領主が出てくるとは想像できなかったんです。それで、雷電会を成敗しようとするケントさんを止めなかったんですが……」
「……俺も、昼食会に巻き込まれるわけね?」
「……ええ、すいません。伯爵の昼食会にケントさんも呼ばれるようです。たぶん、今日にでもウォーレン伯爵のところの文官が、ケントさんに伝えに来ることになるかと思います」
「そうか、わかった」
「昼食会までの間にしっかり打ち合わせをしておかなければならないですね」
「……そうだな。打ち合わせ、大事だな」
俺たちは足早に断食派クロピオ支部に向かうのだった。
***
カルロが支部の玄関を開けた。
俺はカルロの後ろに付いて建物に入る。
「あ、お父様……と、ケントさん!」
奥の方から歩いてくるユリアが、こちらを見て言った。
すると、受付で何かを話しているようだった男がこちらを見る。
男はゆっくりと俺たちの方に歩いてくる。
「これはこれは、カルロ支部長。それと、あなたがケント様でしたか」
男は無表情のまま、俺を見て言った。
「カルロ支部長、ウォーレン伯爵の昼食会の案内です」
男はカルロに手紙のようなものを渡した。
ウォーレン伯爵の使いの人間のようだ。
「それと、ケント様にも案内があります」
俺も男から案内を受け取る。
案内の手紙には蝋印が押されており、ずっしりと重く感じる。
「ケント様のご自宅を探していたのですが、手間が省けました。しかし、お二人が一緒にいるとは、ご関係も深いようにお見受けします。ケント様は断食修行派の方でしたか?」
「いや、ケントさんとは、さっき街で会っただけだ。修行の意見交換をしようという話になってな。支部に来ていただいたんだ」
俺が答える前に、カルロが話を遮る。
「左様ですか。それでは、お二人とも昼食会はよろしくお願いします」
男はそう言うと、あっさりと帰っていったのだった。
「私、ケントさんのお名前を呼んでしまいました。まずかったでしょうか……」
ユリアが眉尻を下げながら言う。
「大丈夫だよ、ユリア。苦痛派の人たちは、とっくの前から、我が断食派とケントさんが通じていると疑っているんだ」
カルロはユリアの頭に手を置いて言う。
「そうだ、ユリア。どんな奴がいちゃもんつけてきても、俺が返り討ちだ」
俺もユリアの肩に手を置いて言う。
雷電会をつぶしたことを問題にして、俺を裁くか、もしくは、断食修行派に罪をなすりつけるつもりなのかもしれない。
昼食会までの間に、カルロと十分に打ち合わせをしておかなければならないだろう。
支部長室に向かう俺とカルロを、ユリアは不安そうに見送るのであった。




