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第58話 ウォーレン伯爵の昼食会①


 俺はシヴァとリヴァイアサンと一緒に、ソファで寛いでいた。

 すると、外から走ってくる足音が聞こえてくる。


「ケントさん! 新聞記事、見ましたよ!」


 ユリアが元気よく登場した。

 新聞を右手に持って、俺の方へ歩いてくる。


「まさか、ドブネズミの雪像だなんて。ケントさんにもこういうイタズラ心があるんですね。雷電会の評判はガタ落ちですよね」


 ユリアが関心したように言う。


「……プッ、クククッ」


 リヴァイアサンが笑いを堪えながら、シヴァの顔をジロジロ見る。


「……」


 シヴァは何も言わないが、白銀の髪の毛先が少し宙に浮かぶ。

 シヴァの周囲に冷気が漂い始める。


「ユリア、その話はもう、この辺で。この辺で……」

 

 俺はユリアに心からお願いする。



「はぁ……」


 ユリアは小首を傾げながら俺を見る。


「でも、一人であの雷電会に乗り込むなんて、とても危険です。一言教えてくだされば良かったのに……」


「ああ、一応、カルロさんには相談してたんだけどね……」


 俺はシヴァをチラチラ見ながら答える。


「えっ! お父様は知っていたんですか! 知っていて、ケントさんが一人で行くのを放っておいたなんて!」


 ユリアは興奮した口調で言うと、部屋を飛び出して行ってしまった。



 ***



 少しして、ユリアはカルロを連れて再びこの家に戻ってきた。

 小さい家で、応接室のようなものはないため、食卓に座ってもらう。


「ケントさん、見ましたよ。ドブネズミの雪像! ケントさんは面白い方だ。ドブネズミに踏みつぶされたとあれば、雷電会のプライドはズタズタですな!」


 カルロが満面の笑みを浮かべて言う。


「カルロさん、その話は、ご勘弁を。ご勘弁を……」


 俺はカルロに懇願する。


「あははははは!」


 リヴァイアサンが堪えきれず笑い出した。


「……」


 シヴァを中心に部屋の温度が一気に下がる。



 リヴァイアサンを食卓から追い出し、4人で話を続ける。


 ユリアはカルロの隣に座るが、ぷいっとそっぽを向いている。


「ユリアに怒られてしまいましてね。私がケントさんを止めもせず、かといって協力もせず、危険に晒したと」


「いや、あれは俺が勝手にやったことだし」


「ユリアはケントさんをお慕いしていますからなぁ」


 カルロはユリアの横顔を見ながら微笑んで言う。


「なっ……! お、お父様! お慕いだなんて、そんな!」


 ユリアが大声を出して、ガタッと椅子から立ち上がった。

 だんだんと顔が赤くなっていく。


「……ふぅん、なるほどねぇ」


 シヴァがテーブルに片肘をついて、ニヤニヤしながらユリアを見る。

 

 シヴァの機嫌がちょっと良くなったのはいいのだが……。

 少し気まずい空気だな……。

 


 うん。

 俺は話を逸らすことに決めた。


「……あー、カルロさん。『新雷行』のこと、少し分かったと思う」


「……」


 ユリアは赤い顔のまま、俯きながら静かに席についた。


「おお、ケントさん! 雷電会本部で何か見つけられましたか?」


 カルロは前のめりになって俺の話を促す。


「ああ。雷玉の根元についてる雷素を溜めておく石だっけ? あれを金属の棒にくっつけてだな」


「雷素石と金属の棒ですか……」


「うん。それで、修行者の背中をバシンと叩く。すると雷が金属の棒を伝って、修行者の背中に流れていく」


「……はぁ。それに何の意味が? 人の魔法で修行者に苦痛を与えても精霊は現れないはずですが」


「雷素石に一旦雷を溜めることで人が使う雷魔法とは区別されるようだ。これを使うと精霊が現れることがあるって言ってたな」


「なるほど……。我々は断食派ですので、そもそもの修行法が異なりますが、研究する価値はありそうですね」


 俺は、あんなことしない方がいいと思うけどね。

 かなり痛そうだったし。


「ケントさん、貴重な情報をありがとうございました」


 カルロが深々と頭を下げた。



「……ケントさんは凄いです。私も、立派な魔法使いになって、ケントさんのお役に立ちたいです」


 ユリアが小声でボソリと言った。


「ユリア、前にも言ったけどな。ユリアはまだ14歳だ。私はユリアにはまだ修行は早いと思うけどな。最近、断食修行を辞めてくれて良かったと思っているんだ」


 カルロが真剣な顔でユリアに言う。


 前に「断食が怖い」と言っていたが、周りに決められたことじゃなくて、自分で決めたことだったんだな。

 父親が断食修行派の偉い人だからなのだろうか。

 責任感のある子なんだな。


 少ししんみりした空気になったので、俺はササっと軽食を作って、二人に振る舞った。

 俺の料理はカルロにも好評で、二人とも笑顔で帰っていったのだった。



 カルロとユリアが帰ったほんの少し後、カルロは再び俺の家に来ていた。

 今日は来訪の多い日だな。

 カルロは息を切らしている。走ってきたようだ。


「ケントさん大変だ!」


「カルロさん、どうした? そんなに焦って」



「急遽、『ウォーレン伯爵の昼食会』が開かれることになりました!」


「……昼食会?」


 

 言葉だけ聞くと大変そうなものには感じないんだけど……。

 それとは裏腹に、息を切らして焦った顔をするカルロに違和感を覚える俺であった。


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