第5話 炎の精霊王イフリート②
この世界の人々は、精霊との契約を遂げるため、厳しい修行に耐える。
そして、修行を乗り越えた先に、一握りの人間だけが精霊に認められ、精霊魔法を使えるようになると言われている。
精霊と契約をすれば、全員が魔法を使えるようになるわけだが、その魔法の力は一様ではない。
契約した精霊の格に応じて、使える精霊魔法の力が決まると言われている。
バルドゥル王国では、精霊を三つの等級に区分し、下級精霊、中級精霊、上級精霊と呼んでいる。
下級精霊魔法が使えると、ほとんどの野生動物や小型の魔獣と充分に戦うことができる。
都市部では傭兵、農村部では狩人になるなど、どこで暮らしていても仕事には困らない。
中級精霊魔法が使える者は、下級精霊魔法を使える者の数よりも少ない。
中型から大型の魔獣とも戦うことができ、国から重宝されている。
特に優秀な者は、王国の騎士団に誘われることもある。
上級精霊魔法を使える者となれば、その数はずっと少なくなる。
魔法の達人である。人々の尊敬を集め、しかるべき地位が与えられる。
現在のバルドゥル王国にはいないが、過去に精霊将と契約を遂げた人物もおり、王国では伝説級の扱いだ。
精霊将は精霊達を従える存在だ。
精霊将と契約した者は、上級精霊魔法よりも更に高位の魔法が使えた、との記録が残っているらしい。
……そして、今、俺の前にいるのは、というとだ。
炎を全身にまとった巨人、精霊王イフリート……。
精霊王だもんな……。
肩書からして、精霊将よりも上だよな。
普通に考えれば……。
「約束どおり来たぞ、人間。それで、この小屋の中で何をしていた?」
イフリートは、その身体を炎に包まれながら聞いてくる。
「これはサウナって言ってな。温冷交代浴をするうえで、まず身体を温めるためのものなんだけど……」
……うーん。
口で説明しても、理解してもらうのは難しいだろうな。
実際に入ってもらった方が早いんだけど。
「どっちにしても、その身体の大きさじゃサウナには入れないだろ」
俺はイフリートに向けて言った。
しかも、身体も炎に包まれてるしね。
サウナの熱さなんて感じないだろう。
サウナは諦めてもらおう。
「む……。精霊王ともなればだな、人間の姿になることぐらい造作もないぞ」
イフリートはそう言うと、ニヤリと笑った。
イフリートの身体の周りの炎が大きくなる。
そして、炎は渦を巻くように、イフリートの周りを回転し始める。
炎の渦に包まれて、イフリートの姿は見えなくなる。
炎の渦の熱気に、俺は思わず目を細める。
炎の塊は急速に圧縮され、小さくなっていく。
ーーゴォォォォオオ!!
炎の渦が上空に飛んでいく。
そして、地面には、一人の男が立っていた。
背が高く、筋肉質な青年だ。
うねった赤髪に、迫力のある目つき。
まさに美丈夫といった言葉がぴったりだ。
「見たか、こんなものだ。これで感覚は人間と同様。では、サウナとやらを教えてもらおうか」
人間の姿になったイフリートは、ズンズンと先にサウナの中に入っていった。
……炎の精霊王にサウナ指南か。
サウナは広めに作っていることだしな。
まぁ、いいことにしよう。
サウナストーブを挟むようにして、イフリートと俺は向かい合って座る。
「うむ、なかなかいいものだな。木の香りも気持ちがいいな」
……ほう。
初めてでこの香りに目を付けるとは。
精霊王もなかなかいいセンスをしているな。
「熱い空気は上の方に溜まっているからな、上の段に座るといいぞ」
イフリートが上の段に移動する。
炎の巨人から人型に縮んだとはいえ。
俺と比べると背が高いので、頭が天井すれすれだ。
「おお! こっちのほうがだいぶ熱いな! いい感じだぞ。しかし、もっと熱くてもいいぐらいだな!」
「まだまだ。こんなもんじゃないぞ!」
イフリートの意外にも人間らしい素直な反応を聞いて、俺も調子が上がってくる。
サウナストーブの横には、ポルボ湖の水を汲んでおいた木のバケツが置いてある。
俺は長い柄杓を使って、その水をすくう。
そして、サウナストーブの上に持ってくる。
「おいおい! 何してるんだ! 水なんかかけたら、熱が弱くなってしまうだろう!」
……ふふふ。
分かっていないな精霊王よ。
逆だ、逆。
水をかけることで、熱く感じるんだよ。
俺はイフリートの言葉を無視して、サウナストーンに水をかける。
ーージュジュジュジュジュッ!!
水をかけられたサウナストーンから湯気が立ちのぼる。
「……おお!! なんだ! すごく熱くなったぞ!」
「ロウリュって言うんだ」
俺はニヤリと笑いながら言う。
熱いサウナストーンに水をかけ、蒸気を出すことをロウリュと言う。
蒸気によって体感温度を上げ、発汗作用を促すというわけだ。
転移前の日本では混同されがちだったが、この蒸気をタオルなどで仰ぐことをロウリュと言うのではない。
蒸気を仰ぐことは、アウフグースと呼ばれる。
このアウフグースを行う人は熱波師と呼ばれ、日本で人気なサービスだった。
ーーシュン、シュン。
イフリートは汗ばみながら、水が焼けて音をたてる石をじっと見ている。
……どうやら、サウナとロウリュを気に入ってもらえたようだな。
こうして俺は炎の精霊王にサウナの楽しみ方を教えてしまったのだった。
炎の精霊王へのサウナ指南、まだ続きます。