第46話 雷魔法の力①
この日、俺はトンネル現場の仕事帰りに、市場に食材を買いに行っていた。
今日の夕食の買い出しである。
俺は基本的には自炊をすることが多い。
転移前の日本では、十年以上ひとり暮らしをしていた。
意外かもしれないが、料理のレパートリーはそれなりにあるのだ。
今日の夕食メニューは具沢山シチューだ。
俺はパンパンに膨らんだ麻袋を持ち上げる。
この世界にはビニール袋なんてないからな。
みんな、買い物には袋を持参するわけだ。
エコなのである。
ちなみに何故、こんなに袋がパンパンかと言うと……。
あいつらが食べるのである。
リヴァイアサンとシヴァだ。
精霊王の2人だ。
精霊だから、食べ物で栄養を摂る必要なんてないのに。
しかし、「美味しい美味しい」と俺の料理を食べる美女二人を見ると、悪い気もしないわけで。
そういうわけで、今日も俺は大量の食材を買い込み、家路につくのである。
俺はなるべく街中では、魔法を使わないよう心がけている。
治安の良くない街で悪目立ちするからな。
従って、今日のように重い荷物を持っていようとも、街中では歩くようにしている。
もっとも、郊外に出さえすれば、風魔法で空を飛んだりもするわけだが。
うん、人もほとんどいなくなった。
このへんから、風魔法で飛んでもいいかな。
俺が、そう思った瞬間、
ーーバチンッ!!
俺の頭の中を炸裂音が響き渡る。
頭が真っ白になる。
俺の手から、麻袋が落っこちるのが見える。食材が地面に散乱する。
……ああ、もったいないな。
そう思いながら、俺の全身から力が抜けていくのがわかった。
***
俺は目を覚ます。
左肩が痛い。
左肩に俺の体重がのしかかっている。
あと、首の後ろ側も痛い。
こっちは、何というか肌の表面が痛い。
ヒリヒリというか、ジンジンというか。
火傷をしたような痛みだ。
まずは地面に押し付けられて、血流が悪くなっている左肩をなんとかしないと。
……あれ?
起き上がれない。
身体の後ろに回っている俺の両手首には、手枷のようなものがはめられている。
両足首は縄のようなものできつく縛られている。
「ん、んんっ!」
口には猿轡がはめられている。
……薄々気づいていたけど。
完全に、俺、捕まっちゃってるな。
首の痛みは多分、捕まる時に雷魔法を当てられたのだろう。
手荒な真似をする野郎だ。
まずは、手枷を何とかしないとな。
幸い、俺には魔法がある。
手に当たっている質感は石っぽい印象を受けるので、地魔法でぶっ壊そう。
俺は手枷に向けて、地魔法の魔力を込める。
ーーキィィイイン。
俺が魔力を込めると、手枷から甲高い音が鳴った。
あれ、壊れないな。
もっと強い魔力を込めて、と。
ーーキィィイイン。
手枷から再び甲高い音が鳴る。
壊れない。
それに、何というか地魔法を込める度に、手枷に魔力を吸収されているような感覚をおぼえる。
うそ。
魔法効かないの?
俺はここに来て、初めて危機感を持つ。
魔法があれば捕まっても何とかなると、気楽に考えていた。
俺は、地面を這い回りながら、周りを見回す。
特に何の特徴もない広い部屋だ。
大きめの扉が一つ。
そして、部屋の真ん中あたりに俺が転がされている。
俺は精霊王級の魔法使いだ。
誰にも負けない強い魔法を使える。
実戦も少しずつではあるが、積んできていると思っている。
向かい合って魔法の勝負をすれば、きっと大抵の奴には勝てるだろう。
しかし、身体は生身の人間だ。
決して魔法に強いわけではないのだ。
迫り来る魔法には、魔法をぶつけて対処するしかない。
油断したか……。
いや、油断はしていない。
魔法の不意打ちには、人間である限り、そもそも対抗できないのではないか。
状況は把握できた。
魔法の不意打ちのことをくよくよ考えても仕方がない。
この状況で出来ることは一つしかないのだ。
俺は再び魔力を集中させると、手枷ではなく、口にかまされてる猿轡に炎魔法を集中させていいく。
ーーキィィイイン。
三度、手枷から甲高い音が鳴る。
そして、口のあたりに集中させた魔力はどこかに消えてしまう。
手枷が壊せないだけじゃない。
手枷のよくわからない力のせいで、そもそも俺の魔法が使えなくなっているようだ。
くそ。
こうなったら、もっともっと魔力を強めて……。
ーードン、ドン、ドン、ドン。
足音が聞こえた。
この部屋に誰かが近づいてくるようだ。
この状況は非常にまずいな。
扉が開く。
「おお、隠れ魔法使い。起きてやがったか」
ガタイのいい男が入ってきた。
顔には大きな傷がある。
その右手が引っ張るのは、俺と同じように猿轡をつけられた痩せた少女。
どう見ても犯罪者だ。
これは本当に、非常にまずい。
男に連れられた少女と目が合った。
少女は驚いたように、その大きな目を見開くのだった。
 




