第43話 クロピオでの労働生活②
中級地魔法の使い手、タルモがこっちに向かって肩で風を切って歩いてくる。
こいつ、王都の現場からこっちに移って来たんだな。
俺は思わずタルモの顔をじっと見てしまった。
「ん? 貴様……」
やばい、見すぎてたか。
こいつとは関わり合いにならないのが一番なのに。
「貴様、アドルフの奴とよくつるんでた、華奢男だな?」
華奢男って……。
丸太のような腕をしていたアドルフと比べればそうかもしれないが。
でも、骸骨並みにガリガリなお前には言われたくないぞ。
「この街でも人夫などしおって、成長のない男よ」
すぐそばまで歩いて来たタルモは、俺を手で押しのける。
あーあ。
こいつってこんな奴だったよな。
魔法使いってだけで、自分が他人より偉いとでも思ってるのかね。
俺は再びタルモの顔を見る。
近くでよく見ると、骸骨のようなタルモの顔には、以前はなかった傷跡がたくさんついている。
よし、こいつのあだ名は、今からガイコツゾンビにしよう。
俺は、心の中でそう思ったのだった。
「おい、タルモ。弱いものいじめはよくないぞ」
もう一人、男が現れる。
肩から腕にかけて傷だらけの筋肉質な男だ。
俺ら二人の方を見ている。
ニヤニヤと嫌な笑い方をする男だ。
男は明かりの切れた雷玉に手をかざす。
すると、再び明かりがついた。
あいつは雷魔法使いのようだな。
「貴様も男なら、トニー殿のように修行をせい、修行を。ぺっ」
タルモはトニーと呼んだ男の方をチラッと見ると、俺の足元に向けて唾を吐いた。
ガイコツゾンビが溶解液を吐いた!
もちろん、心の中で思っただけだ。
しかし、こいつと関わると本当にロクなことがないな。
タルモは、すたすたと歩いていく。
硬い岩盤の前で立ち止まると、深く腰をおとす。
「中級精霊ロックイーターの力をもって穿つ、岩砕拳!」
いつもの決め台詞だ。
一撃で硬い岩盤を打ち砕くのだった。
タルモが岩盤に大穴を開けたその時、
ーーガゴォッ!
トンネルの天井から嫌な音が聞こえた。
「う、うわぁ!」
エーミルさんの叫び声がトンネル内に響き渡る。
その頭上の岩盤が崩れ落ちていくのが見える。
「危ないっ!」
俺は風魔法で一気に加速する。
崩れる岩盤の下にいるエーミルさんを両手で突き飛ばした。
俺の頭上に迫ってくる岩石。
俺は地魔法を使って、うまくその軌道をそらす。
ーーズゥゥゥゥン!
俺のすぐ横に岩石が落ちる。
おそらく周りから見ると、運よく岩石から逃れたように見えたことだろう。
俺は尻餅をついているエーミルさんのそばに駆け寄る。
「エーミルさん、大丈夫だったか?」
「……ああ、ありがとう。新入り……、ケントこそ、大丈夫か?」
「ああ、岩石はギリギリ躱せたようだな」
「そうか、よかった……」
俺はエーミルさんの手を引いて起き上がらせる。
エーミルさんの膝はガクガクと震えていた。
俺たち二人の横をすたすたと通りすぎる足音が聞こえる。
タルモだ。
タルモが俺たちの横を、出口に向けて歩いていく。
「おいっ、タルモ!」
俺はタルモに声をかけた。
この野郎。
人を危険にさらしておいて、謝罪もなしか。
「ふんっ」
タルモは俺たちに一瞥もくれず、出口へと歩いていくのだった。
***
今日の仕事は終わった。
俺は手早く着替えを済ます。
しかし、タルモのことをいちいち思い出す。
その度に腹が立ってくる。
街の方を見ると、こちらに手を振る2人の影が見えた。
「ケントくーん、お仕事お疲れさま。あれ、どうしたのかしら? 怖い顔して」
「いい汗かいたかなー。予定どおり、ストレス感じてそうな感じじゃん!」
なぜかシヴァとリヴァイアサンが、俺を迎えに来てくれていた。
「ははっ! 確かに、今からサウナに入ったら、よくととのいそうだ」
二人の声を聞いて、俺の怒りもどこかに飛んでいくのだった。
よし、ガイコツゾンビのことは忘れよう。
もう二度とあいつと会うことがありませんように。
「おいおい、こんなところに、あんな美女が二人いるなんてどういうことだ?」
「し、信じられないですな……」
後ろから嫌な声が聞こえてきた。
おいおい……。
もう会うことがないように、って願ったばかりだぞ。
もう見たくはないんだが……。
俺が振り向くとさっきの二人がいた。
トニーとタルモだ。
今日は運が悪すぎる。
異世界に星占いがあったら、今日は絶対にビリだ。
二人はこっちを見ながらボソボソと何か話しを始めた。
「なんか感じ悪い二人ねぇ?」
「ジロジロ見ないで欲しいかな?」
シヴァとリヴァイアサンが嫌な顔をする。
トニーとタルモの二人は、話し合いが終わったようだ。
トニーがこちらを指差す。
タルモが頷く。
そして、タルモは顔を強張らせながら、こっちに歩いてくる。
「どけ、華奢男」
俺を手で押しのける。
そして、リヴァイアサンの方に向かって歩いていく。
あ、こいつ。
うちの女性二人に声かけてこいって、トニーに言われたんだな。
使いっ走りだ。情けない奴。
しかし、ガイコツゾンビの好みは、うちの元気っ子、リヴァイアサンの方だったのか。
俺はちょっと興味深くなって、その様子を見守る。
「……お、お嬢さん。い、一緒に、お茶でも、いかがですかな?」
タルモは緊張しているのか、若干、声が上ずっている。
「はあ? 嫌だよ、ガイコツ男!」
リヴァイアサンがピシャリと断った。
「ブフォ!」
俺は思わず噴き出してしまった。
俺でさえ、本人には直接言わなかった「ガイコツ」という単語をあっさり口にするとは。
流石、リヴァイアサンだ。
タルモの顔は真っ赤だ。
そして、ぷるぷる震えながら俺を睨む。
「貴様、この我輩を愚弄するのか! 決闘だ、決闘!」
タルモは甲高い声で叫んだ。
いや、愚弄したのは、俺じゃなくて、リヴァイアサンだろう……。
俺は思わず笑っちゃっただけだ。
しかし、ちょうど良かった。
俺だって、今日のタルモの態度に腹が立っていたのだ。
「ああ、いいぞ、タルモ。ちょうど俺もな、地魔法を全く使いこなせていないお前を、教育してやろうと思ってたんだ」
そう言うと、タルモは血走らせた目を大きく見開いて、俺の顔を見るのだった。
 




