第4話 炎の精霊王イフリート①
ポルボ湖畔の木々が新緑を芽生えようとしている春の日のこと。
「つ、ついに、サウナに入るぞ!」
ポルボ湖畔に、俺だけのサウナが完成したのだった。
……この世界に転移してから4年。
この世界で初めてサウナに入る時がきたのだ。
サウナの中に備え付けた薪ストーブには朝から火を入れている。
サウナの中は充分に熱くなっているはずだ。
もちろん、俺も準備万端。
身体を拭くための小さな布を持っている以外は、生まれたままの姿である。
木製の扉を開けると、ログハウスのような木の良い香りがする。
……うん、素晴らしい。
俺は柄杓で水をすくうと、ストーブの周りを囲っている、熱せられたサウナストーンに水をかける。
ーージュジュジュジュ! ……シュン、シュン。
石の表面で水が勢いよく蒸発し、熱い湯気が湧き出てくる。
……うん、素晴らしい。
サウナ内が、熱い蒸気で満たされる。
心地よいサウナの熱さをしばらく楽しんでいると、身体中から汗が噴き出てくる。
次第に、熱さで頭がぼんやりしてくる。
そして、心臓の鼓動が早くなっているのを感じる。
……そろそろ、いい具合だな。
俺はサウナを出る。
そして、大股で一歩、二歩、三歩……。
そのまま、崖っぷちからポルボ湖に飛び込む。
ーーザブンッ!
湖は春先の気候でよく冷えており、天然の上質な水風呂となっている。
「はぁー! 最高だな!」
俺の声が、誰もいないポルボ湖に響き渡る。
湖の冷たさで、ちょうど良く身体が冷えてきたところで、岸に上がる。
俺は布で手早く身体を拭くと、サウナ小屋の横に置いてある、木製の椅子に座る。
リゾートのプールサイドチェアのような、深く身体を預けられる形をしている。
もちろん俺の手作りである。
「うはぁ。最高だな……」
そのまま、暖かい陽光と春のそよ風を感じる。
サウナ愛好家の間では、このように、サウナ、水風呂、外気浴を何セットか繰り返すのが一般的だ。
サウナと水風呂の往復だけでは駄目なのだ。
水風呂の後に、ゆったりと休む外気浴。
これが大事なのである。
これを何回か繰り返した後にくるサウナトランス状態。
日本のサウナ愛好家たちは、この状態をととのうと言う。
深くリラックスした身体に、脈動する血液が行き渡った状態だ。
この日も、サウナ、水風呂、外気浴を3セット繰り返したときにととのい状態がやってきた。
「ととのったー!」
俺の声がポルボ湖畔に響く。
異世界、初ととのいだ。
ととのった状態は、人によって様々な言葉で表現される。
俺の場合は、自分の身体と世界の境界線が曖昧になり、地球と一つになったかのような感覚を覚える。
この世界は、地球ではないわけだけれども。
この星と一つになったかのような感覚、とでも言い換えれば良いだろうか。
俺は「最後にもう1度」と、再びサウナの中に入る。
異世界でサウナが作れるか少々不安だったが。
……我ながら、なかなかいい出来なのではないだろうか。
再び、サウナ内での静寂。
サウナストーンが水を焼く音だけが聞こえる。
ーーシュンシュン。
「……!」
ーーシュンシュン。
「……おい!」
ーーシュンシュン。
「……おい、人間!」
……あれ?
静寂のはずが……。
外から声が聞こえて来たような気がした。
「おい、人間! 小屋の中で何をしている?」
今度は、男の声がはっきりと聞こえた。
「うるせぇ! ちょっと待ってろ!」
俺は思わずサウナの外に向かって声を荒げた。
俺のサウナの時間を邪魔するなんて。
無粋な人間だ。
言語道断だ。
「……!!」
よし、静かになったか。
「……」
外は静かになったのだが、何となく誰かがいるような気配を感じる。
すでに熱さで頭がぼんやりしている俺は、外のことは一旦忘れてサウナを楽しむ。
しばし経って、サウナの扉を開けて外に出る。
……そこには、予想だにしなかった、巨大な存在があった。
全身に炎をまとった巨人だ。
身長は3メートル以上はある。
筋肉のかたまりのような肉体に赤い肌。
炎の中で髪の毛がゆらゆらと動いている。
「待ちくたびれたぞ。おい、人間。なんだその小屋は。何がそんなに気持ちいいのだ」
炎の巨人が話しかけてくる。
「えーと……」
……熱いんだけど。
サウナで熱くなった身体に追い討ちをかけるように、炎の巨人から発せられる熱波。
熱さで頭が働かない。
早く湖に飛び込みたいのに。
「おい、聞いているのか? 早く教えろ」
「あー、もう! ゆっくり教えてやるから、明日また同じ時間に来い! 今、話してる暇はないんだ!」
俺は炎の巨人の質問を振り切って、ポルボ湖に走り出した。
ーーザブン!
……はぁー!
冷たい水が身体に染み渡っていく。
「……明日だな。約束だ、人間よ。我が名は炎の精霊王イフリート」
後ろから聞こえる声に振り返ると、炎の巨人の姿は消えていた。
炎の精霊王イフリートだって……?
……何故こんなことになった。
俺はポルボ湖の中で、一人頭を悩ませるのだった。