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第37話 マルコの物語②

マルコ目線の話(後編)です。


 数日が経ち、気温は戻り外の雪もほとんど融けてしまったころ、俺はやっと自宅に帰ることができた。



「今、帰ったぞ。ケントさんはもう帰っちゃったか?」


 俺はそう言いながら、急いで自宅の玄関を開けた。


 

 ーーボフッ。


 俺の顔に、何やらフカフカの毛が当たる。


 

 なぜ、入り口にいきなり毛皮があるんだ?


 俺は少し後ろに下がってそれを見る。


 白と黒の美しい縞模様が見える。



 ーーグルルルゥ。


 頭上から唸り声が聞こえた。


 声の聞こえた方にゆっくりと目を向けると……、俺は両足の力が抜け、尻餅をついた。


 上から俺を睨むのは、白い身体に黒い縞模様の浮かんだ、巨大な虎だった。


 ……え、魔獣? なぜ、俺の家に?



「こらー、駄目だよ、白虎(びゃっこ)! その人、エリナのパパなんだからね!」


 家の中から、エリナの声が聞こえる。


 白虎と呼ばれた大きな白い虎は、エリナの元にゆっくり歩いていくと、その横に寝そべる。


 エリナがその首元を撫でると、気持ち良さそうに目を細めていた。



 白虎。


 氷の上級精霊だ。


 エリナが上級精霊と契約をしたらしい。



「ケントお兄ちゃんと、約束してね。サウナに入って。白虎とケーヤクしたの」


 エリナはまだ小さいので、あまり説明が上手くない。


 何のことやら、さっぱりだった。



「えーと。……ケントお兄ちゃんがね。パパが今でも魔法使いになりたいなら、サウナに入ってって。それを伝えてって言ってたの」


 エリナがもう一度ゆっくり話してくれた。



 ケントさん、俺が魔法使いになりたかったって話を覚えていてくれたんだな。



 でも、サウナって一体……。


 俺は、何が何やらわからないまま、エリナに家の裏に連れて行かれるのだった。



 俺とエリナは、サウナと呼ばれた石の洞窟の中に二人で入る。


 フリッツ男爵のところで、地獄房座禅の修行もしたが、あれと比べると、随分と心地よい熱さだ。ぬるくすら感じる。


 エリナが両手を向ける先は、薪ストーブの上に積んである、熱そうな石の上だ。



「外の雪は全部溶けちゃったから、魔法で雪を出すよ〜」


 熱い石の上に、魔法で出した雪が降り注ぎ、蒸気が部屋中に充満する。


 何というか、気持ちいいな。



「こんな気持ちのいい温度で、修行になるのか?」


「修行じゃないよ。サウナだよ」


 エリナに注意をされた。



 しばらくして、俺はエリナに連れられてサウナから出る。


 身体中が熱くなり、心臓がバクバクと鳴っているのがわかる。


 しかし、地獄房座禅の修行ほどではない。



 そして、エリナに連れられるまま、雪の浮かぶ水に入らせられる。


 水はとても冷たかった。


 しかし、これも吹雪の中、氷の精霊に祈りを捧げることに比べれば楽なものだ。



 俺は水から出ると、身体の水滴を拭き取り、椅子に座らせられる。



 俺は、今まで様々な修行をしてきた。


 断食もした。いばらの上で座禅を組んだ。水を飲まずに熱い部屋に入った。吹雪の中に座り続けた。


 しかし、どの修行でも、こんな感覚は味わったことはない。


 身体中が何とも言えない感じでじんわりと痺れ、ポカポカしている。



「何というか、気持ちいいな」


「そういう時にはね、『ととのった』って言えば良いんだって。ケントお兄ちゃんに教えてもらったんだ」



 ()()()()か。


 この感覚を言い表すのに、まさにふさわしい言葉のような気がする。



 よし、思い切って叫んでみるか。



「ととのったー!」


 俺の声が空に響きわたる。



 ーーアォォォォーン!



 俺の声に合わせるように、狼の遠吠えが聞こえた。



 俺は、遠吠えのした方を振り返る。



 ケントさんが作ったサウナの上に、そいつはいた。



 巨大な狼のような姿。


 白銀の美しい毛をなびかせたその姿。


 

 伝説の氷の精霊。


 ホワイトフェンリルだ。



 子供の頃、吹雪の中、谷底に落ちた俺を助けてくれた精霊だ。



「ずっと、言いたかったんだ。あの時は、助けてくれてありがとう」



 俺がそう言うと、ホワイトフェンリルは静かに頷いた。



 そして、凍傷の跡が残る俺の右手には、氷の紋章が浮かんでいた。



 ***



 数日後、俺はフリッツ男爵の屋敷に呼ばれていた。



「上級精霊の九尾(きゅうび)じゃないですか」


 九つの尾を持つ狐の精霊が、フリッツ男爵の横にちょこんと座っている。


 そいつは俺の連れてきたホワイトフェンリルをじっと見ている。



「マルコ、お前こそ。伝説のホワイトフェンリルと契約をしたのだな。今、確認をしているところだが、たぶん、精霊将クラスと判断されるだろうな」


 精霊将は精霊たちを従える存在と言われ、上級精霊よりも格が上である。バルドゥル王国の長い歴史の中でも、数例しか記録が残っていない。


 フリッツ男爵の腕には黒色の紋章が浮かんでいる。精霊と契約して浮かぶ紋章の色は、一般的にこのような黒色である。


 俺の右手に浮かんでいる紋章の色は銀色。


 ちなみに、精霊王と契約したケントさんに浮かんだ銀色の紋章は淡い光を放っていたそうだ。 



「まぁ、サウナの中で少し話すかの」


 フリッツ男爵にそう言われ、以前は地獄房座禅の修行場だったサウナに案内される。


 ホワイトフェンリルと九尾は、楽しそうにサウナの周りを走り回ってじゃれている。



「ケント殿の作ったサウナのおかげで、私が上級精霊と契約することになった時には驚いたぞ」


「俺もですよ」


 俺とフリッツ男爵は、二人でサウナの中に並んで座る。



「このサウナがあれば、これからもこの領地の氷魔法使いは増えていくだろうな」


「そうでしょうね」



「しかし、氷魔法使いがどれほど増えようとも、戦争で領地を奪うわけにはいかないからな」


「ケントさんは、そんなこと望まないでしょうね」



「……氷魔法は置いておいて。この領地をどう発展させていくか、これはこれで考えていかねばならんな」


「……フリッツ男爵、実はちょっとアイデアがありまして。ケントさんが、俺の娘のエリナに話していた内容からヒントをもらったのですが」


 

 俺はフリッツ男爵にその内容を話す。


 俺は子供の頃から雪だるまとか雪像が好きで、毎年雪が降るとよく作っていた。


 エリナも俺と同じで、雪が降るたびに小さな雪像を作って遊んでいたのだった。


 エリナの作った小さな雪像を見たケントさんが、「これで、雪祭りをやればいいのに。観光客が増えるぞ」と、言っていたとのことだ。



「なるほど。雪像を見世物にして、観光客を集めるというわけか」


 バルドゥル王国では、祭典は作物の収穫期や夏に行われるのが一般的で、冬の祭典というものは聞いたことがない。



「氷魔法で大きな雪像をたくさん作るかの」


「雪像を見ていると身体が冷えると思いますので、サウナで身体を温めながら、休憩してもらうのもいいですね」



「そうであるな。毎年、冬にはその祭典を開催することにして……」


「祭典の名前は……」



「「雪とサウナの祭典(フェスティバル)!」」


 俺たち二人の声がそろった。



 翌冬以降、「雪とサウナの祭典(フェスティバル)」は毎年開催されることになる。


 この街は多くの観光客を集め、観光都市として発展していくことになるのだが、



 ーーそれは、また、別のお話である。


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