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第36話 マルコの物語①

マルコ目線の話(前編)です。


 俺の両手の指には、子供の頃の凍傷の跡が、今でも残っている。


 普段、人の目に触れることはあまりないが、足の指にも同じような跡が残っている。


 後で聞いた話だが、当時、俺の指は壊死しかけており、もう少し救助が遅かったら、切断しなければならなかったらしい。


 

 俺が7歳だった頃の話だ。


 俺はカヤニ村の外れで一人、雪だるまを作ることに夢中になっていた。


 雪だるまを作ると、お気に入りの崖の上に飾るのが好きで、その日もいつもの崖に行っていた。


 雪だるまを崖に飾り、満足していると、突然、後ろから動物の吠える声が聞こえた。


 魔獣だったのか、動物だったのか、今となってはわからない。


 何れにしても、その声に驚いて振り返った俺は、崖を踏み外し、岩肌に身体をぶつけながら谷底に落ちていったのだった。



 どれぐらい時間が経ったのかはわからないが、目を覚ました時には、辺り一面が吹雪になっていた。


 身体は冷え切っていて動かない。声を出すこともできず、ただただ涙を流すことしかできなかった。


 そして、また意識を失った。



 次に目を覚ました時、俺は何かに運ばれていた。

 

 狼のような動物の背中だったと思う。


 白銀に光輝く温かい毛に包まれた俺は、安心しきって再び眠ってしまった。



 その後、俺は家に届けられるが、両親は俺を助けてくれた動物の姿を見ることはなかったと言っていた。


 お礼を言うことは出来なかったが、この動物のおかげで、俺は命を救われた。凍傷になっていた指も治療が間に合ったのだった。



 後日、俺はこの領地で言い伝えられる、白銀の狼の精霊、ホワイトフェンリルのことを知る。


 俺を助けてくれたのは、ホワイトフェンリルだ。


 俺はそう確信した。


 

 しかし、その話を友達にしても、「あれはおとぎ話だ」と馬鹿にされるだけだった。


 それから、俺はその話を他人にするのは辞めて、魔法使いを目指すことを決めた。


 ホワイトフェンリルは伝説の精霊。


 魔法使いになって精霊と契約すれば、いつかまた会えるかもしれない。


 そう思ったのであった。



 俺は、魔法使いになるため、子供の頃から人一倍厳しい修行をした。


 断食もした。吹雪にも打たれた。氷の上に何時間も座り続けた。


 もちろん、最新の修行法、地獄房座禅にも挑戦した。


 しかし、俺の元に氷の精霊が現れることは、ただの一度もなかった。



 ***



 ある日、俺は、トゥルク連峰まではるばる修行に来たという魔法使いのケントさんと出会う。


 この地でトゥルクの(ぬし)と呼ばれ、畏敬されているサーベルグリズリーから、家族と村を守ってくれたお礼を言いに行ったのだった。



 炎、風、地の3属性を使いこなす魔法使い。


 しかも、全ての属性で上級クラスの実力を持っている達人であるという噂だった。


 俺は緊張しながら、部屋に戻ろうとする彼に声をかけた。


 しかし、振り向いた彼を見て、正直、俺は拍子抜けしたのだった。



 ケントさんは、あまりにも普通の男だったのだ。



 魔法使いというものは、厳しい修行を乗り越えて、その魔力を手にしている。


 厳しい修行の過程で、ガリガリに痩せ細っていたり、身体中に傷があったり、普通の人間にはない厳しい雰囲気をまとっているものなのだ。


 少なくとも、これまで俺が出会ってきた魔法使いはそうだった。



 ケントさんは、まるで長年、肉体労働をしてきたような肩まわりをしているが、それ以外はごく普通の体格。


 痩せてもいない。顔にも手にも傷はない。


 むしろ肌ツヤは、同年代の男よりも健康そうに見えるほどだ。

 

 

 少し話してみると、ケントさんのことがますますわからなくなっていく。


 やたらと愛想が良い。


 謙遜するし、お世辞も言う。


 まるで、商人みたいな人だと思った。



 極め付けはこの一言。


「魔法使いよりも、あんなに綺麗な奥さんと可愛い娘さんがいて、羨ましい限りだよ」


 修行者にとって、魔法は誇りである。


 その魔法よりも、家族がいて羨ましい、と。


 俺はケントさんの目をじっと見たが、嘘をついているような雰囲気は全くなかった。



 その後、俺はケントさんにフリッツ男爵の計略について、追及を受けることになる。


 俺を問い詰める表情は、真剣そのもの。


 その理詰めの言葉の数々と、淡々とした語り口は、まるで役人のようだった。



 商人のようであり、役人のようでもあり、肉体労働者のようでもある男。


 話せば話すほど、ケントさんのことがわからなくなっていく。


 そして、彼がすごい魔法使いであるということも忘れてしまうのだった。



 ーーただし、あの、魔法を見るまでは。


 

 100人以上の魔法使いを集め、数ヶ月をかけて作り出された氷魔法の術式。それを、一瞬で消してしまったあの魔法。


 日没と同時に現れた、空を覆うほどの巨大な炎魔法。


 俺は、地上に太陽が落ちてきたのかと思った。


 そして、あの魔法は、人が使えてはいけない力だと思った。


 それと同時に、魔法を使えることに全く頓着しない、あのケントさんだからこそ、このような力を持つことを許されたのだ、とも思ったのだった。


 

 翌日、俺はまたケントさんと話す機会に恵まれた。


 ケントさんが氷の精霊王と契約したという噂には、もう驚かなかった。


 氷の精霊王と契約をする人がいるとすれば、ケントさんを置いて他にはいないと思っていたぐらいだ。



 トゥルク連峰にはもう用はないはずだが、娘のエリナと何かを約束したと言って、家に寄ってくれると言っていた。


 エリナと、どんな約束をしたのだろうか。


 俺が家に帰る頃には、もう、ヴァーラ渓谷に帰ってしまっているだろうか。



 また、ケントさんとお話がしたい。


 俺は魔法使いにはなれなかったけれど、今度、ケントさんに会った時には、どのように凄い魔法使いになったのかを素直に聞いてみたい。


 そう思う、俺なのだった。


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