第3話 ポルボ湖でサウナ作り
「ケントさん、またたくさんお話しを聞かせてくださいね」
「ああ。気をつけてな」
丸一日、魔導船で隣の席だった少女が、俺に挨拶をする。
「あぁ、断食……。断食かぁ……」
少女はぶつぶつと小声でつぶやきながら、魔導船を降りていった。
よほど食べるのが好きなんだろうなぁ。
断食修行なんてかわいそうに。
結局、少女は俺のことを凄い修行者だと勘違いしたままだった。
サウナのことは話せないしな。
仕方がなかったと思うのだ。
誤解を解くのが面倒だった、というところもあるけれど……。
ヴァーラ渓谷には数多くの修行地がある。
従って、魔導船はいくつかの降船場を経由しながら進んでいく。
俺の降船場は、というとだ。
この魔導船の終点。
ユヴァスの滝である。
降船場に着く度に、複数の修行者が魔導船を降りて行く。
ユヴァスの滝に着く頃には、乗客はまばらになっていた。
さて、俺はというとだ。
終点のユヴァスの滝から、さらに2時間ほど山道を歩いた先にある、ポルボ湖に向かう。
ヴァーラ渓谷には、水の精霊との契約を志す修行者たちの集落が数多くある。
そして、その集落は、ほとんど全てが大きな滝や流れの激しい川の近くにあるのだ。
滝に打たれたり、激流に身をさらすことによって修業をするわけだ。
静かな湖の中で修行する人なんていないのである。
そういうわけで、サウナを作って誰にも邪魔されずに暮らしたい俺にとっては、ポルボ湖は素晴らしい穴場なのである。
俺は一人、山道を歩いていく。
なかなか遠い道のりであるが、スキップしたいぐらいに気持ちは弾んでいる。
***
予定どおり2時間ほどで、ポルボ湖に到着した。
ポルボ湖は水深はあるのだが、その水は透明に澄み切っている。
ポルボ湖畔に、まだ肌寒いが、心地よい風が吹き抜ける。
湖を囲むように生えている木々がサワサワと音をたてる。
俺以外には人っ子ひとりいない、理想的な環境だ。
そして、ポルボ湖畔に小屋がポツンと一軒。
俺の新居である。
4年間、肉体労働をしながら倹約に努め、知り合いのツテも使ってかなり安い予算で建てた。
しばらくの間は、ここで自給自足の生活を送る予定だ。
そのために、これまで働きながらも時間を見つけては、野生動物の狩りの仕方や罠の作り方、ちょっとした畑の作り方などを勉強してきたのだ。
……そして、この度の転居の最大の目的。
新居の小屋よりも更に小さい、物置のような建物が、ポルボ湖のすぐそばに建っている。
これを、サウナに改造するわけだ。
俺がこの世界に転移してくる前、日本では空前のサウナブームが起きていた。
サウナを活用すると、仕事のパフォーマンスがあがるだとか。
サウナに入ると、美肌効果によって若返るだとか。
サウナに入ると、免疫力が上がって風邪を引かなくなるだとか。
その他にも、サウナには様々な効能があると言われていた。
仕事に疲れ果てたおじさんサラリーマンだけではない。
若い人達の間でも、確かにサウナブームは起こっていた。
……そして、かく言う俺もだ。
東京で日夜激務をこなしながらも、時間を見つけてはサウナを楽しむ、サウナ愛好家の一人だった。
この世界で俺が再現しようと思っているのは、フィンランド式のサウナだ。
転移前の日本でもだんだんと増えつつあったサウナである。
普通、サウナと聞けば、高温で乾燥したドライサウナをイメージする人が多いのではないだろうか。
一方、フィンランド式のサウナは、モノにもよるが、70〜80度ぐらいの室温である。
温度はドライサウナよりも低いが、熱いサウナストーンに水をかけ、蒸気を発生させることによって体感温度を上昇させるのである。
高温・乾燥したドライサウナと比べると、初心者でも入りやすいと言われていた。
転移前、俺もこのフィンランド式のサウナにすっかりはまってしまったのだった。
サウナの改造には、少々時間がかかるかもしれない。
しかし、俺には4年間も建設、土木現場で働いてきた経験がある。
今の俺ならば、日曜大工程度の作業など、お手の物。
サウナの内装作りだって、時間さえかければ、きっと出来ることだろう。
「春までにはサウナを完成させる!」
俺は誰もいないポルボ湖畔で一人、気合を入れ直したのだった。
次回、精霊王が登場します。