第27話 フリッツ男爵の計略②
フリッツ男爵領で開発された修行法、地獄房座禅を見学することになった俺とイフリートは、男爵から直々に案内を受けていた。
屋敷から馬車で数分ほどの修行場に着くと、雪の勢いはますます強まっていた。
「今日は、地獄房座禅にまさにふさわしい日ですぞ」
馬車から降り、修行場に歩いて向かいながら、フリッツ男爵が言う。
向かう先には、大きな建物が一つ。そして、その周りを囲むように幾つかの小さな建物がある。
俺たちが小さな建物のすぐ横を通りすぎようとした、その時、
ーーバタンッ
「ぶはーっ、ぶはーっ」
汗だくで顔を真っ赤にした修行者が扉の中から這い出てきた。
「うわっ!」
建物の近くを歩いていたイフリートが驚いて声を上げた。
「ケント殿、今のは小地獄房だ。本日は、あの大地獄房をご覧いただこうと思う」
フリッツ男爵は修行場の真ん中にある大きな建物を指差す。
地獄房、これってさぁ、もしかして……。
男爵は大地獄房と呼んだ建物の扉を開ける。
すると、中から乾燥した熱風が俺の顔を吹き付けた。
大地獄房の中心には、熱々の大岩。
それを取り囲むように、修行衣を着た人々が座禅を組んでいる。
修行者たちは何やら呪文のようなものを唱えている。
そして、修行者の周りにも熱せられた石が大量に並べられている。
「おい、ケント。これって……」
「ああ、言わなくていいぞ。イフリートと同じことを思ってる」
地獄房。
おそらく100度以上はあるであろう高温の部屋。
カラカラに乾燥した空気。
ーーつまり、ほぼ、ドライサウナであった。
「地獄房座禅に臨む日は、修行者は朝から食料と水を一切に口にしない」
フリッツ男爵が修行の説明をしてくれる。
駄目だ!
サウナに入る前には、しっかりと水分補給をしないと、倒れてしまうぞ。
俺は心の中で思うが口には出さない。
「そして、この高温かつ乾燥した地獄房に入り、限界までこの環境に耐えるのです」
駄目だ!
心拍数が上がってきたら、サウナから出た方がいいぞ。
しかし、俺は口には出さない。
「地獄房から出た後は……。ふむ、ちょうど今から修行者が出るところですな。見ていただきながら、説明しましょう」
俺たちは男爵に連れられて外に出る。
地獄房から次々と出てきた修行者たちは、地面に降り積もった雪を丁寧に払い始めた。
すると、雪の下から、ツルツルに磨かれた岩盤が現れる。
修行者たちは、その岩盤の上で再び座禅を組み始めるのだった。
「極限状態に耐えた後、熱せられた身体に降ってくる雪に感謝を捧げながら、祈り続けるわけですな」
男爵が再び解説してくれる。
いや、雪ダイブしろよ、勿体ない!
もちろん、心の中でつっこむだけだ。
「頭の上に30センチほどの雪が積もる頃、氷の精霊にその修行を認められることがあるわけです。これが、新しい修行、地獄房座禅」
「なんと言うか、すごいですね……」
逆の意味でね。
「すごい修行でしょう」
フリッツ男爵は自慢げに言う。
あんなに気持ちいいサウナでも、使い方によっては、こんなに苦行に変わってしまうこともあるんだな。
苦行というものを考え出す、人間の発想の恐ろしさを感じた俺であった。
***
その後、再び男爵の屋敷の貴賓室に戻って、俺たちは紅茶をご馳走になっていた。
「あの修行を開発してから、我が領地の魔法使いは急速に増えました」
フリッツ男爵がカップを持ちながら言う。
「そうなんですね。……すごい修行でした。あ、でもカヤニ村には、魔法使いはあまりいないんですね」
俺も紅茶を飲みながら答える。
カヤニ村の自警団には、魔法使いは一人もおらず、老人ばかりだったことを思い出す。
「……そうですな。魔法使いともなると、各地で仕事の依頼もありますし」
男爵はカップに目を落としながら言った。
「ところで、ケント殿は、明日は何をされる予定で?」
男爵に話を逸らされた。
「天気が良ければ、氷雪の霊槍に向かいたいと思っていますが」
俺は、話を逸らされたことは気にせず、会話を続ける。
「是非、明日向かった方がいいですな」
「えっ?」
「いや、本日の山の雲の様子を見ると、明日はきっと晴れるでしょうな」
「……そうですか」
「トゥルク連峰の天気は変わりやすい。明日、天気のいいうちに向かった方がいいですな。明日の朝にでも、カヤニ村まで馬車で送らせましょう」
「……そうですか。では、よろしくお願いします」
やたらと明日の山入りを勧めるんだな。
「ケント、また綺麗な馬車に乗れるぞ。ラッキーだな」
イフリートは、何も考えていない様子で、熱い紅茶を一気飲みしていた。
その日の夜、男爵邸で豪勢な食事を振舞われた。
時おり、男爵から俺の修行内容を探るような言動が見られたが、のらりくらりと話題を逸らしながら、食事を終えたのだった。
 




