第25話 魔獣の急襲④
魔法の氷の槍と炎の岩石が衝突してできた大量の蒸気が晴れていく。
トゥルクの主と呼ばれた巨大な白い魔獣が、俺の方にゆっくりと歩いてくるのが見える。
突然、魔獣が立ち止まった。
その巨体の周りに、これまで以上に濃密な魔力が集中していくのを感じる。
そして、魔獣の周囲に凝縮していた魔力が、空中で実体を持ち始める。
魔獣を取り囲むように空中に浮かぶのは、魔法で形成された青く光る無数の氷の結晶だ。
「……それをどうするつもりなんだ?」
俺は先ほどの氷の槍よりも魔力が凝縮している氷の結晶が飛んでくるのに備え、両手に炎の魔力を集中させていく。
トゥルクの主は俺を真っ直ぐに見たままだ。
氷魔法を飛ばしてくることもない。
突然、無数の氷の結晶が強く光輝く。
ーーキン、キン、キン、キン!
宙に浮かんだ氷の結晶が、魔獣の全身に集まっていく。
濃密な氷の結晶が魔獣の巨体に張りついていくのだった。
ーーグォォォォオオオ!
トゥルクの主は顔を空に向けて、咆哮をあげた。
現れたのは、全身に青い氷の鎧をまとった魔獣の姿だった。
両前足の爪と、二本の巨大な牙も氷魔法を帯びているようで、白銀に輝きながら鋭く尖っているのが見える。
その額には銀色の氷の紋章が浮かび上がっている。
「……なるほど。このまま魔法の打ち合いを続けても埒があかないもんな。近接戦闘での決着がお望みというわけだな?」
濃密な氷魔法で強化された魔獣の姿を見て、俺は思わずつぶやいた。
……あ。
今のセリフ、戦闘狂っぽかったな。
駄目だ、気をつけないと。
しかし、こいつとはそろそろ決着をつけないといけないわけで。
俺は右手を空に向けると、炎魔法を使って大きな火柱を出す。
そして、火柱を一気に圧縮していく。
火柱が消失するのと同時に、俺の右手には炎の長剣が完成していた。
イフリートの特訓を受けて、最近作れるようになった魔法の剣だ。
氷魔法の鎧で強化された魔獣と炎の長剣を持った俺は、睨み合いながらゆっくりと近づいていく。
そして、空き地の中心あたり。
互いに手の届く距離までやって来たのだった。
先制は、魔獣だった。
斜め上から、右前足の鋭い爪を振り下ろしてくる。
ーーカァァン!
疾くて重い一撃だ。
俺は魔獣の攻撃を炎の剣で受け流した。
真正面から受けずに、力をいなすよう意識して受け流したのだった。
ーーカァァン! カァァン!
魔獣は交互に前足を振り下ろしてくるが、俺はそれを炎の剣で受け流す。
「……こっちだって、黙ったままじゃないぞ、と」
魔獣の攻撃の間隙をぬって、俺は風魔法で瞬時に加速する。
一気に距離を詰めると、魔獣の懐に飛び込んでいく。
炎の剣を両手でしっかりと握り込み、青い鎧に包まれた魔獣の胸を切りつける。
ーーザンッ!!
しっかりと魔獣の胴体を切りつけた手応えがあった。
炎の剣の斬撃は魔獣にしっかりと届いていた。
斬撃を受け、魔獣の青い鎧が少し砕けたのが見えた。
俺は再度、風魔法で加速しながら、魔獣の懐から真横に抜けていく。
「よし、もう一丁!」
俺は魔獣の方を振り返る。
そして、もう一度斬りつけようと正面に剣を構える。
「あれ、魔力の込め方が甘かったか?」
俺が握っていた炎の剣の刀身は途中から折れてしまっていた。
これまで炎の剣を作る訓練を続けてきたわけであるが、魔力を込めれば込めるほど、剣の形を保つのは難しい。
魔法の訓練中は、全力の魔力では炎の剣を保つことは出来なかったのだった。
魔獣の方を見ると、俺が切りつけて砕けた鎧に再び魔力が集まっていくのが見える。
魔獣の鎧は、見る見るうちに元の形に戻ってしまったのだった。
ーーグォォォォオオオ!
魔獣は咆哮をあげながら走ってくる。
そして、再び右の前足を振り下ろしてきた。
俺は風魔法で加速し、攻撃を後ろに躱すと同時に、前足を炎の剣で斬りつける。
しかし、魔獣の鎧を切りつけた炎の剣は再び折れてしまうのだった。
「これじゃ、駄目だ」
俺には風魔法があるため速度は勝っている。
しかし、俺の攻撃が全く通らないのだ。
ーーブォン! ブォン!
左右から迫る魔獣の連撃を、風魔法で素早く小さく躱す。
……もっと、魔力を集中させて。
魔獣の攻撃は続く。
俺は大きく後ろに飛ぶと、両手に魔力を集中させる。
「最強の炎の剣をイメージするんだ!」
俺は両手に最大限の魔力を込めていく。
俺の動きが止まったのを見計らったように魔獣が飛びかかってくる。
ーーガァァァアアア!
魔獣は後ろ足で地面を強く蹴ると、凶悪な牙で真上から噛み付こうとしてくる。
魔獣が噛み付く直前。
俺は風魔法を使い、ギリギリで空中に躱す。
魔獣を頭上から見下ろす形になる。
俺の右手には、天を衝くような巨大な火柱。
火柱の周りを無数の炎が螺旋状に渦巻いている。
俺の最大の魔力を込めた火柱だ。
そして、その強大な魔力を込めた火柱を一気に凝縮していく。
炎魔法の強大なエネルギーを受け、俺の右手が大きく震える。
俺はそれを何とか抑えつける。
そして、最強の炎の剣のイメージが出来上がった。
……その時、俺の頭の中に、言葉が浮かんできたのだった。
精霊王級魔法ーー。
「 煉 獄 王 剣 !」
俺の右手には、精霊王級の魔力を込めた炎の長剣が完成していた。
その刀身には莫大な炎の力が凝縮しており、どんな氷魔法にも負けない力を感じる。
俺は右手に持った煉獄王剣で、魔獣の首元を真上から斬りつける。
ーーズバァァァン!!
煉獄王剣は魔獣の氷の鎧を砕き、その身体に達する。
魔獣の身体から鮮血が飛び散った。
しかし、魔獣は鎧が砕けた瞬間に身体を横に捻っており、首元を狙った斬撃は肩口から背中へと逸らされたのだった。
魔獣は両目を見開きながら、素早く俺の方を振り返る。
魔獣の鎧は砕け散り、その肩口からは赤い血が滴っている。
俺は風魔法で一気に距離を詰める。
「これで終わりだっ!」
魔獣に向かって煉獄王剣を振り下ろす。
ーーがうっ!
突然、魔獣の横から小さな白い影が飛び出してきた。
俺は思わず剣先を止める。
魔獣の足元に着地した小さな影を見ると、俺に吠えてきたのは、白い子熊だった。
俺は剣先を降ろすと、再びサーベルグリズリーの群れを見る。
改めて魔獣の群れを見ると、大きな白熊たちの足元には、何頭もの子熊が怯えるように隠れているのが見える。
「……きっとこの異常気象で食べるものがなくて、山から降りてきたんだよな」
俺はトゥルクの主の目の前に立つ。
「人里には降りてこないように頼むよ」
俺は煉獄王剣を消すと、トゥルクの主に向かって話しかける。
……俺が何を言っているかは、わからないと思うけど。
トゥルクの主はしばらく俺の目を見つめていた。
その身にまとっていた氷の鎧が消えていく。
そして、俺に頭を下げるような格好をしたのだった。
トゥルクの主はぐるりと俺に背を向けると、子熊を連れて帰っていく。
トゥルクの主は、群れを率いて林の奥へと消えていったのだった。
***
その夜、俺は自警団の老人たちに囲まれていた。
魔獣を追い払った俺を中心に、集会所のようなところで宴会が開催されていたのだった。
「兄ちゃん、すごい魔法使いなんだな」
「一体、いくつの魔法を使っていたんだ?」
「どんな修行をしたら、あんな魔法が使えるんだ?」
自警団の老人たちに代わる代わる酒を注がれながら、質問ぜめに合う。
「ケントもこれでようやく一人前の炎魔法使いになったな」
本日、特に活躍をしていないイフリートが、ガブガブと酒を飲みながら言った。
その後、俺は老人たちの質問に曖昧に答えながらも宴会は続き、夜が更けていく。
「……雪ダイブは明日までお預けか」
今日作ったばかりのサウナに入る暇はなかったのだった。
【作者からのお礼】
感想ありがとうございます。返信は控えていますが、全て読ませていただき作品づくりの参考としていますので引き続きよろしくお願いします。
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