表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/92

第2話 ヴァーラ渓谷

 

 数日後、俺はヴァーラ渓谷行きの魔導船に乗っていた。


 魔導船は風魔法の力で空を飛ぶ。


 王都からは、丸一日ほどでヴァーラ渓谷に到着する予定だ。



「……精霊。……契約を。……今度こそ」


「本当に断食なんて出来るのかしら……」


「身体中に穴をあけてやる。ヒャハ!」


 老若男女、さまざまな立場の人々が、ヴァーラ渓谷行きの魔導船に乗り込んでいる。

 

 一方で、彼らの目標は一様である。


 それは、ヴァーラ渓谷で厳しい修行を乗り越え、精霊と契約し、魔法使いになること。



 ヴァーラ渓谷は広大な自然に囲まれている。

 その山々は急峻で、水量の豊かな川や湖が多くある。


 炎の精霊との契約を目指す者は、焚火に囲まれながらその熱さに耐え、精霊に祈りを捧げる。


 水の精霊との契約を目指す者は、冷たい滝や激流の川に打たれ続ける。


 風の精霊との契約を目指す者は、強風の岩場に己の体を晒し、嵐に打たれる。


 地の精霊との契約を目指す者は、己の首から下を全て地面に埋めて過ごす。


 これらは、この世界で多種多様に発展する苦行の一例である。


 

 ヴァーラ渓谷では、皆このような厳しい修行をするわけである。

 従って、魔導船に乗る彼らの表情も引き締まっているように見える。


 ……そんな中、恐らくただ一人。

 俺だけが、自然豊かなアウトドアサウナを楽しむために、ヴァーラ渓谷に向かっているわけだ。


 ……楽しみだ。


 ヴァーラ渓谷での楽しいサウナライフを想像し、顔が緩みそうになるのを堪える。

 そして、周りの乗客と同じように表情を引き締める。



「はぁ、断食かぁ……」


 少々ぽっちゃりとした可愛らしい少女が、俺の隣の席に座った。


 ふと、少女と目が合う。


「おじさまは、ヴァーラ渓谷には何度も通われているんですか?」


「ああ。まぁ、そうだな」


 ……嘘は言っていない。


 修行など一度もしたことはないが、サウナのベストスポットを探すため、これまで何度もヴァーラ渓谷に通っている。



「やっぱりですか! 随分と余裕があるように見えましたので」


 ……いかん、いかん。

 また顔が緩んでいたか?

 不審に思われないよう、表情を引き締めないと。


「私、初めての断食修行で、少し怖いです……。あの、おじさまはどちらへ?」


「俺は、ポルボ湖だよ」


 俺は真面目な顔をして答える。



「ポルボ湖ですか? あまり聞いたことがありませんが……。有名な修行地なんでしょうか?」


「いや、修行地ではないぞ。何と言うか秘境って感じかな。集落からも遠いし、修行者なんて一人もいないんじゃないか」


 俺は眉間に皺を寄せながら答える。



「では、そこに、新しい修行地が出来るんですか?」


「いや、そんなことは聞いたことがない。俺一人で暮らすんだ」


 俺は腕を組み直して答える。



「お一人で修行を!? もしかして、高名な修行者の方でしたか?」


 少女からキラキラした眼差しで見つめられる。

 

 ……いや、そんなわけないじゃん。

 俺、修行なんてしたことないし、するつもりもないし。

 


 ヴァーラ渓谷では、修行者たちは大自然と向き合い、厳しい修行に耐えていかなければならない。


 必然的に互いに協力し合って暮らすようになるわけで、修行地ごとに集落のようなものが出来ている。

 

 厳しい自然の中、単身で修行をすることは、命を落とす危険性を上げる行為である。


 従って、単身での修行など『無謀で常識外れ』なこと、と。


 一般的には、そのように考えられている。


 しかし、一方で、集落から離れた秘境で単身修行をする人なんていないことは、俺には都合がいいわけだ。


 人が暮らしている場所に、いきなりサウナなんて作ったら目立って仕方がないからな。



「お一人で暮らして修行なんて、お食事はどうするのでしょう」


「狩りをして、野菜を育てる。それだけだよ」


 俺は両目をきつく閉じながら答える。



「厳しい自然を受け入れ、たった一人で生きていく……! 生きることは苦行そのものであると! そういうことですね!」


 ……あれ?

 何かどんどんおかしな方向に行ってるな。



「それで、どのような精霊と契約を交わすのが目標なのですか?」


「精霊は関係ないよ。ただ、ヴァーラ渓谷で暮らすだけだ」


 俺は目を閉じたまま、顔を天井に向けて答える。



「……! 精霊との契約を目標に、修行はしないと! 人間はただ修行をするだけ。それを精霊様は見てくださるのだと! そういうことですね!」


「……うん。まぁ、そんなところかな……」


 ……もう駄目だこれ。


 ここまで勘違いされた以上、誤解を解くのが面倒になった俺なのだった。 


 少女の勘違いによって、俺への尊敬がふくらんでいく中、魔導船はヴァーラ渓谷へと向かっていく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ