第13話 風の精霊王シルフィード③
「こんな蒸し暑くて狭いところで、何を楽しそうにやってるんです? 頭大丈夫ですか?」
風の精霊王シルフィードは、サウナの扉を手で押さえながら、また小首をかしげて言う。
可愛い仕草をしながら、辛辣なことを言うやつだ。
「おいおい、シルフィード。熱気が逃げてしまうだろう。さっさと扉を閉めんか」
「そうだよ。さっさと閉めな。一緒に入りたいなら人間の姿になって、その翼をしまいなね」
「……正気ですか? どう考えても、涼しい風を通した方がいいですよ」
シルフィードは困惑した顔で言う。
「風をつかさどる精霊王よ。お前にこのサウナの熱風を扱うことができるかな?」
ーーバサッ。
俺はリヴァイアサンを布で扇ぎながら、シルフィードに話しかける。
「な……! なんの話ですか? サウナって何? 状況が全くつかめないんですが」
「なに、簡単なことだ。心地よい熱風をこの二人に送りさえすればいい。……勝負だな」
ーーバサッ。
俺は、イフリートを布で扇ぎながら、シルフィードに言う。
「な……! 急に勝負ですか? しかしですね、風のこととなれば、絶対に負けるわけにはいかないです!」
シルフィードに向かって急速に風が集まっていく。
集まった風はその身体の周りで竜巻のように回転し始める。
そして、シルフィードの身体を包み込んだ竜巻は、ゆっくりと宙に浮かんで行くのだった。
竜巻はどんどん上空へと浮かんでいく。
サウナ内の熱気も巻き上げながら……。
……だからさ。
サウナの扉は閉めろよな。
さっき、イフリートとリヴァイアサンも注意していただろうが。
突然、上空で竜巻が散った。
そこから、少女が地面に降りてくる。
ーーシュタッ!
華麗な着地だ。
「人間。その喧嘩、買いましたよ!」
人間の姿になったシルフィードが、ビシッと俺を指差す。
その見た目は、イフリートやリヴァイアサンのようには変わらない。
美しい大きな翼と、いかにも精霊らしい服がなくなっただけだ。
人間の姿になったシルフィードは、バスタオルのような大きな布を巻いた少女になっていた。
誰かのせいで熱気が逃げてしまったサウナを温めなおして、風の精霊王と俺の戦いが始まる。
俺は早速、布を横にぐるぐる振り回しながら、サウナストーンの熱気を広げていく。
「……ふーん。そういうことなら、このわたしがやってやります!」
シルフィードがサウナの天井に向けて手をかざすと、サウナ全体に横回りの風が吹きはじめる。
「おお、さすがシルフィードだな。サウナ内を熱気が暴れまわってるぞ」
「シルフィ! シルフィ!」
二人はシルフィードの風を楽しんでいるようだ。
……こういうダイナミックな風は、人力の俺には出せないものだからな。
では、俺は緩急で勝負だ。
ーーブォン!
ーーブォン!
俺は緩急をつけて、二人のすぐ近くで風を叩きつけるように扇ぐ。
「おおっ、力強い熱風だな! 汗が吹き飛んでいくぞ」
「ケントッ! ケントッ!」
俺の送る風も、なかなかいい反応だ。
……しかし、リヴァイアサンはさっきから少し壊れ気味だな。
「むむっ」
ーーゴォォォオ!
シルフィードも負けじと、様々な風を試す。
「それ! 熱波! 熱波!」
ーーブォン! ブォン!
俺も力の限り、熱風を送る。
ーーゴォォォオ!
シルフィードの風だ。
「「シルフィ!! シルフィ!!」」
ーーブォン! ブォン!
俺のアウフグースだ。
「「ケントッ!! ケントッ!!」」
「「熱波! 熱波! 熱波! 熱波!」」
イフリートとリヴァイアサンの声が、サウナ内に響き渡る。
俺たちの決戦は、数分後には終わっていた。
イフリートとリヴァイアサンは、遠くで気持ちよさそうに水風呂に浸かっている。
「人間……、ケントさんでしたか」
「ああ、ケントだ」
「いい勝負でしたね」
「ああ、引き分けってところかな」
「……引き分け。ふふっ、そうですね」
俺とシルフィードの間を、ポルボ湖畔の風が吹き抜ける。
「ケントさん、わたしと契約しませんか?」
シルフィードが、小首をかしげて言った。
「おお! 念願の巨大ドライヤー!」
俺は思わず口に出してしまった。
再び、俺たちの間を、湖畔の風が吹き抜ける。
「……何のことやらサッパリですが。何だか気分が悪いです……」
「……いや。シルフィードと契約なんて光栄だと言う気持ちがあふれ出てしまったんだ。他意は無い」
俺は取り繕おうとするが、実際のところ全く理由になっていない。
「……まぁ、いいでしょう。あの二人もとても楽しそうでしたし」
シルフィードは少し不満げな顔をしたまま両手を開く。
両手の上に、風を描いたような緑色の紋章が浮かぶ。
緑色の紋章は光を放ちながら、俺のほうに向かってきて、……俺の左胸に吸い込まれるように消えていった。
毎度のこととなったが、俺の左胸には、炎の紋章、水の紋章に加え、風の紋章がはっきりと浮かんでいた。
……自分で望んだものだからな。
もう地面に膝をつくこともないのだ。
ちなみに、その後、早速試してみた水風呂後の全身『巨大ドライヤー』は、思ったよりも風圧が必要で、股の部分が少し痛かった。
風魔法を上手く使いこなせるようになるのが早いか。
それとも、俺の股が風圧に慣れるのが早いか。
ここでも、風魔法と俺の間で、小さな戦いが続くのであった。
【スキル】
ケント(中山健斗)
•炎属性 精霊王級魔法
•水属性 精霊王級魔法
•風属性 精霊王級魔法




