第12話 風の精霊王シルフィード②
俺はバスタオルほどの大きさの厚めの布を握りしめてサウナの中に入っていく。
そして入口の近くに立ったまま……。
奥で向かい合って座る、イフリートとリヴァイアサンのほうをジロリと見る。
「ど、どうしたのだ。ケント」
「何かちょっと怖い顔してるかな……」
精霊王二人は少し驚いた顔をして、こちらを見る。
「……まぁ、早く座れ。ケント」
「……は、早くロウリュやろうよ」
二人は恐る恐るという感じで話しかけてくる。
「……」
俺は無言のまま、熱せられたサウナストーンのところまで歩いていく。
そして、柄杓で水をすくい、ゆっくりと熱い石にかける。
ーージュジュジュジュ!
「おおっ!」
「いいロウリュだね〜」
サウナストーンから気持ちの良い熱い湯気が立ちのぼる。
しかし、俺は座らずに二人を見つめる。
「うん? 座らんのか?」
「真面目な顔してどうしたのかな?」
ーーシュン、シュン。
サウナストーンが水を焼く音だけが聞こえてくる。
「今日はアウフグースをする」
アウフグース。
ドイツ発祥のパフォーマンスで、タオルなどでサウナ内の蒸気を仰ぐことを言う。
人に熱風を送ることで、体感温度を上昇させ、発汗を促すという仕組みだ。
転移前の日本では、アウフグースによる様々なパフォーマンスをする人を熱波師と呼んでいた。
何やら熱波師の資格検定もあると聞いたことがある。
「アウフグースだと?」
「初めて聞いたよね?」
精霊王二人は目を見合わせる。
「まぁ、黙って見ていろ」
俺は熱波師の資格は持っていない。
しかし、サウナに対する敬意と、熱波を二人に楽しんでもらいたいという強い気持ちがある。
この気持ちは、きっと二人に伝わると信じている。
俺はサウナストーンの真上に留まっている熱気を部屋全体に攪拌すべく、布を横に、ヘリコプターのプロペラのようにグルグルと回す。
……うん。
こんな感じかな。
熱気がゆっくりとサウナの中を回り始める。
次にサウナ上部に溜まっている熱を、二人の背中側に降ろしていくようイメージしながら、タオルを縦に振り回す。
……うん。
上手くいってるかな。
熱気がサウナの中で攪拌されているのを感じる。
「ふむ。風の当たる部分は、いつもよりも熱く感じるな!」
「なかなか、いい熱風だね〜」
……うん、うん。
二人の反応もなかなか良い感じだな。
さて、ここからが本番だ。
俺は手首のスナップが布によく伝わるよう、しっかりと握り込む。
そして、一人一人に向けて順番に、丁寧にかつ力強く風を送る。
まずは、イフリートに向けて。
ーーバサッ!!
「ほおー!」
次は、リヴァイアサンだ。
ーーバサッ!!
「わぁー!」
……おっ。
二人とも、思ったより良い反応だな。
「それ! 熱波! 熱波!」
俺はそう言いながら布を振り回し、熱い風を送り続ける。
「うむ、いい熱波だな」
「うん、まさに熱波だね」
精霊王二人は額に汗を浮かべながら、うんうんと頷いて言う。
「二人とも違う……! ほら、一緒に。声を合わせて!」
「む? オレたちも、それを言うのか?」
「ケントに合わせて言えばいいのかな?」
二人はまた目を見合わせる。
「そうだ! それっ! 熱波! 熱波!」
「……熱波、……熱波」
「……熱波、……熱波」
二人とも少しずつ俺の掛け声に乗ってくる。
「もっとだ! そぉれっ! 熱波! 熱波!」
「熱波! 熱波!」
「熱波! 熱波!」
精霊王二人の声が出てきた。
よし、二人もなかなか盛り上がってきたな。
「「「熱波! 熱波! 熱波! 熱波!」」」
俺たち3人の声がサウナ内に響き渡った。
ーーバタン。
突然、入口の扉の開く音が聞こえた。
「……何をしてるんです?」
後ろから少女のような可愛らしい声が聞こえてきたのだった。
「ねえ、何を楽しそうなことをやってるんです?」
俺は入口の方を振り返る。
そこには10歳ぐらいに見える美少女が立っていた。
緑色のロングヘアーを揺らしながら、小首をかしげている。
その背中には、小さな身体には不釣り合いなほど大きな美しい翼が生えている。
「おお、シルフィードではないか!」
「風の精霊王っ! 風の精霊王っ!」
リヴァイアサンはアウフグースの掛け声の余韻でテンションが上がったままだ。
……来たか、風の精霊王。
名前はシルフィードって言うんだな。
俺の計画どおり、巨大ドライヤーが現れたのだった。
 




