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第1話 プロローグ


 30歳の誕生日のこと。

 突然、俺はこのバルドゥル王国に転移してきた。


 世界を救うために、勇者として召喚されたわけでもない。

 世界で唯一の『レアスキル』を持っているわけでもない。


 中山健斗、30歳。

 中肉中背の男。

 俺は、東京で働くごく普通のサラリーマンだった。


 その俺が、肉体的に何ら変わることもなく、また、特別な能力を授かることもなく、この世界に転移してきたのだった。


 それから俺は、何が何だかわからないまま、王都へ流れ着く。


 特別な才能があるわけでは無いのだ。

 俺は、そのまま王都の建築現場や土木現場で日雇い人夫として働き続けた。



 そして、4年が経った。



 日に日に暖かくなり、ときおり春の気配を感じるある日のこと。

 俺は暗いトンネル掘削の現場で働いていた。



「ケント、駄目だ! 硬い岩盤に当っちまった。ここから先は、俺らにゃ無理だな」


 ツルハシを振るのをやめたアドルフが俺の方を向いて言った。



「よし。それじゃ、タルモさんが来るまで休憩にするぞ!」


 こちらを見ていた人夫頭が、トンネル内の人夫達に声をかけた。



 俺は首に掛けたボロ布で額の汗を拭う。

 そして、丸太のような腕をしたアドルフの横に腰を下ろした。


「もうすぐトンネル開通ってところまで来たのにな。またこの硬い岩盤か」


 アドルフは汗を拭いながら、俺に話しかけてくる。


「また、タルモ様の()()()()()()()()が拝めちゃうな」


「はっ、相変わらずケントは口が悪いな」


「どけどけぃ、人夫どもぉ! 我輩の魔法にぃ、巻き込まれたくなかったらなぁ! ……ってな」


「ははっ!」


 アドルフが豪快に笑った。


 最近、アドルフと俺は同じ現場で働くことが多い。

 休憩中には、こんな風によく無駄話をしているのだった。



 バルドゥル王国においては、魔法使いは希少な存在だ。


 ここは魔法が存在する異世界ではあるのだが、生まれつき魔法が使える人間は、誰一人としていないのである。


 厳しい修行を乗り越えた一握りの人間だけが、精霊との契約を遂げると言われている。


 そして、契約した精霊の格に応じた魔法が使えるようになるというわけだ。



 しばらくしてタルモがやって来た。


 ガリガリの身体。

 落ち窪んだ両目。

 骸骨を思わせるような男だ。



「どけどけぃ、人夫どもぉ! 早くしないと、我輩の中級地魔法で埋めてしまうぞっ!」


「ブフッ!」


 俺のモノマネを思い出したのか、アドルフが思わず噴き出した。


 俺はアドルフの反応に満足しながら、タルモの方をチラリと伺う。

 幸いにもタルモには気付かれていないようだ。



 タルモに言われ、人夫達は急いでその岩盤から離れる。


 タルモは岩盤のすぐそばまで歩いていく。

 そして、左手を向け、岩盤に照準を定めるようなポーズを取った。



「中級精霊ロックイーターの力をもって穿つ、岩砕拳!」


 タルモは大声でそう言うと、右拳を硬い岩盤にねじり込んだ。


 ーードォォォン!


 岩盤に大穴が開く。


 体格の良いアドルフがツルハシで突き刺そうとしても、ビクともしなかった岩盤だ。


 舞い散った粉塵の奥に、タルモの後ろ姿が見える。


 相変わらず凄い威力だ。

 タルモの痩身からは想像もつかないほどの威力。


 それほど、精霊魔法の力は強い。



「……人夫ども。硬い岩盤は我輩が穴を開けてやる。さっさとその辺のガレキを片付けろ」


 タルモはそばに控えていた人夫に偉そうに指示を出す。


「……相変わらず気取ったヤロウだな」


 アドルフは苦笑しながら、小声で俺に言った。



 ***



 この日、トンネルは無事に開通した。


 アドルフと俺は、仕事終わりに木桶に溜められた水を浴びる。

 そして、ボロ布で身体を拭く。

 いつものことだ。


 肉体労働で疲れた身体に、水の冷たさは心地よかった。


 しかし、日本にいた頃の温かい風呂が恋しくなることがある。


 バルドゥル王国において、日常的に風呂に入れるのは、地位の高い貴族ぐらいのものだ。



「しかし、ケントと一緒の現場も今日で最後か。寂しくなるな」


 アドルフがぼそりと言った。


 俺はこの土木現場を最後に、()()()()()()に旅立つことを決めていた。


 ヴァーラ渓谷。

 王国中から人々が集まる修行の聖地だ。


 そこでは、時には死者が出るほどの苦行が行われる。

 そして、その苦行を乗り越えた一握りの人間だけが、精霊との契約を遂げると言われる。


 精霊魔法が使えるようになった者は、相応の地位や権力を手に入れるというわけだ。



「修行がつらくなったら、いつでもここに帰って来いよ」


「ああ」


「ケントが精霊と契約しても、頼むからタルモみたいにはならないでくれよ」


「もちろんだ」


 俺はアドルフの目を真っ直ぐに見て答えた。



 何のために4年間もキツい労働に耐え、節約に努め、金を貯め続けたと思っているのだ。


 それも、ヴァーラ渓谷で苦行を乗り越え、高位精霊と契約するため。

 

 ……などではない。


 アドルフは、俺がこれから厳しい修行を積み、魔法使いを目指すと思い込んでいる。


 ヴァーラ渓谷は修行をする場所。

 それは、この王国の常識である。



 しかし、俺はヴァーラ渓谷で修行をする気などさらさら無い。


 修行なんかよりも、大切なものがある。


 それは、何か?

 

 それは、貴族の入る温かい風呂なんかよりも、もっと素敵なものだ。



 俺はヴァーラ渓谷の大自然に、自分だけの()()()を作るのである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 詳しくは知らないけどサウナって汗かくだけよね?風呂は疲れも取れるし。お湯、水風呂とセットの方が賢いと思う。
2021/07/05 14:59 退会済み
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