2.宵闇の聖女(1)
毎度短くてすみません。そのうち増やしていけたらと…
セレスティナとの会話を終え、アーロンは聖女ミシェーラとの面会に向かった。
無礼もいいところだが、侍女は「聖女様がお待ちです!」と王の居室の扉をあけ放った。その時まだセレスティナは半透明のまま宙に浮いていたが、誰も彼女をその瞳に移すことはない。本当に、セレスティナはアーロンにしか見えていないのだ。
『この様子ですと、聖女様にも見えるかどうか怪しいですわね…』
そうつぶやくが、もちろんアーロンは返事をしない。
王の居室で、彼女とは3つの約束を取り交わした。
一つ目は、アーロンはセレスティナと二人きりの時だけ返事をする。これは、派手なひとり言を言って気がふれたのではと疑われないためだ。しかし、セレスティナの声は誰にも聞こえていないので、話しかけない程度の発言は可とした。
二つ目は、セレスティナが急に消えないこと。成仏したのかどうかわからないため、もしどこかに行くつもりであれば(といっても、王宮の敷地からは出られないのだが)、必ずアーロンに一言伝えることとした。
三つ目は、言葉以外での意思の疎通。万が一不慮のタイミングで成仏したり、突然王宮の敷地から出られるようになったりした時、アーロンへの言伝の手段を用意すること。幽霊となってしまったセレスティナは大抵のものに触れないが、青いインクに限って指に付けることができるらしい。そこで、王の居室の文机に青のインクを用意し、万が一の時はそれで意思の疎通を図ることとした。もっとも、長文はかけないため、基本的には簡単な伝言なら、ということとなった。
『こんなに綿密にお約束をする必要は…?』
「ある。もちろん、聖女が君をすぐ成仏させてしまったら無駄なことかもしれないが、そうとも限らない。その場合、必要に迫られてあれこれ決めるより、先に考えておくのがいい」
『なるほど!』
とは言ったものの、アーロン自身どうして約束しようと思ったかよくわかっていない。何事も運営にあたっては先んじて決めておくこと、エラーが発生したら対応を検討し、改善していくことが要であると留学先で学んだが、ここできっちり発揮すべきかと聞かれたら微妙なところだ。
(何かでつながりを保っていないと、あっという間に消えてしまいそうだ)
そう思ってとっさに「3つの約束」を思いついたが、果たして成仏を望む彼女にそんなつながりが必要だったのか。
アーロンは聖女に面会するまでの道のりで、そんなことを考えていた。
***
「王太子殿下、こちらで聖女様がお待ちです」
「…」
普通に考えて、国王に次いで身分の高い王太子を呼びつけること自体不敬の極みなのだが、侍女は素知らぬ顔だ。アーロンもそんなことでいちいち目くじらを立てる性分ではないため、黙って呼ばれた部屋へと赴いた。
侍女が扉を開けると、やけに甘ったるい空気が鼻をかすめた。
匂いではなく、城下で垣間見たあの雰囲気だった。
思わず顔をしかめそうになったが、左側にセレスティナの気配を感じ、何とか平静を保つ。
部屋の中に一歩踏み入れると、カタ、と椅子を動かし、こちらに背を向けた聖女が立ち上がるところだった。
「―アーロン様っ」
その目は恋慕に潤み、白磁の肌にほんのりと赤みがさす。濡れたようにつややかな黒髪と、真っ白な衣服。そして、呼びかける声は糖蜜のように甘く、かぐわしい。
しかしアーロンは(不敬ポイント2)と淡々と考えていた。王太子殿下ではなくファーストネームを許しも得ずに呼ぶのは無礼千万。王太子に限らず、この国の教育レベルであればまず教えられる礼儀の一つだ。
「…ミシェーラ様、お気持ちはわかりますが」
聖女の横には、虚ろな目をした宰相が佇んでいた。その目は虚ろながらもいとおしそうに聖女を見つめ、微笑んでいる。
『宰相閣下もいつの間にかあのような…』
様子がおかしいのは、セレスティナにも明らかだった。
しかし、うるうるとアーロンを見つめる聖女ミシェーラの瞳に、やはりセレスティナは映っていなかった。
「…お待たせして申し訳ない。王太子アーロン、ただいま帰国いたしました」
「アーロン様、お会いしとうございました…、あっ、わたくしミシェーラと申します。はじめまして」
「…はじめまして。どうして私のことを?」
「アーロン様…ずっと、会いたかった…」
まるで答えになっていないし、生き別れの兄妹のような反応である。困惑するアーロンに、宰相が補足する。
「ミシェーラ様は聖女の力を発現されるまで平民として暮らしておりました。王太子殿下のことは祭事などで…」
「あ、ああ…そうだな。私が不在の間、この国の憂いを払ってくれたこと…」
「いいえ!わたくし、この国のため…いいえ、アーロン様のためにと…」
アーロンは、感謝する、とは口が裂けても言えないと一瞬口ごもったが、ミシェーラがかぶせるように返事をした。頬に手を当てて恥じらうように身をすくめる。
『存外かわいらしい方なのですねぇ』
後ろでセレスティナが呑気に言った。
(君は死因に対する感情がおかしくないか…?!)
心の中で返事をしてもセレスティナには聞こえないのである。
だんだんあらすじとテンションがそろってきたような、あらすじ詐欺のような…
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