1.事のあらまし(6)
アーロンは、本当の事のあらましを聞いて絶句した。
当の令嬢は半透明のままふよふよと浮き、頬に手を当てて首をかしげている。
『…とまあ、こんな具合でして。刑罰が決まったのが半年前。執行されたのは…今日は何日でしょう?』
「新暦2458年の4月15日だ。」
この国では、二柱の神が地に降り立った時点からの暦を「新暦」という。もっとも、旧暦の記録などないので、単に「暦」と表されることもある。
『ということは、1週間と二日前ですね、私はこの世を去りました』
「い、一週間、前…」
そのころアーロンは帰国の途に就くため荷造りをしていた。やっと父王の役に立てる、医学に詳しい友と伝手も得た、自分が帰ればきっと何もかもよくなる、そう信じて。
周りの隠蔽があったからこそ、気づけなかったことでもある。なんせこの国は神聖なる地。余計な詮索や混乱を招くような報道は暗黙の了解で行われておらず、国側からの発信しか情勢を知るすべはない。それでも、自国の状況を何とかして知る必要があったのだ、と今更ながらアーロンは後悔した。
「僕が…私が、ふがいないばかりに。一刻も早く父のために帰国せねばと思って、いたのに…すまなかった」
アーロンはこぶしを握り締め、宙に浮く令嬢に頭を下げた。それを見たセレスティナは、おろおろと手を振った。
『ま、まぁ。アーロン様が謝ることではありません。私は、国唯一の由緒ある公爵家と王国が対立し、今だかつてない争いが起きることが一番怖かった…できることをしたつもりです。後悔はありません』
「しかし…!」
その時、父王の寝室をノックする音が聞こえた。
「…王太子殿下。面会はもうお済でしょうか。聖女様がお待ちです…」
扉の向こうで、侍女がぼそぼそと言った。
「あ…ああ、今行く。少し待て」
アーロンはセレスティナに小声で言った。
「君はこの後どう…どうなるのだろう?聞いたところでわからないかもしれないが…」
『そうですねぇ…。わたくし、一通り王都やいろんなところを見て回り、いつの間にか国王様の枕元におりましたの。そのあと領地のお墓のあたりに戻ればいいかと思っていたのですが…実は、一つ問題がありまして』
「なんだ?」
『わたくし、成仏できないみたいなのです。ここにたどり着いてから、王城の中なら移動できるのですが、敷地から出られなくて…』
「なっ…?それは…」
どういうことだ、と言おうとしたとき、またノックが聞こえた。
「…今行く!聖女にはあと5分ほど待てと伝えておいてくれ」
「……かしこまりました」
あからさまに不服そうな間とともに、侍女の足音が遠ざかっていった。
改めてアーロンはセレスティナに向かい、「どういうことだ?」と問うた。
『わたくしにもわからないのです。自由に市街地を見たいという望みも叶えましたし、後は領地に帰った両親の顔を見て、安心したらきっと神様に召されるのだろうなー、と何となく思っていたのですが…』
王城の敷地から出ようとすると、国王の枕元に戻ってしまうのだそうだ。それはどこに向かっても一緒で、空高く登ってみようとしても、雲のあいまにたどり着いたと思ったら、枕元に立っている。
『これでは国王様にとりついているみたいで、なんだか申し訳なく…あ!』
セレスティナはひらめいた、とばかりに手のひらにポンとこぶしを乗せた。
『もしかして、聖女様にお会いしたらわたくし、国王様から除霊していただけるのではないでしょうか?!』
「なっ?!だめだ!!」
思わず声を荒げたアーロンに、セレスティナはきょとんとした。
『でも、私がいなくなれば国王様の病状が回復するかもしれません』
「3年前からの病だ、君は関係ない」
『まぁ。確かにそうですわね』
「それに、君が不当に裁かれたことは公にし、汚名を雪ぎ、中枢の独断を改めなければならない。私はまだ、神託が聞こえないが…それでも、国王が…身罷られれば、その役割は私が担うことになる。君が…戻ることはないが、過ちは正さなくては」
その言葉に、セレスティナは眉をハの字にして返す。
『でも、わたくしの言葉が聞こえるのは王太子殿下だけですわ。父も領地に戻ってしまい、逆賊のような扱いで…このことを証明できる人間は、もういないのです』
「しかし!」
セレスティナは首を振る。
『アーロン様までおかしくなったと断罪されてしまいます。ましてや幽霊の言葉を信じたとして、あなた様でしたらどう思いますか?』
「…休養を申し付けるだろうな…」
でしょう、とセレスティナは息を吐いた。
『わたくし、聖女様にはまだお会いしていません。もしかしたら成仏させてくださるかもしれませんし、してくれないかも』
そうしたらその時は、とセレスティナは微笑んだ。
『アーロン様に成仏させていただきたいです。どうしたらいいかまで、今はわかりませんが』
「僕、に?」
『ええ。きっと、聖女様と豊かで穏やかな国を作られましたら、私も未練はなくなり、天に召される日が来ると思います。国が落ち着けば、きっと父も母も穏やかに暮らせる。ですから…』
「…聖女と婚姻を結び、国を治めよ、と」
そうアーロンが口にすると、セレスティナは一瞬さみしそうな顔をして、にっこりと微笑んだ。
『…はい!わたくし、見守りたいと思います!』
ブックマークうれしいです。短くてすみません、ワードの下書きだと結構書いたつもりになってしまいます。