1.事のあらまし(5)
思えば、セレスティナは執着心のない子供だった。
生まれた時点で王太子妃となることが決まっていたからなのか、生来の質なのかと聞かれたら、それは後者である。もちろん、生まれが高貴であり、何不自由ない生活を送るだけの資本があったからこそでもあるが、時々人を驚かすほどの無欲ぶりを見せる子供だった。
セレスティナが7歳のころ、飼っていた小鳥が野良猫の餌食となり、羽を残して死んでしまった。小鳥の羽と泥がついた足跡を見つけた侍女は、身重だった野良猫を捕まえたものの、くわえられた小鳥はすでにこと切れていた。それを恐る恐るセレスティナに知らせると、彼女は残念そうな顔をして檻の中の猫に微笑んだ。
「あなたも子を産むために必死なのですね。あの子はきっと怖かったでしょうが、きっとまた会えますわ」
「お嬢様…あの小鳥は土に埋めてしまいました。同じような子を旦那様に…」
「いいえ。大丈夫。そのかわり、この猫さんを逃がしてやってくださいな。できれば、子が生まれるまで、ご飯を上げてはだめかしら」
「お嬢様…?」
「猫さん。私はお友達を一人亡くしてしまいました。でもきっとまた会える気がするのです。ですから、あなたはちゃんと子を産んで、立派に育てるのですよ」
セレスティナの指示により、猫は庭に放たれ、その半月後子猫を3匹産んだ。そのうちの1匹は、死んだ小鳥と同じオレンジ色の毛をした猫だった。
「ほら!また会えましたね。きっとあの子ですよ」
そういってセレスティナはその猫をかわいがり、猫も初めて会ったとは思えないほどセレスティナになついた。
「お嬢様の言った通り、あの子猫は小鳥の生まれ変わりなのでしょうか?」
「わからないけれど、また会える気がしていたから、私は嬉しいわ」
小鳥の死をあっさりと受け入れ、「また会える」という一言で納得してしまう様子に、周りの大人は驚き、そして戸惑った。7歳の子供が考えることではない。いままでもお菓子やおもちゃへの執着がない子供だと思っていたが、この一件が彼女に「変わった考え方をする子供」という印象を植え付けたのだった。
その後も、人や物に対する執着をあまり見せず、セレスティナは穏やかな日々を過ごしていた。生まれた時から王太子妃となることが決まっていたため、ほかの貴族令嬢と競い合うこともなく、日々の勉強と王妃教育では貪欲に知識を蓄え、優秀な成績を修めていた。
それは、婚約破棄に続き、その身の処刑が決まった時も同様だった。
「馬鹿げている!聖女の神託によってどうしてセレスティナが処刑されなければならない?!」
アストライア公爵は声を荒げ、王宮からの通知を机にたたきつけた。
「わたくし共も全く意味が分からず…お嬢様はなにもしておりませんのに…」
執事のバートもうろたえた様子で応えた。
王都のタウンハウスは騒然とした。それはそうだろう、何のアクションも起こしていない公爵令嬢が、聖女の神託により処刑されることになったのだから。
「やはりあの聖女は怪しい。国民の様子が明らかにおかしいですし、上層部も心ここにあらず、といった状態です」
バートは先日の王宮の様子を思い出す。勤め人はみな薄ら笑いという表現が正しいような、そんな不気味な笑みを浮かべ、なんだか夢遊病者のようにうろついているのである。道中の国民たちもみな同様のうつろな目をしていて、それでいて笑っているのだ。
不気味に思い家路を急ぐと、かすかな女の歌声が聞こえる。バートにはそれが不快でならなかったが、周りの民は歓喜の声を上げてそのかすかな歌声に耳を澄まし、すべての作業を止めて聞き入るのである。
王宮からあまりにも離れているのに、このかすかな歌声が確かに聞こえるのは明らかにおかしかった。この世界には魔法や魔術は一般的なものではなく、神からの授かりものであり、奇跡と呼ばれる。その奇跡だって、干ばつに際し雨を降らせるとか、作物の生育をよくするといった具合で、こんな不気味な魔法は建国の神話にも聞いたことがない。ぞっとする悪寒を抱えて、バートはアストライア家タウンハウスへと戻った。
「中枢の様子が余りにもおかしかったが、私はセレスティナの婚約破棄を受け入れた。それに、我々は王太子殿下が帰国され、聖女ミシェーラとの婚儀を迎える前に領地へ戻ることとしている。…正直、これ以上この国の中枢にかかわるつもりはない。それなのになぜ、セレスティナが処刑されなければならない…!」
もう一度こぶしを机にたたきつけた時、執務室の外で物音がした。
「ん?まさかっ」
バートが慌てて扉を開くと、そこにはクッキーが入ったバスケットを足元に落とし、驚きの顔をしたセレスティナが立っていた。
***
「お父様、このことはお母様には…」
ぐ、と息を詰まらせ、公爵は視線を落とした。自らの処刑を何のクッションもなしに聞かされた直後、心配するのは母親のことだ。
「…まだ、話していない。お前にもまだいうつもりではなかったし、撤回のために…」
「お父様、でも…王命、なのでは…」
「そんなわけはない!陛下は…!」
公爵は言葉に詰まる。国王の意識がもうほとんどないことは、中枢でも限られた者たちにしか告げられていない。
「…この命は、聖女の神託とされている。王命ではない。そも陛下は、この神託がもたらされた日から朝議には出席していないのだ。」
「陛下のお具合は芳しくないのですね…」
「…」
敏い娘だ。きっと、中枢の異変にも気付いている。そして聖女のもたらす安寧に対する不気味さも。
「…お父様、人には必ず寿命があります。それは私にも…聖女様にも。きっとこのおかしな状況は長く続きません。国の中で争いが起きるくらいなら、私は…」
「…どうしてそんなに自分を大切にしない!」
思わず声を荒げた公爵は、はっとして娘の顔を見る。
その表情は弱弱しく微笑んでいたが、薄い青の瞳はわずかに涙をたたえていた。
「こ、怖くないといえば…ウソになります。でも、聖女をないがしろにしては、今の国の様子からしても惨事につながることは確実です。…私はその日まで、できることをしようと思います。」
公爵は血がにじむほど手を握りこみ、感情を抑え込んだ。
「私は、セレスティナはこんな風に死ぬべき娘ではないと思っている。決まったとはいえ、まだ日はある。絶対にお前を死なせたりはしない」
「…お父様」
そうして父娘はきつく抱き合った。
そして、約束は果たされず、今に至る。
実は、(4)と(5)のどっちを先にしようかな、で3か月近く悩みました…。見切り発車にもほどがあります…。この後の展開は頭の中に入っていますので、またぼちぼち進めたいと思います。目指せ完結!