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1.事のあらまし(3)

アーロンが初めて彼女を目にしたのは、9歳の春だった。そもそもアーロンは生まれた時からアストライア公爵家の子女を妻に迎えることが決まっており、アーロンが生まれた次の年にセレスティナはこの世に生を受けていた。

しかし、アーロンの母である王妃は出産以後体調が芳しくなく、また側妃や寵妃を持たなかった国王は、たいへん慎重に彼を育てた。

国は複雑な地形と海に囲まれており、また興国の神話によって他国から害されることもなく、国としては平穏であったが、同盟諸外国の動きや天災など、王妃の助けを得られない国王は日々多忙であった。

そんな折、アーロンが7歳の秋に体の弱かった王妃が身罷った。1年の喪が明け、さらに次の年の春を待ち、ようやく未来の妻と顔を合わせたのである。


「王太子殿下、アストライア公爵及びご令嬢が参られました」

侍従の声に顔を上げ、そのままアーロンは身動きをやめた。

最初の印象は、まさに妖精だった。

緩やかに波打つ白銀の髪に、伏せたまつ毛の合間からのぞく薄い青の瞳。年相応だが華美ではないドレスと、公爵令嬢たる優雅な身のこなし。自分より一つ年下であるが、頭一つ小柄な少女はまさしく妖精のようで、完璧に身に着けた王太子の振る舞いが一瞬でどこかへ消え去った。

「…王太子殿下?」

侍従の声で己を取り戻す。目上の者が声をかけない限り、顔を上げることも声を発することも許されないのだ。

バレないようそっと咳払いをして、改めて向き直る。

「ああ、失礼。顔を上げてください」

その声掛けに、令嬢がそっと顔を上げ、自己紹介をした。

「お初にお目にかかります。アストライア家が娘、セレスティナでございます」

鈴の音が響くような、澄んだ美しい声だった。


***


顔を上げ、あたりを見渡す。薄暗い部屋の中には、寝台に横たわる国王しかいない。しかしながら、その鈴の音はすでに亡き令嬢のものであった。

『死んでしまってはもう伝えるすべもなし…しかたな』

「セレスティナ…?」

『え?』

名を呼ぶと、視界の端に白銀が映った。慌てて振り返ると、薄暗い部屋の片隅、アーロンの頭より少し高い位置にいる青い瞳と、目が、

合った。

「・・・・・?!」

アーロンは言葉を失った。半透明の妖精が宙に浮かんでいる。否、妖精ではない。だってその姿は、まごうことなく死んでしまった元婚約者である。

バッチリ目が合い、言葉もないアーロンを見て、妖精―半透明のセレスティナはおろおろと周りを見渡し、眉をハの字にして言った。

『え?あら、えーと…ごきげんよう…?』

「・・・・・・・ごきげんよう」

アーロンも何と答えるべきかわからず、とりあえず返事をする。少なくともご機嫌では、ない。

その反応に、半透明のセレスティナは混乱した様子で問いかけてきた。

『えーと、あの…わたくしが見えますの…?』

「・・・見える。が、透けている」

『え?!透けて?!え?!』

「あ!いや違う、全体的、全体的に、だ!それに浮いているし!空間に!!」

セレスティナが自分の衣服が透けているのかと勘違いし、急にあたふたと動き出したため、アーロンは慌てて訂正した。

『あら!まぁ、なんと…失礼いたしましたわ』

「あ、いや…こちらこそ…?」

ほっと胸をなでおろし、半透明のセレスティナはその場にとどまる。アーロンも落ち着きを取り戻し、二人は息をついた。

そこで、改めて目が合う。

「…セレスティナ…か…?」

『えーと、はい。アストライア家が娘、セレスティナでございます。アーロン王太子殿下に置かれましては、ご機嫌麗しゅう』

そういって、彼女は宙に浮いたまま、全体的に透けているドレスの裾を持ち、美しいカーテシーをとった。


居室には、意識なく眠り続ける国王とその息子、そして半透明の麗しき令嬢がいた。

「セレスティナ…」

3年会わずとも、その姿を見間違えることはない。3年で彼女はとても美しく成長していた。小柄ながらもすらりとした体躯に、豊かな白銀の髪。薄い青の瞳は、半透明でも良く煌めいている。頬がこけたり、髪が痛んだりした様子もなく、最後に会った幼気な少女がそのまま健やかに成長した、そんな様子がうかがえた。

『はい。アーロン様。3年ぶりですわね』

微笑んだ顔に、幼いころの面影が見える。半透明に透けていて、しかも宙に浮いている、ということを除けば、本来帰国後に見ることのできた彼女の姿であろう、とアーロンは思った。

『…あの、アーロン様』

無言のアーロンに戸惑い、セレスティナはふわふわと浮いたまま声をかけた。それに反応し、アーロンは物思いから浮上する。


「…っ、君は、どうして……」

理由は、と問おうとし、その可能性に気づいた。


王命とはいえ呑気に留学なぞして、婚約者の危機に駆け付けるそぶりもなかった。一刻も早く国に戻り国王を補佐するため、勉学にのみ邁進し、婚約者からの手紙が来なくなったことに気づきもしなかった。挙句、これから新しい婚約者との面会が控えている。


走馬灯のように一瞬で駆け巡った思考は、別の問いとなって口から零れ落ちた。

「君、は…私を…恨んで‥」


『いえ、特段そのようなことは』


「…え?」


突然何を言い出すのか、とでもいうようなきょとん顔で、彼女はそうのたまった。


『なんだかふわふわと意識があるようなないような…そんな状態でしたが、実はここにきてやっと意識がはっきりしてきまして。1週間ばかり、いろいろなものを見て回ったような気がするのですが、気づいたら王宮の国王陛下の枕元におりましたの。そしたらあんなに簡単にすり抜けられた壁も、どんなに高くまでもすり抜けて登れた天井も、まったく通れなくなり…仕方なく国王陛下を眺めておりましたら、アーロン様がいらしたので、様子をうかがっていたのです』

セレスティナは、左手を頬にあて、首をかしげた。

『自由に動き回れて楽しいなぁなどと思っていましたのに…残念ですわ』

「…つまり、私や、この国の所業に恨みを募らせているわけでは…」

『ええ、まったく。むしろ、やっと王妃教育もしなくてよくなりましたし、ちょっと自由に見て回ってから天に召されるのもいいかな、と思っていたところですわ』

ころころと笑う半透明の令嬢に、アーロンは唖然とした。

「君は、僕に助けを請おうとは、自らの無実を示そうとは思わなかったのか…?」

動揺したのか、アーロンの一人称が普段の砕けたものになっている。

『ええ、まぁ…』

またもや眉をハの字にして、オホホホと苦笑いする。


その様子にアーロンはがっくりと膝をついた。

「君は…自分が死んだというのに…死んでしまったというのに、何の未練も執着も抱かず…そんなに僕の婚約者が嫌だったのか…?」


『え?あ、いいえ、そんなことはありませんのよ!わたくしとても光栄でしたわ!』

セレスティナは、慌ててアーロンの問いを否定した。ブンブンと手を振る度にふわふわと体が揺れている。


『わたくし、アーロン様のお隣に堂々と立てるよう、努力してきたつもりですわ。ただ、王妃教育やマナーレッスンを頑張っても、留学されたアーロン様と同じような知識と経験は持てませんから…ですから、広く見聞を得たいとずっと思っていましたの。まぁ、それも死んでから叶うとは思いませんでしたが』

「それにしても君は、生への執着がなさすぎるのではないか?!こんな風に死ぬべき人では、なかったはずだ…」

『それは確かに。お父様にも言われましたわ』

「え」

『処刑される前の日の夜、本当にお前はこれでいいのか?と聞かれましたけれども、わたくしもまあなるようになるか、と…確かに死んでしまったらおしまいなのですが、今生が余りにも理不尽な死であれば、きっと来世は楽しく暮らせるよう、女神様も取り計らってくださるかしら?と思いまして』

「ええ、いやそれはさすがに…」

『だめですかねぇ。来世に役立つよういろいろと見て回ってから、天に召されたいところですわ』

ほう、と令嬢はため息をついた。

「…つまり、君は国のために死ぬこともいとわず、来世に期待を寄せ、特に執着も未練もなくあっさりと処刑された、ということかい?」

『まぁ、そういうことになりますわね?』

半透明のご令嬢は、オホホと口元を抑えて笑った。


ブックマークしていただきありがとうございます…!うれしくてソワソワしました。

ところで本編のテンションが前の2話と全然違くてすみません。次はまたちょっとドンヨリするかもです。引き続きよろしくお願いいたします。

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