08 むむっとお兄様、アレはもしかして…
どや顔を見せる黒髪の少女こと、アンベルク。
ファニーより二つほど年上だろうか、幼さを残した可愛いらしい顔立ちをしている。
「あれ? 知らないの?」
「知らないのですー」
「リリーシャ家を知らない……ってことは観光客なのね。ところでお名前は? アヴィアンヌをいつも見ているって、どういうことなの?」
「ふぁ、ファニーです。知ってるって、そりゃもちろん! お兄様が作ったお城がアヴィアンヌで、ファニーたちはアヴィアンヌに乗って世界中を旅してますっ。です!」
「あら」
あなたいたの? とでも言いたげな顔で、アンベルクの視線がヴェルデライトへ。
頭から足先までじっくりと、値踏みするような目つきだった。
「まぁまぁのイケメンね。兄様には負けるけど。──本当にアヴィアンヌに乗ってるの?」
「ファニーは嘘なんて吐かないですよっ」
「そのとおりだよ。浮遊城を作ったのは僕で、乗ってるのもホント。なんなら証拠でも見せようか?」
「いいわ、信じるから」
「それまたどうして?」
浮遊城アヴィアンヌはお伽噺みたいなもの。雲よりも高い位置で浮かぶ巨大な城で、早起きした快晴の日に見られるとか、見られないとか。
存在を信じる者もいるが、所詮は絵空事だと信じない者も多い。真面目に言って、バカにされるのが目に見えている。
「見たのよ。この街から何キロか離れた場所に、とっても大きな何かが着陸するところを。きっとアヴィアンヌに住む『空の人』が、人類の文明を知るために偵察に来たんだわ! そう思って、今日はずっと街を練り歩いていたの」
「なるほどね」
「そこで、あなたたちを見つけた。浮遊城アヴィアンヌを作った大賢者は、赤髪で長身、しかも男前だったって本に書いてあったの。美女を何人も侍らせて、ハーレム満喫してたとか……。まぁ、あなたがそこまでモテるとは思えないけれど」
「うんとりあえず僕はその本の作者をぶん殴ってやりたいところだね。もう死んでるだろうけど」
これでも一途だ。
万が一にでも美女を囲うなんて、ありえない。
「ねえねえ!」
もう一度、アンベルクの視線はファニーへ。まぁまあの兄より、可愛い妹のほうが話していて楽しいのだろう。
「ぜひ私の家に来て、話を聞かせてちょうだいな! もちろん、ただとは言わないわ。この街で一時間並ばないと食べられないジェラートがあるの。一緒に食べましょ? もちろん、他に欲しいものがあれば言ってね」
「じぇらーと……?」
「アイスよ、ア・イ・ス」
「食べますっ! ね、お兄様もいいですよねっ?」
「まだまだこの街にいる羽目になりそうだしね。いいよ」
やったー、と。
両手をあげて万歳するファニーの愛らしさといったら。
──うちの妹は今日も可愛い。
◇
「お、おっきいお家ー」
「あら。アヴィアンヌの城のほうが大きいのではなくて?」
「た、確かにー」
感動する妹に続いて、研究者の血が騒ぐ兄もきょろきょろと周りを見渡す。
考古学者の一族と言っていただけあって、屋敷のいたるところから歴史の趣を感じる。貴金属、遺物、古代武器のような類。展示の仕方はまるで博物館のようだ。
ちょっとワクワクする。
「ふふっ。どうやらファニーちゃんより、お兄さんのほうが興味ありそうですわね」
「僕も研究者の端くれでしたから。専門は魔術書の解読でしたけど、古代の物品には興味ありますね。いくつか見覚えのある物もあります」
「あとで存分に見ていってくださいな。──あ。兄様っ!」
部屋に入ったところで、アンベルクが少年に近づいた。
「アンベルクか。朝っぱらからどこへ行っていた? いくら学校が休みって言っても、学生ならもっと勉学にいそしんでから遊びに行──ぶわぶっ!?」
「兄様〜ぁ! 心配してくださったのですねっ!」
──抱きついたぞ……。
「こら、離れろアンベルク! お客様の前だぞっ!?」
アンベルクの兄だと思われる黒髪の少年。
妹によく似て幼さの残る顔つきだ。抱きつかれて耳だけ真っ赤だ。
身長に至ってはほとんど変わらないだろうか。いや、ヒールがあるため妹のほうが高い。
「紹介いたします兄様。彼女たちは浮遊城アヴィアンヌに住む『空の人』たちです。本日は私がが客人として、もてなします」
「またそれか。しかも今度は設定だけじゃなく、他人まで巻き込んでるのか」
「こ、今度こそ設定でも妄想でもありませんわっ! 信じてください兄様っ!」
彼の視線は、かなり鋭いものだった。
「いい加減、諦めろ。親父に何度も言われただろう。くだらないお伽噺を信じるくらいなら、真面目に勉強しろと。おまえもそのうち、母さんみたいに──」
「あ、あんまりですわ! たとえ兄様でもそんな言い方は許されません!」
思いのほかアンベルクが涙目で訴えたからか、動揺する彼。
でも口に出してしまった以上、もう引っ込められないのだろう。下を向いたりモジモジしている。顔がトマトみたいに赤い。
「別にそこまで強く言ったつもりは。──お、俺はただ……おま、おまえの少々な妄想癖が、将来的にあらぬ誤解を生んでしまうのではないかと。現に親父に呆れられてるし……」
「もういいですわ! 今日をもって兄様との縁を切らせてもらいますっ」
「え……っ」
大ショックを受けて、彼は硬直してしまう。
それを見ながら、この場にいるもう片方の兄妹は思った。
──ツンデレだな(なのですよー)。
と。
アンベルクの兄が何か言いたげな顔をしつつ、部屋を出ていった。
当の本人は兄の顔など目にくれず、やや乱暴に目元をこすっている。
「ごめんなさいね、こんな喧嘩みたいなところを見せてしまって。どうぞ、そこにかけてちょうだいな。今からお茶とお菓子、あとジェラートをお持ちするわ」
言われるがまま、ヴェルデライトとファニーはソファに腰をかける。
年季の入ったものだ。この家の主は相当な骨董品好きだと思われる。
「はい、お待たせ」
「ありがとうなのですー!」
「ありがとうアンベルクさん。ところで、さっきのお兄さんは?」
向かい合う形で座る彼女は、むっとした表情をしていた。
「フレッド・リリーシャ。見ての通り元兄ですわ」
「元って……。普段はとても仲良しじゃないのかい?」
「昔は、の話ですわ。兄様はきっと、ダメダメな妹を見限ってしまわれたのでしょう。考古学者として才能を伸ばす自分とは違い、いつまでも昔の話に囚われて、ロクに家の役に立てない妹なのですから……」
「アンベルクさんはダメダメなんかじゃありませんっ」
ファニーはお菓子を頬張りながら、身を乗り出す。
「ファニーだってお兄様に比べたら、全然のちんちくりんですけど、ダメダメなんかじゃないって思ってます! そんでもってお兄様は、いつも優しく接してくれます。アンベルクさんのお兄様だって、きっと応援してくれてますよっ!」
「そう……かしら」
「そうですよ!!」
根拠のないファニーの大丈夫ですよ発言は、人に元気と勇気を与えるもので。
アンベルクの曇り顔が、少しずつ晴れていった。
「ありがとうファニーちゃん。そうだ、ぜひ私のことはアンって呼んでちょうだい。これからもずっと友達でいましょ?」
「はいなのですっ!」
どうやらファニーは、二人目のお友達をゲットしたらしい。




