30 今日は一日ずっと一緒なのですよ、リルムっ
タリマン総司令官──
彼の片膝は地面につき、息は荒かった。
軍服の大部分は溶かされ、ただれた地肌がシャツの隙間から覗いている。
表情に余裕はなく、青ざめた顔でリルムを見上げていた。
「なにがあった!?」
「り、リルム……様。……いえ、あなたには関係のないことです」
「関係あるもないもない! 貴様が満身創痍になるほどの事態とは何事じゃ!? 申してみよ!!」
威厳あふれる元王女の声音に、嫌味ばかり言っていたタリマンも目を瞠っている。
ポツリと、彼はこの状況を話し始めた。
「第9師団の中隊は、さかのぼること四時間ほど前に、南西十キロの地点で巨大な魔獣と遭遇。連絡が途絶えたので、私タリマンが部下と救護班を連れて向かいましたが……」
嫌な沈黙を挟んで、苦々しげにタリマンが声を絞り出す。
「連絡の途絶えた一小隊は全滅。死傷者は合わせて十七名にものぼりました。相手は巨大なウルガでした。全員、眠らせられた状態で襲われたようです……」
「女王じゃったのか?」
「いえ。おそらく、働きウルガのボス級だったのかと」
「そのウルガはどうしたのじゃ?」
「取り逃がしました。私がついていながら、負傷者を連れて帰るのに精一杯で。……本当に申し訳ございません。ギミック国王陛下に顔向け出来ない、私は司令官失格だ……」
申し訳無さそうに頭をさげるタリマン。
リルムは怒りが抑えきれないといった様子で、拳を痛いほど握りしめている。
「場所を教えろ! わらわが行く!!」
「なっ──! 危険だ、アイツは一人で倒せるような相手ではない! リン粉で眠らされてやられるのが目に見えている!!」
「国の危機に、立ち向かわぬ王族がどこにおる!? すでにウルガは、植物だけの敵ではない! 全エルフの敵じゃ! 誰に止められようが、わらわは行くぞ。これ以上、母なるドラの国から緑を絶やしてはならぬ!!」
吠えたリルムは、くるりと振り返って群衆のなかを突き進んだ。
邪魔だ、どけ! そう言わんばかりの鬼気迫る表情。
今まで彼女のことを裏切り者とバカにしていた連中も、何も言えずに道を譲った。
けれど、その進路を塞ぐ者がいた。
「やめておきな。また赤っ恥をかきたいのかい?」
「どけギミック、貴様に用などない!!」
「これでもあんたのことを心配してるんだよ?」
肩をすくめるのは、宝石が散りばめられた豪奢なローブを羽織る男。
メガネをかけていて、銀の前髪はだらしなく伸びている。
一見頼りなさそうな雰囲気だが、彼は微苦笑を浮かべながらも、その場から動こうとしない。
「どけと言っておろう! ギミック・ベル・ウルク・アルカバリア八世!!」
「おっかない顔だねぇ」
ギミック・ベル・ウルク・アルカバリア八世。
現国王陛下にして、百年前にワクチンを開発し、ウルガを討伐し、ドラの国の危機を救った英雄と言われる人物だ。
そんな男が、いまリルムの目の前に立ちふさがっていた。
「わらわはウルガを討伐しなければならない! 一分一秒も惜しいのじゃ!」
「誰も頼んでないよ。あんたは裏切り者の王女だから、むしろこっちが困るのさ。あぁそれより、メルラント夫人は元気? きっと変わらずお美しいんだろうなぁ」
死傷者がいるこの状況で、裏切り者の王女に討伐されたら困る?
いよいよリルムの怒りが頂点に達した。
「外道と話すことはもうない。わらわは行くぞ!」
「従妹のよしみで言ってんのに。素直じゃない子は、ぼく嫌いなんだけど?」
声を無視して、リルムはぽつんと固まるファニーの腕を引っ張った。
ファニーはファニーで、何が起きたのか頭がついていかない。
「えと、ニワトリさんが重症で、大きなウルガが現れてピンチで、……リルムが退治しに行こうとしてるけど、えと国王様がそれを嫌がってて…………えとどういうことなのです!?」
「だいたい合ってる。今から、一人で女王を討伐しに行く。ファニーよ、おぬしは屋敷に戻り兄の手伝いをするのじゃ」
「嫌なのです」
リルムを一人で行かせるなんて、ファニーにはできない。
だって、タリマンという男のように大怪我を負ってしまうかもしれないのだから。
「わがまま言うな。おぬしは戦えんじゃろ!」
「回復魔術が使えます! リルムが怪我したら、一瞬で治せます! ファニーは、お兄様の妹なんですから!!」
「むっ。言いよるな、おぬし。……仕方ないのぉ、わらわの傍を離れるんじゃないぞ」
「はいなのです!」
────しかし。
どれだけ探しても、その巨大なウルガは見つからなかった。
「おかしい。絶対におかしい。ここまで探してもウルガも巣穴も見つからぬ! 誰かが意図的にウルガを隠しているとしか思えぬ!!」
怒りに震えるリルムに、ファニーはとにかく傍にいてあげようと思った。
心に寄り添うことで、少しでも気が和らいだら嬉しい。
死傷者がたくさん出たということで、国内はかなり混乱している。
今までウルガは植物にのみ絶大な影響を与えていた。
でも、認識を改めなければならない。
ただの害獣駆除ではなく、本気で駆逐しなければ国家が壊滅する。
明日から、軍によるウルガの一斉捜査が始まるらしい。
カルデラ外部だけでなく、もう一度カルデラの内部も探し出すそうだ。
重苦しい雰囲気だ。
屋敷内ですらピリピリとした雰囲気が漂っている。
しかもだ。
ファニーはいま兄と微妙な距離感を感じている。兄に相談できず、一人もんもんと考えるしかなかった。
ちょっぴり寂しい。
「どうした? 眠れないのか?」
リルムのところへ行くと、案の定彼女も起きていた。
彼女は寝間着姿なので、ちょっぴりセクシーだ。
胸元から谷間が見えている。
「えと……眠れないわけではないのです。ただ、ファニーはいつもお兄様のおやすみで寝て、ファニーのおはようでお兄様が起きる生活をしていたのです。困っときも悩んだときも一緒で…………だから、ちょっぴり変だなって」
「なんじゃ、半日離れただけでコレか。甘えん坊じゃのぉ」
リルムがニヤニヤ笑うので、むっとしてしまう。
「リルムには分かんないのですっ」
「そうカリカリするな。なぁに、わらわが一緒に寝れば寂しい思いなどしなくてよい」
リルムに強く抱きしめられる。
彼女の長い髪が当たってこそばゆい。触れ合う肌は暖かく、安心感があった。
「のうファニー。わらわも寂しいんじゃ。一緒に寝よう」
「はいなのです」
ファニーは、リルムのすべすべな体を抱き寄せる。
うとうとしてしまって、いつの間にか眠りに落ちていた。




