26 巨大な蛾の魔獣なのですよお兄様、にゅっ、次はニワトリさんなのです!?
カルデラの外は、灰色の大地が広がっている。
植物も水もほとんどない。
風が吹けば砂が巻き上がって目が痛くなる、そんな状態だ。
蛾の魔獣・ウルガは、一匹の女王から何千匹と生まれてしまう。
卵から孵化すると、幼虫たちは土に潜って植物の根に寄生する。じわりじわりと養分を吸い取り、肥え太って成虫になると、今度は女王を守るために色んな植物から栄養を奪っていくのだ。
ギミック国王は百年前、大討伐隊を結成してウルガの女王と幼虫たちを討ち滅ぼした。
ウルガたちがいなくなったことにより、植物の現象は止まった。
けれど最近になって、カルデラ内部の植物が弱っていることに気づいたという。カルデラの外部でウルガの幼虫が出てきて、大騒ぎになったのだそう。
いま、エルフの軍隊や関係者は血眼になって女王を探している。見つけた普通のウルガも根出しにされている状態だ。
ただ、ウルガの女王は巣から絶対に動かない。
巣が地中にあるため探すのは困難。
巣が深いところにあると探知系の魔術も引っかかりにくい。
「魔獣探しのような、ちまちました作業ならこやつが得意じゃからな。期待しているぞ」
「ちまちました作業が好きで悪かったね」
このなかで、そういう作業が得意なのはヴェルデライトだけだった。
ウルガの女王を探すのが難しいのなら、「働きウルガ」を探せばいい。
目印をつけて後をつければ、うまいこといって巣までたどり着くかもしれない。
「ウルガ、一匹見つけたよ」
「開始一分でこれとは、わらわたちにも運がついておるぞ」
「北北東、距離はおよそ七キロの地点。……でも、予想より小さいな」
「構わん。乗れ、移動するぞ」
いわゆる四輪駆動車だ。
エネルギーは魔鉱石から抽出できる液体状のもの。
ドラは魔術先進国であり、地下から魔鉱石が採掘できるので、こんな駆動車が日常的に使用されている。
しばらく走っていると、小さな木が見えてきた。その傍には人の背丈ほどの蛾が羽を休めている。
「木の養分を吸ってるのか。よし、僕が行ってくるから、みんなは──」
「まぁ、待つがよい」
その瞬間、リルムは座席を蹴り上げて車体から飛び出した。
「わらわの活躍を目に焼き付けるがよいぞ」
リルムの周りに、濃厚な黒い魔術印が浮かびあがる。
小さな口から紡がれたのは、力ある言ノ葉。
古代アヌ言語を操る、エルフの美技だ。
「重力潰即死────」
ただ、その一言だけで。
放出された巨大な超重力が、ウルガの体を押しつぶす。続けられた暴虐は、片方の羽が無残にも千切れるまで終わらなかった。
「か、かっこいいのです!!」
「ぬはっはははっ! このくらい、わらわにとっては朝飯前じゃ!」
ファニーに拍手を送られて、誇らしそうなリルムだが。
「目印をつけて巣に返すのに羽を千切ってどうするんだい」
「あ……」
目が点になっている。
と思ったら、指をツンツンしながらごにょごにょ言い訳。
「だ、だって一匹でも多くのウルガを倒さないと国が大変じゃと思うて……」
過ぎてしまったものは仕方ない。
新しいウルガを探すまでだ、とヴェルデライトは仕切り直す。
安易にそう考えていたが、四時間かけて探してもダメだった。
ウルガがいない。
少なくとも、探知魔術で探せる範囲にいないのだ。
ずっと巣の中に潜っているのだろうか。
でもそれじゃあ、女王に与える栄養がなくなってしまう。
「ねえニーチェさん」
「はい、なんでしょうか」
「カルデラの中にウルガはいないの?」
そもそも、カルデラ外部には植物が少ない。豊富にあるのはカルデラの内部だけなので、もしかしたらと思ったのだが。
「いいえ、それはありえませんわ。昨年、ギミック国王陛下が軍を動かして捜索にあたらせたと耳にしております。ウルガは通常、その体の大きさから巣と地上を結ぶ穴がとても大きなものになりますから、カルデラ内部にあれば必ず発見されます」
「やっぱりカルデラの外か……」
情報が足らなすぎる。
これではリルムの功績作りなんて、夢のまた夢だ。
そこでふと、リルムがしきりに自分の服を手ではらっていることに気づいた。
「リルムさん、どうしたの?」
「ん? よう知らんが、ウルガを潰した瞬間に粉が服にかかったんじゃ。ほれ見よ、なかなか取れなくてイライラしておる」
よく見れば、細かい粉が服に付着している。露出の高い格好なので、肩や足のいたるところにもついていた。
「この粉……」
「お兄様、どうしたのですか?」
「もしかしてそれ、ウルガのリン粉ですか?」
駆け寄ってきたファニーとニーチェが、不思議そうな顔をしている。
「何か見たことあるような気がする。昔、こういう魔獣のリン粉を使った薬があったような……」
「薬とな? この魔獣に、そんな有効活用する方法があったとは驚きじゃな」
「うん。いや、あとで調べてみるよ」
良い薬になった気がする。もしこの薬が何かの役に立てるのなら、調べて見る価値はあるだろう。そう思って、リルムに頼んで粉を空き瓶に詰めてもらった。明日、調べてみたい。
「ウルガがこんなに姿を見せないのも変だし、気になることがあるから、明日は調べ物をしたいんだ」
「それでしたら、図書館がありますわ。明日はそこに行きましょう」
「情報収集も致し方なし、じゃな」
話がまとまったところで、帰ろうとすると。
向こうから、駆動音が響いてきた。
車上に、軍服のエルフが乗っている。
嫌味な笑いを浮かべるひょろ長い男。ニワトリみたいな髪型だ。
「これはこれは、リルム様じゃあ、あぁりませんか。てっきりありもしない、空に浮かぶ城の調査に出かけて、どこかでくたばっているのかと思いましたよ」
「貴様こそ、わらわにへし折られた右腕の傷で、今度こそくたばったのかと思っていたところじゃよ。タリマン」
リルムの声に、ニワトリ頭の男は「ぶっ」と吹き出した。
ゲラゲラと大笑いしている。




