22 百年前の王女様なんですねお兄様、説得なら任せてくださいっ!
「極楽、極楽……」
野菜スープをたいらげたリルムが、幸せそうな顔でソファに寝転がっている。
黒エルフの王女という割には、だらしのない格好だ。
「うむ。さきほどはいきなり声を荒げてすまんかった。そうかぁ、貴様らは凍ったわらわを助け出してくれたのか。となると、命の恩人じゃな」
「ファニーが見つけたのですっ!」
「うむうむ、よくやった。褒めてやろう」
「えへへ」
リルムに撫でられて、ファニーは嬉しそうだ。
ここで、ヴェルデライトは話を切り出す。
「どういう経緯であの場にいたのか、ぜひ教えてほしいものだね」
「うむ、話せば長くなる。わらわは、黒エルフ族の代表として浮遊城アヴィアンヌを調査しに来た。このような巨大な島が、なぜああも長きに渡り宙に浮かぶことができるのか、そのメカニズムを知るためにな」
「アヴィアンヌを作ったのはお兄様なのですよっ!!」
「貴様が……?」
訝しげな顔をしたあと、リルムは紅茶を啜った。
「ほう、これは驚いた。エルフ族以外に、あのような高度なアヌ言語を操れる者がいようとはな。アレは完成されている。美しい、とすら思える」
「お褒めに預かり光栄だ。アヌ言語の先駆者に、そのような言葉を貰えるなんてね。
──話を戻すようだけど、なぜ凍ってたの?」
確かにあそこは、寒い。トキ戻しを常に冷やし続けるため、気温は零下を大きく下回っている。
けれど、誰かが百年間も凍るような寒さではない。
「生命反応もない、君は仮死状態だった。探知魔術にも引っかからないから、今まで気づかなかったよ」
「あの動力機関を貰って帰ろうと思うて、な。なぁに、ちょいと魔術をいじろうとしたら、仕掛けられた防御魔術に捕まってしまったというだけじゃよ」
──やっぱり、狙いはトキ戻しか。
永久動力機関として完成されたアレは、あらゆる研究者や機関にとって、喉から手が出るほどほしいものだろう。未知のエネルギー開発、最新の医療活用、国家の軍事転用だって楽に行える。
「ここに設計者がいるのなら、話は早い」
ティーカップをテーブルの上に置くと、リルムは腕を汲んで仁王立ち。
底意地の悪そうな顔が、にやりと笑みを刻んだ。
「貴様、わらわにアレを渡せ。……いや、渡せというのはいささか可哀想じゃな。売れ。対価は何でもよいぞ。金に、女に、酒に、名声に。黒エルフの王女として、なんでもくれてやろう」
「断ったら?」
「ふんっ。いい度胸じゃの、一介の人間がわらわに楯突こうなどと、千年早いわ」
その瞬間、ティーカップが粉々に砕けた。
褐色の黒エルフから放たれたのは、どぎつい重力の波動だ。並大抵の者なら、浴びただけで動けなくなるだろう。
「わらわの得意な魔術じゃ。どんな優秀な使い手も、平服するしかない。どうじゃ? 今なら先ほどの発言を笑って許してやるぞ?」
そんな、エルフ族の王女を前にしても。
ヴェルデライトはにっこり笑っていた。
「可愛い妹の前だからね、昔みたいに手荒な真似も酷いこともしたくないんだ。とりあえず、うっとおしいから消しちゃうね」
「なっ…………!」
とてつもない衝撃波が重力波とぶつかり、消し飛んだ。
「君にはまだまだ聞きたいこともあるから、ちょっと大人しくしてほしいかな」
「若造が……」
「うん、じゃあこっちも最終兵器を投入するしかないな」
彼女が敵意を剥き出しにするのだから、仕方ない。
こちらとしても本意ではないが。
「な、なにをする気じゃ」
「大人しくなってもらうための行為だよ。大丈夫、痛くはしないさ。ちょっと素直になってもらうだけだから」
「ま、まさか…………貴様、破廉恥じゃぞ!! 婚前のおなごにそんなこと!!」
「破廉恥も何も知ったこっちゃないさ。君がそれで従順になるならね。──よし、ファニーっ!」
「はいなのですっ!」
「ひ、卑怯じゃぞ!!」
己の体を守るように後ずさったリルムに、やる気満々といった表情でファニーが近づいていく。
「足腰も立たないくらい、思う存分やっておいで」
「覚悟するのです、リルムさぁあん!!」
「い、いやぁぁあああああぁぁあああ!!」
ファニーのこちょこちょ攻撃が炸裂する。
乙女の柔肌に指が這い回り、敏感な部分をこれでもかと刺激していく。
むろん、これに耐えられる者は存在しない。
繊細な指使いにやられてしまったリルムは、顔を真赤にさせている。ガクガク震える足腰の具合などは、まるで生まれたての子鹿のようだ。
しかも、どうやら気を失ってしまったらしい。
「ふふふ。また、つまらぬものをこちょこちょしてしまった。……のです!!」
どや顔するファニーの、あの晴れ渡った顔といったら。
よくやったね、と褒めちぎる。
「リルムさんを向こうの部屋に運んでおくよ。起きて、彼女が冷静になったら話の続きを聞こうと思う」
「ファニーはたぬ吉を連れてきます」
ファニーと別れ、ヴェルデライトはその部屋を出た。




