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20 びっくりしましたお兄様、たぬ吉のお家に謎の本が!


 アヴィアンヌには、森がある。

 中央には五百年の時を生きる大樹がそびえ立ち、多くの植物が生い茂っている。

 鳥以外の動物は存在せず、唯一暮らしているのはたぬ吉だけ。

 なんでそこで寝ているのかは、誰も知らない。


 ヴェルデライトたちが寝泊まりする城に来るのは、ごはんを食べるときや、遊んでほしいとき。

 それ以外は、ぴくりともあの場所から動かない。



 まるで、誰かを待っているかのように。



「たぬきちー。ごはんの時間なのですよーっ」


 大樹の根っこの上で、ファニーが呼ぶ。

 すると、根の隙間からひょっこり白い顔が覗いた。

 

「たぬ吉っ!」


「ワンっ」


 尻尾をぶんぶん振りながら走ってくるビックワンコ。

 ファニーはたぬ吉に好かれているので、ペロペロ舐められたり鼻面を押し付けられている。


「うん。どうやら元気そうだね、たぬ吉」


 ──僕には全然懐かないけど。


 睨まれるのはもちろんのこと、砂をかけられ唸られるのがデフォルト。

 機嫌がいいときなら、餌くらいなら与えられるけれど。

 

 ──一度でもいいからもふもふサービスを受けてみたい。


 しかし、なにゆえたぬ吉から懐かれていないのか。

 心当たりがあるとすれば。


「もしかして、僕がファニーに好かれてるからヤキモチ妬いてるのか?」


「ぐぅぅうん」


 ──あの顔は図星だな。


 まさか嫉妬とは。

 なるほどなるほど、でも理解はできる。妹・ファニーは最高に可愛い。見ているだけで癒やされる、まさに天使のような存在だ。そんな女の子が自分以外の男に夢中だとすれば、ヤキモチの一つくらい妬きたくなるだろう。


「ふっふっふ」


「あ、お兄様がすっごい悪い顔をしてるのですー」


 そんなことを言われていると。

 たぬ吉が、ファニーの背中に鼻面を押し付け始めた。さすがにしつこいので、ファニーが身を捩らせて不思議がっている。


「どうしたのです? そんなに頭がかゆいのですか?」


「違うと思うよ。たぶん、あの根っこの穴の中に入ってほしいんだと思う」

 

「なるほどなのです。たぬ吉は、ファニーをお家の中にご招待したいのですね!」


 根っこと根っこの隙間に、大きな穴があった。

 体の大きなたぬ吉でも入れるくらいの大きさだ。

 中に入れば意外と涼しい。

 雨風も防げるし、寝るには心地よい大きさ。


「あれ、奥に何かあるみたいですよ」


 ファニーに言われるがまま、ヴェルデライトは魔術で辺りを照らした。

 照らされた奥の方に古びた本が積み上げられている。

 とても動物の巣穴にあるとは思えない。

 しかも、何十冊もあった。


「お兄様、これが何か分かりますか?」


「僕も初めて見たよ、誰かが書いた手記みたいなものだね」


 今のこの体で初めてアヴィアンヌに上陸した際、現状確認のため様々な場所をくまなく調査した。

 そのとき、こんな書物はなかった。


「変だな。アヴィアンヌに残された書物は、前世の僕が集めてた魔術書や技術書の類。だから、最低でも五百年前のものなんだ。でもこの本は、どう見ても百年くらいしか経ってない」


「百年前の本ってことなのです? でも、百年前っていえば……」


「ファニーも僕も生まれていない。アヴィアンヌは主もなく、風に流されるまま天空をさ迷っていた時だ。……でも、ここには百年前の本がある」


 ヴェルデライトとファニーは、くつろいでいる真っ白なワンコを見つめた。


「もしかしてたぬ吉の物、なのです…………?」


「くぅうん?」


「たぬ吉の物、というより、たぬ吉と一緒にいた誰かが持っていた本、という推測が一番正しいかもね。たぬ吉は、僕たちがここに来る前からこの森に住んでいたから」


「飼い主ってことなのです? でも、その本がもしたぬ吉の飼い主の物だったら、その人は……」


「亡くなってるだろうね」


 ──そもそも、どうやってたぬ吉はアヴィアンヌに本を持ち込んだんだ?

 

 アヴィアンヌは、人の手がないと着陸しない。

 高高度を浮遊する城に、翼のなき生命が入ってこれるわけないのだ。


 ──この本にそのヒントが?


 誘われるまま、古びた本を開いた。

 状態は悪くない。

 内容は……。


「嘘だろ。この手記……古代アヌ言語で書かれてる」


「あれ? でもその言語って、すっごく昔の人が使ってた言葉ですよね。だって、お兄様の持ってる魔術書は全部アヌ言語ですし」


 どういうことなのです? と、ファニーは小首をかしげている。


「僕は魔術特化の研究者だったから、読み書きもできるし、魔術もアヌ言語を使ってる。構文も心象もね。覚えたのは五百年以上前だけど」


「百年前の人は、アヌ言語を使えたのですか?」


「もう無理だ。強力な魔術の行使も可能なアヌ言語は、国家同士の戦争に利用される可能性があったから、教えるのも全面的に禁止されてる」


 ここから推測されるのは、手記の持ち主がかなりの魔術の使い手だったということ。


 ──だから、この手記の持ち主は……。


「古来よりアヌ言語の開発に着手してきた、超長寿種族・エルフ族の誰か……」


 エルフ族。

 古来より魔術に関する知識に長け、一大文明を築き上げてきた種族だ。

 人間よりも長生きなことが多く、平均寿命は三百歳を優に超える。

 高揚感が膨らんでいく。

 誘われるまま、ヴェルデライトは次の本に手を伸ばす。

 そして、一気にめくりあげる。わずか一秒足らずで、全ページ隅々まで目を通していく。


「お兄様っ!? それで読めてるのですか!?」


 次の本をめくり、また次の本へ。

 怒涛の勢いで、ここにあるすべての本をすべて読みきった。


「覚えた」


「本当ですか!? ちなみに、その子の名前は分かりましたか!?」


「分かったよ。その子の名前はリルム、エルフ族のわんぱく嬢ちゃんで、どうやら、エルフ族は結構昔からアヴィアンヌの研究を進めていたみたい。ここにあるほとんどの本はアヴィアンヌに関するエルフ族の資料だね」


「ふむふむ……」


「この子はきっと、アヴィアンヌ調査の名目でここに来たんだろう。どうやってかアヴィアンヌを見つけて、上陸したってところかな」


 とすると、もしかしてそのリルムという女の子は──


「今も生きてる可能性がある。しかも、このアヴィアンヌのどこかに」


「ど、どこなのです!?」


「僕でさえ見つけられなかったことを考えると、その女の子がいる場所は──」


 浮遊城アヴィアンヌの心臓──

 永久動力機関・《トキ戻し》が鎮座する中心部しかない。

 

 

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