02 いきますよお兄様、救出大作戦です!
「やっふうなのでーす!!」
「こらこら。あんまりはしゃぐと落ちるよ?」
「大丈夫です! たぬ吉はお利口さんなので、ファニーがおっこちないよう、頑張ってくれてます!」
『わおんっ!』
太く、密集した木々の隙間を駆け抜ける。
たぬ吉の足取りは軽やかで、背中にファニーを乗せているとは思えないほど速い。
「ずっとお空を飛んでますけど、お兄様はたぬ吉に乗らないんですか? 魔力も消費しないし、もふもふだし、きもちーですよー?」
「是非ともそうしたいのだけど、たぬ吉はあんまり懐いてないからね、遠慮しておくよ」
なぜかたぬ吉に懐かれない。悲しいかな、もふもふサービスは女性限定らしく、ヴェルデライトは一度も味わったことがなかった。
「あ、さっきの人達がいたよ」
「ほんとですか!?」
「たぬ吉がいるから静かにね。近付き過ぎると驚かせてしまうかも──」
「行けぇ、たぬ吉っ!! 救出大作戦なのでーすっ!!」
──あれは聞いてないな。
たぬ吉を急がせて近付くファニー。
荷車をひく二人の獣人族が唸り声をあげている。かわいそうに、荷車に座る男にいたっては腰を抜かしていた。
「きょ、きょ、巨大なたぬきに……ひっ人が乗ってる!?」
「たぬ吉はたぬ吉です。たぬきじゃありませんっ!」
「たぬ吉なのに!?」
「です!」
ファニーはたぬ吉から降りると、軽やかに荷車に乗った。
唖然とした男の横を通り抜けて、荷車に倒れ込んでいる人のもとへ。
「失礼しますね」
「おおい、あんた! うちの娘になにをする!」
「ファニーはすっごい魔法使いなのです。任せてくださいっ!」
◇
「いやあ、あんたの妹さんは天才だな。えっと、ファニーちゃんだったっけ? ともかく、娘を助けてくださったのは礼を言うよ」
「いえいえ。ファニーは、困っている人がいたら放っておけないタチなんですよ。おかげで、いつも見てないと危なっかしいのですけどね」
「ははっ。いいじゃないか、子どもは風の子。元気が一番ってやつだよ」
小さく笑う父親は、痩せ気味で40代風の男だった。
森で暮らしているらしく、いまヴェルデライトたちがいる小屋が親子の生活拠点なのだという。大きな暖炉にくべる薪を集めていたときに、空から降ってくる浮遊城アヴィアンヌに気づいたらしい。そのとき飛んできた石が娘に直撃し、怪我をしたという。
「でも、本当にすみませんでした。僕があの城を完璧に操縦できていれば、娘さんは怪我をせずに済んだのに」
「過ぎたことは構わないさ。それに、ちゃんと追いかけてきてリタを治してくれた。娘の笑顔が俺にとっちゃ一番ってもんだよ」
年が近いからか、彼の娘とファニーは外で遊んでいる。二人の笑顔は弾けんばかりで、まるで姉妹のよう。本当に楽しそうだった。
「ところで、あんたら兄妹はこんな辺境に何しにきんだい? でっかいお荷物まで引き連れてさ」
「実はそのお荷物の件で、グラスさんに一つお尋ねしたいことがありまして」
「俺に?」
紅茶をすするグラスの眉根が寄る。
「別にいいが、なんだ?」
「でっかいお荷物……僕たちはアレを浮遊城アヴィアンヌと呼び、そこで暮らしています」
「ほうほう。信じられないような話だけど、あのでっかい城が降ってきて、しかも途中で止まったっていう、信じられないような光景を見てしまった俺からすれば、今さらだけどな。暮らしてるって、二人でか? あんなでっかい街……いや、城に?」
「はい。あ、訂正します。二人と一匹ですね」
危ない危ない、たぬ吉を忘れるところだった。
「続けてくれ」
「はい。僕たちは、ある目的で世界中をまわっています。今回もその目的で、凍えるような寒い森に降り立ちました」
途中まで墜落しそうだったが。
ここにやって来た目的を簡潔に話すと、グラスは腕を組みながら「うーん」と唸った。
「世界は広いんだなぁ。俺は生まれてこのかた『棘森』と雪しか知らねぇ。クマとの戦い方と薪の割り方なら、誰にも負けないんだが。……しかしなんだ、城の一部を探して世界を回るなんて、正気の沙汰とは思えないがな」
かつての賢者の悲願は、浮遊城アヴィアンヌを完成させて世界中を回ること。
いろいろな物を見て、聞いて、触れて。
一冊の手記に綴り、本として後世に残すこと。
しかし賢者は、アヴィアンヌを完成させて生き絶えた。
魂に刻まれた《願い》は、輪廻転生を果たした今でも体を突き動かす。かつての悲願の大成。世界の空をさまよい続け、ばら撒かれてしまったアヴィアンヌの一部を探すこと。
「正確なパーツの在り処が分かれば苦労はしないのですが。あいにく僕は人間でして……ある程度近づかないと、気づけないんですよ」
「あのでっかい城を空に飛ばせてる時点で、すでに人間様卒業してそうだけど、な」
「そうかもですね」
グラスは無精髭を撫でながら、すこし考える素振り。
「そういえば昔、じいちゃんが棘森の深いところには、大昔の神殿がある……って言ってたような気がするな。ガキん頃の話だから、うろ覚えだけど」
「もしかしたら、それがアヴィアンヌの一部かもしれないです。場所は分かりませんか?」
「知ってると言いたいところだが、棘森はとにかく広大だし奥はとても深い。ヴェルデライトさんは空から見てたから分かるだろ?」
確かに。
不時着する直前、地上が見えなかった。一本一本の木が大きく、葉を広げているから地上まで光を通していないのだ。中は相当に暗く、雪も深いだろう。
「分かりました。ご助言ありがとうございます、グラスさん」
「役に立てなくて申し訳ないな。そうだ、なんなら俺がある程度のところまで連れて行ってやろうか?」
「いえ、そこまでお言葉に甘えるわけには。それに、ここは魔獣の群生地帯でしょう? 匂いで分かりますよ」
「浅いところなら、魔獣どもが寄り付かない場所を知ってるし、通りやすい道ならあんたより詳しい。それに、なにかあったら助けてくれるんだろ?」
茶化した様子で笑うグラス。
こちらとしては特別断る理由はない。せっかくの誘いなら、受けてしまおう。それに、久しぶりにファニー以外の人間と話せて楽しかった。
「分かりました。全力で僕がお守りします」
「おうよ」




