13 泊めてあげましょうお兄様、二人のためです!
「お兄様!!」
「ん?」
ファニーは、ヴェルデライトの目の前に立ちふさがる。
「お兄様、ファニーは大丈夫なのですよ。だから誰も傷つけないで!」
「誰も傷つけるつもりなんてないよ? さっきのはただの脅し。可愛い妹の前でそんな怖いことするわけないさ」
──え。
──え。
──えぇぇえ!?!?
「じゃ、じゃあただの勘違い……?」
「まあ、ファニーが髪を引っ張られてたり、後ろに引き倒されてたりしたら、骨も残さず消してたけどね」
「笑顔が怖いのですよお兄様!?」
「冗談だよ? ────本気だけど」
「どっち!? どっちなのですかっ!?」
傷つける気なんてないというのは、本当のことらしい。
地に伏せていた男たちは気絶していただけのようで、よろよろを立ち上がった。
睨みをきかせるフレッドの姿と、満面笑顔のヴェルデライトに怖気づいたのだろうか。「お、お助けぇええ!!」と、奇妙な叫び声をあげて去っていった。
「もう人をいじめちゃダメですよ!!」
手を振って男たちを見送るファニー。
──あ。でもせっかくお兄様に買ってもらった髪飾りが。
さっき踏まれてしまって、壊れてしまった。
人生で初めての兄に買ってもらったプレゼントなのに。
「壊れたのかい? 残念だね。……大丈夫、また買ってあげるよ」
そう言って、頭を撫でてくれる大好きな兄。
と今度は、アンベルクが自身の兄を心配する番だった。
「兄様、手から血がっ!!」
フレッドが拳に怪我をしていた。
妹を守るため、相手を殴り飛ばしたのだ。顔をしかめていたので、きっと痛かったのだろう。痩我慢だ。妹の前でかっこつけたい、彼なりのプライドなのだ。
「つ、つばでもつけときゃ治る。俺のことより、おまえが無事で、その……良かった。本当に良かった」
「兄様……」
感極まって、アンベルクの瞳に一粒の涙が浮かんでいる。
「やっぱり私、兄様に一生ついていきますわ」
「だから人前で抱きつくなよおまえぇえ!!」
本当に、仲のいいことで。
喧嘩してもすぐに仲直りできる。お互い好きだからこそ、こんな関係が保てるのだろう。
──アンさん、良かったですね……!!
と、そのときだった。
「兄妹同士親交を深めるのもいいが、もう少し節度をわきまえたらどうかね」
渋みのある、低い声だった。
白髪すら男の色気に変えてしまう。上質な紳士服に見を包み、シルクハットがよく似合うダンディな男性だ。ファニーに見覚えはないけれど、兄とリリーシャ兄妹は見知った様子だ。
「お父様……っ」
「なんでこんなところに親父が!」
「ヴェルデライト君が連れてきてくれたのだよ。私の子が、こんな薄汚い場所にいるとね。……ここじゃ人の目も多い。話は家に帰ってからだ」
二人の父親は吐き捨てるようにそう言って、背を向けた。
◇
──長い、のです……。
離れた部屋にいるから、親子の会話は聞こえない。けれど、空気が重いのだ。一秒一秒が長く感じられて、喋る気にすらなれない。
ぬくもりを求めて、ファニーは兄の隣に座った。
兄は静かに、優しく妹の頭を撫でた。
しばらくして、二人の父親が部屋に入ってきた。
「遅くなってすまないね、ヴェルデライト君」
「お子さんのほうが、僕よりも大切でしょうから」
「見苦しいところを見せてしまったね。ほら、おまえたちも入ってきなさい」
暗い雰囲気のフレッドとアンベルクがやってくる。
きっと、あの怪しげな店に入って怒られたのだ。でも、そうじゃない。フレッドは妹のために、わざわざ母親の作品を探してくれていたのだ。
「それで、さきほどの話の続きだが──」
くわえた煙草を離して、彼が白い息を吐き出す。
ヴェルデライトはまっすぐ彼を見ていた。
「はい」
「丁重にお断りさせていただこう。『星の見下ろす塔』は私にとって、大事な思い出そのものだ。売り買いできるようなものじゃない」
動揺の色は見えない。
予想でもしていたのだろうか。兄はいつも通りだった。
「分かりました。今回は諦めます」
「今回は、って。何度来てもらっても困る。あれは──」
「また来ますね、ロイスさん。──ファニー、行こうか」
「はいなのです」
丁重な挨拶をするヴェルデライトに倣って、ファニーもペコリと頭を下げる。
部屋を出ていくとき、アンベルクとフレッドも後ろに着いてきた。
しばらくして。
「ほんとっ、お父様ったら頭がかたいんだから!! どうして、お母様の作品をこの手で取り戻したのよ!? なのにどうして怒るのよ!!」
「……親父の偏屈ぶりは変わらないさ。母さんが死んでも、あいつは研究研究ってうるさかったしな」
「どうして僕たちが泊まるホテルまで、ついてくるのかな?」
戸惑いがちに笑うヴェルデライトに、アンベルクはずずっと顔を近づけた。
「家出よ。い・え・で! 今日という今日は我慢ならないんだから!」
「兄妹喧嘩の次は親子喧嘩ね。大変だねリリーシャ家族は」
──一大事なのですよー。
アンベルクやフレッドがいるのは、もちろん嬉しい。お泊まり会ができるなんて最高だ。けどそうじゃない。二人は、父親が嫌で家出してきたのだ。
そう思うと、ファニーは少し悲しい気持ちになった。
「どうせ『星の見下ろす塔』を手に入れるまでこの街にいるんでしょ? だったら、それまでここに泊めてちょうだい」
「お金持ちなんだから、自分の部屋くらい押さえられるんじゃない? なのになぜ?」
「こう見えて私たち、料理を含めてあらゆる家事ができないのよ」
なぜかどや顔。
──大変だ、だったらしっかりお世話してあげないと!
「お兄様! 二人が可哀想です! ぜひうちで面倒見てあげましょう! なんならずっと一緒に暮らしましょう!!」
「さすがファニーちゃん、私の親友ね!! 愛してるわ!!」
「ファニーもアンさんのこと大好きですよー!!」
「うんちょっと黙ってようか二人とも」
仕切り直すように、おほんっ。
四人がひしめき合う二人用の部屋で、ひときわ響いたヴェルデライトの咳払い。
「ただで泊めてやるわけにはいかない」
「交換条件ね。いいわよ、お金でも宝石でもジェラートでも何でも言いなさいな」
「情報がほしい」
「「情報……?」」
兄妹が口を揃えて疑問符を飛ばす。
ヴェルデライトは、魅惑的な笑みを浮かべていた。
「『星の見下ろす塔』を手に入れるために、リリーシャ家の情報がほしい。手伝ってくれるよね、二人とも」




