2-3 保護の見返り
昼を過ぎたころに、レブナンとオーガストが私の両側に座った。ガロード兄さんもおもしろそうだとテーブルの端に座っている。
ライアン姉さんが獣人族の指導者を連れてくる手筈だが、まだ会議室には現れない。
「何を恐れたかが問題だと?」
「たぶん魔族でしょう。その辺りを確かめねばなりません。私達は王国軍だけでなく、場合によっては魔族を相手に戦うことになりそうです」
「悪いことは重なるものですな。これが最後であれば良いのですが」
凛とした表情のオーガストとは異なり、レブナンは今後の対応で顔がやつれて見える。
さて、足音が近づいてきたようだ。いよいよ獣人族との話し合いが始まる。
会議室の扉が開き、ライアン姉さんが入って来た。その後ろには毛皮を纏った男達が3人続いている。武装はしていないようだが、オーガストとガロード兄さんが彼等を睨んでいる。武装していなくとも十分に騎士と渡り合えるという話を聞いたことはあるけれど、目の前の連中は私達を見ておどおどしているように見える。
彼等の姿は、胴長で短足だから昔の私を見ているようだ。
厚い革の短いブーツを履き、古びた革の上下を着ている。
衣服は糸で縫ったものではなく、穴を開けてそこに革紐を通したような作りになっていた。
獣人族と言っても、獣と人のハーフとは異なるんだろうな。尻尾があるわけでもなく、猫耳が頭に出ているわけでもない。
獣人族の男が私に顔を向けた時、彼等を獣人族と呼ぶ理由が理解できた。
瞳がネコと同じように縦に長いのだ。
「私がこの城の主であるトリニティです。左右の者は私の配下となりますが、どうぞお座りください。その上で、私の城にやって来た理由を伺いたい」
獣人族の3人が互いに目くばせをしながら頷くと、テーブル越しの席に腰を下ろした。
3人で何やら小声で話していたが、真ん中の男が私に顔を向ける。
両脇の男と比べても高齢なのが良く分かる。髪も白いものが混じっているから初老の域にいるのだろう。獣人族を統べる長老ということかな。
「村を捨てて、やって来た。我等に慈悲を賜りたい」
「冬越しの食料で良いのか?」
オーガストの言葉に、獣人族の長老が首を振る。
「いや、ここでの暮らしを賜りたい」
やはり村を襲ったやつがいるんだな。
あまり上手く話すことができないのだろうが、それは俺達が言葉を補えば済むことだ。
「村を襲われたということか? それはどんな奴らだ」
「我等を倍する数で空から襲いかかって来た。戦士達は懸命に戦っている。我等を逃がす時間を稼いでくれている」
「トカゲの姿で羽根を持つ奴らだな?」
「そうだ。たまに襲ってくることもあったが、今回は数が違った」
村から逃げてきた連中の庇護ということだ。
そうなると、少し面倒なことになるんじゃないか?
「魔族か! しばらく動きが見えなかったが、山奥では派手にやっているということだな」
「冬ですから、庇護するには収容する場所がありません。強いて言うなら兵舎ということになりますが」
「私達が1区画を使っているが、あの兵舎は大きなものだ。だが300人を収容するとなると……」
レブナンの呟くような言葉に、ライアン姉さんが声を上げた。
「私達の部隊の屯所を移動しましょう。私の部屋を使ってください。隣の図書室と合わせれば同じぐらいの広さになるはずです。私は父様達の部屋に移動します」
「居住区を確保できても、食料が足りません。元々が税を払えないことで先代は首を刎ねられたのですぞ!」
「2個中隊を半年食わせるだけの食料が残っている。1日3食は無理でも、2食は賄えるんじゃないか? 春になれば種を撒けるだろうし、野原を開墾して畑も作れるはずだ」
あと半年、それが過ぎれば食料の購入も、今よりは好転するだろう。
「俺等が庇護をうける見返りは、これになる」
男が毛皮の中から取り出した革袋をテーブルに乗せて口紐を解く。
現れたのは粒金だった。
これだけでもかなりの金額だが、一番肝心な食料は現状で購入することは不可能だ。
「獣人族の若者が30人ほどいる。まだ戦士にはなれんが、槍なら少しは使えるだろう」
「兵士ということか? 訓練が出来ているなら使えそうだな」
オーガストが、嬉しそうな表情で答えている。
私達の今の状況下では確かにありがたい話だが、そうなると城の防衛を根本的に考えなければならなくなってしまう。
「庇護の件は承知した。だが、今年の秋の収穫が例年の半分以下だ。食料が不足しているから、食事は1日2食になることを了承してくれ。それとだ、兵士の数を40人に増やせないか。まだ未熟でも構わない。俺達は人数が欲しいのだ」
「分かった。明日の朝に若者を揃えよう。武器を持つものは半数以下になるが、構わないか?」
「こちらで用意する」
ライアン姉さんに顔を向けて軽く頷いた。姉さんも分かってくれたようで、席を立つと、獣人族の連中を連れて会議室を出て行った。
「さて、部隊の再編成が必要ですね。新たな10人は私が頂きます。ガロード兄さんの部隊に20人。レブナン殿の部隊に10人でどうですか?」
「西を重視するのか。となればワシは南のサーデスの部隊に合流しよう。レブナン殿も槍兵が10人増えれば十分でしょう」
「獣人族の短槍は軽装歩兵を凌駕します。たぶん弓も使えるはず、ありがたい助っ人ですな」
「夜間視力は俺達の遥か上を行く。渡りに船ということなんだろうな」
ガロード兄さんも一気に分隊規模の増援を受けて嬉しそうだ。
彼らの武器は武器庫の槍を短く切って与えよう。短剣も渡しておきたいが、数が問題だな。
ラドニア小母さんとライアン姉さん達が夕暮れまで掛けて私の荷物を父様の部屋に移動してくれた。
私の部屋はライアン姉様達が使い、隣の図書室は明日にでも荷作りを行うのだろう。
かつて父様達が使っていたベッドで横になると、いつしか寝入ってしまったようだ。
翌日、普段よりも遅くまで寝ていたのは、父様達のベッドで寝たせいなのかもしれない。
着替えて、会議室に向かった私に、ラドニア小母さんが朝食を運んでくれた。
いつもより遅い私に、笑顔を見せてくれたのは、両親の部屋でぐっすりと眠れたことを知っているんだろうな。
「獣人族の訓練はライアン様が頑張っておりますよ。私共の数も20人を越えますね」
「そうだね。ガロード兄さんの手助けもだけど、南と東も注意が必要だし、魔族も動き出したとなると益々兵士の数が足りないことが分かって来たよ」
パンとスープの簡単な食事だが、昨年の凶作を思えば毎日食事が食べられるだけでもありがたいと思わねばなるまい。
村人達もきちんと食事を取れているのだろうか?
「この冬は、皆どうしてるんだろうね? 昨年の凶作はかなりのものだったけど」
「1日、2食は食べられますよ。この間やって来た行商人の話しでは王都では餓死者が出たそうです。ですがコーデリア領地ではそんなことにはなりませんよ」
収穫は半分以下だったが、税を取ることは無かったからね。俺が購入したライムギ100袋は城と兵士の食料になっている。それに蓄積した兵糧も馬鹿にはできない量がある。
「話は少しそれますが、獣人達に使える武器では私共と協調することができないのではないかと心配しております」
「ちゃんと考えてるよ。彼等には簡単な銃を使ってもらうつもりだ」
垂直2連のショットガンなら彼等にも使えるんじゃないかな? 弾種が豊富だから色々と役立ちそうだ。
魔族は空からやって来るらしいから、ライフル銃で狙うのは難しいだろう。その点、散弾なら球が広がる。
20丁の良い使い道が見つかった。このまま使わずに置いておくのかと、木箱を見るたびに溜息を吐いていたぐらいだ。
「彼らにも銃を使わせると?」
「操作は簡単なんだけど、長距離を狙えない。60リオン(90m)ほどの射程だよ。それでも、いろんな弾を使い分けられるから、便利に使えると思うんだ。魔族相手には特にね」
魔族相手には獣人も人間も無い。私が魔族相手に獣人族を使おうとしていることを知って、ラドニア小母さんが感心した表情を見せてくれた。
もっとも、獣人族の戦士達全員に銃を渡すことはできない。彼等には武器庫にたっぷり保管されている弓を渡せばいいだろう。矢がなくなれば短槍をつかえる連中だ。
年が明けるころには、城の周囲はすっぽりと雪に埋まってしまった。
橋を守備している連中もさぞかし厳しい寒さに耐えているに違いない。ライアン姉さんに、3つの部隊にそれぞれ1タルのワインを届けて貰った。
今年もワインをしこむことができたが、ワインでは腹は膨れない。
待てよ。武器や装備だけでなく、種も頼むことができるかもしれないな。代用食料を考えるなら、サツマイモやジャガイモなんだろうが、この辺りはヨーロッパの感じもするからジャガイモで良いのかもしれない。ついでにトウモロコシを強請ってみるか……。
新たに私の配下に入った獣人族の10人は、まだ少年の域を出ていないようにも見えるが、がっしりとした体格をしている。
力は私よりあるかもしれないな。獣人族と争わぬようにと父様が話してくれたのは、白兵戦では勝ち目が無いと思っての事だろう。
騎士なら別だろうけど、徴募兵では数人がかりで相手をしなければなるまい。それだけ力が強く敏捷であるということだ。
そんな彼らを獣人と言って蔑む輩も多いらしい。
彼らを戦力に加えられれば……。それは、彼等と戦った経験を持つ誰もが思うことらしいが、一度彼らと敵対したならば、彼等は絶対に恭順することは無いだろう。
それだけ、誇り高い種族なのだ。
私が彼らを部隊に加えられたのは、僥倖ということになるのだろう。
私達と分け隔てせずに付き合う限り、彼らは力を貸してくれるに違いない。
「今年は雪がよく降りますね。夏に雨が降らなかった帳尻を合わせるみたいです」
「そんなことは無いと思うけど、私も今年は凶作を逃れられるよう新年に霊廟で祈ってきたよ」
私の言葉を嬉しそうにラドニア小母さんが頷きながら、午後のお茶を用意してくれた。
小母さんは敬虔な信徒だからな。私のそんな行動を嬉しく思ったに違いない。
遠くから銃声が聞こえてきた。首を傾げる私に、ラドニア小母さんが笑みを浮かべる。
「獣人族の若者が銃の練習をしてるのでしょう。最初はびっくりして銃を放り出したんですが、だいぶ慣れたようですね」
「あの銃の銃声は大きいですからね。反動もあるんですが、体格の良い彼等なら十分に使いこなせるでしょう」
「それで、1つお願いがあるんですが……。私にも1つ分けて頂けませんか?」
あれを撃ったのか? かなりの反動を受けるんだけど、ラドニア小母さんの体形を思わず見てしまった。
確かにがっしりとした体つきだ。長年フライパンを振ったんだろうな腕の太さだって半端じゃない。
「ライアン姉さんに渡しておきますけど、私の後ろで私を守ってくださいよ」
それだけは言っておかねばなるまい。でないと、獣人族の若者を率いて敵に向かって行きそうだ。