2-2 獣人族の一団
翌日の朝食時に現れたマギィさんに、木箱から取り出したクロスボウとボルトを渡して、同じものを村の鍛冶屋に作ってもらうよう指示を与える。
「少なくとも20組は欲しいな。短い矢はボルトと言うんだが、それは300本だ」
「弓のようですが、トリガーがあるんですね。弓とライフルの中間のような品に見えます」
確かに見た目は、そのように見えなくもない。
使いづらいところは色々とあるんだけど、少し練習すれば弓よりは的に当たるんじゃないかな。
「使い方は、出来上がったら教えますよ。それと、ラドニア小母さんにリボルバーの使い方を教えてください。最低限、リボルバーが使えないと私を助けることにはなりませんからね」
パイソンの6インチモデルは38スペシャル弾と357マグナム弾の両者を使うことができる。小母さんだからねぇ。38スペシャル弾で十分だろう。
「分かりました。20発も撃って頂ければ感触が掴めるでしょう」
そう言うと、マギィさんはクロスボウを抱えて会議室を出て行った。
後に残ったのは、キョトンとした表情で、2杯目のお茶を準備しているラドニア小母さんだけだ。
「小母さんにも手伝ってもらいます。私と行動を共にする上で、武器を練習してください。難しくはありませんが、ちゃんと練習しておかないと、イザという時に使えませんから」
「どんな武器でも練習します。だいじょうぶですよ、こう見えても力はありますからね」
ふくよかなお腹をドン! と叩きながら自己アピールをしている。それなら、マグナム弾を試してもらおうかな?
パイソンは10丁ほど手に入れたから、魔導士とラドニア小母さん達で終了で良いだろう。残った品は予備として残しておけばいい。弾丸は20発入りの小箱が20個だから、しばらくは持つんじゃないかな?
各自に1箱渡しておけば十分だろうし、それほど使う機会があるとは思えない。
自分用にM29を用意してはいるんだが、いまだにパイソンを使っている。とはいえ、これを使うよりはカービン銃を多用するんじゃないかな。15発の弾丸を半自動で撃てるなら接近戦には持ってこいだ。
数日後の午後のお茶を私に持ってきたときに、レドニア小母さんがここに付けてます、と言ってエプロンをめくってくれたんだが、ガンベルトの端がどうにかバックルで止められている。
そこまでふくよかだとは思わなかったな。
「変わった武器ですね。神器を私が使えるとは思いませんでしたが、マギィ様の要求には達したようですよ」
「この間の話しもあります。貴族の動きが掴めない以上、場合によっては私も戦に向かわねばなりません。その時は後ろを守ってください」
「だいじょうぶです。お母様が守ってくれますよ。それでも足りない時には私がお守りします」
小母さんの言葉に思わず頭を下げると、小母さんが恐縮してぺこぺこと頭を下げる始末だ。だけど、これで私の直営が増えてくれた。
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晩秋が過ぎ去り、冬が訪れた。
いまだに、私達の討伐隊はやってこないようだ。
警戒は必要だが、全員で待機する必要なないだろうということで、半数を城に戻している。
サーデス兄さんのところは城から遠いこともあって、近くの村で待機することになったが、宿だけでは足りないから納屋を1つ提供して貰ったらしい。
「この地方の冬の寒さは厳しいですからな。とりあえず冬は様子見ということになるでしょうな」
暖炉でパイプに火を点けたオーガスト殿が現状を簡潔に説明してくれた。
城の会議室の暖炉には赤々と焚き木が燃えている。
マントを外した各部隊の長達が集まり、ホットワインを飲めるのも、部隊の充実がどうにか図られたからだろう。
「半数は引き上げましたが、時間があったことから各守備陣の環境も良くなっています。テントではなく丸太小屋をいくつか建てましたから、中で焚き火をすれば冬越しも辛くはないでしょう」
ガロード兄さんの言葉に、ライアン姉さんも頷いている。
一番心配なのが士気の低下だからね。環境を良くしてあげればそれに応えてくれるに違いない。
「雪が降れば、戦どころではなくなります。となると、本格的な侵攻は来春と見るべきでしょう。冬越しの食料に不自由はありませんし、春播きの麦の種も確保できております」
2年続けての凶作だと問題だが、税を考えなければこの領地で飢餓になることもないだろう。
他の貴族領地はどうなっているのだろうか?
「商人からの情報はないのか?」
「ケニアネス領から数回、商人が荷を運んできました。さすがに食料は乗せていませんでしたが、香辛料と塩、それに綿生地が運ばれたようです。帰りの荷はワイン樽ということで都合12個ほど積ませました……」
私の問いに、レブナンが話を始める。
飢饉になっても商人達の動きは活発のようだな。ワインで腹は膨れまいに……。
そんな話の中で注意を引いたのは、盗賊の被害が思ったほど発生していないということだった。
「盗賊がなりを潜めたと?」
「そのように申しておりました。盗賊ならば村々を荒らしまわっていると思っていたのですが」
オーガストも、私と同じところを気にしているようだ。
「盗賊とて、村に食料が無いと気付いているのでしょう。村を襲えば、盗賊とて被害を皆無にはできませんからね」
ガロード兄さんの答えは常識的だが、そうではない可能性もありそうだ。
「盗賊と傭兵団の間に線を引くことは不可能だ。ひょっとして……」
オーガストが私に顔を向けた。
小さく頷いて同意を示す。
「貴族達が傭兵団を囲い込んだとも考えられますな。王都に騒乱が起こるかもしれない」
「弾圧となるでしょうな。となれば王国内の貴族の勢力図が大きく動くことになります。頭ではなく、力で所領を増やそうとする輩も出て来るでしょう」
来春にはそれが分かるだろう。橋の西に現れる軍隊の旗印に注意しなければなるまい。
「それで、補充した民兵に変な弓練習させている理由は何だい?」
「あれですか! 弓よりも狙いを正確にしたいと考えたものです。矢を放つ間隔は弓より長くなるんですが、狙いは弓よりもはるかに正確ですし、チェインメイルを容易に貫通します」
「ワシも見たがかなりのものだぞ。老練な弓兵よりも良く当たる。徴募兵に持たせるには都合が良さそうだ」
「徴募兵を2段に組んで交互に矢を放てば、容易に近づくことはできないでしょう。ガロード兄さんに無理を掛けたくありませんから」
私の言葉に大きく声を上げてガロード兄さんが笑い出した。
「ここだけの話にしとくんだぞ。トリニティ殿の兄思いは知ってるつもりだが、兵達には聞かせたくないからな」
ガロード兄さんの言葉に、周囲の連中も笑いを堪えているようだ。
「私もトリニティ殿に賛成だ。我が軍の数は王国軍に比べて十分の一以下だからな。兄上だけでなく兵士達も大事な仲間として無理を避けたいところだ」
「私の部隊でも10人ほどに練習をさせております。あれなら弓より砦を容易に守護できそうですからな」
東の石橋はクロスボウを多用するつもりのようだ。
弓なら矢が1本当たったぐらいでは怯むことも無いだろうが、ボルトが腹に突き立ったら、その後で動くことができるだろうか?
この世界で容易に複製できる武器なら、多用しても問題は無いだろう。
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この冬最初の雪が降った数日後。会議室にライアン姉さんが息せき切って走って来た。
部屋の扉を閉めたところで、私を睨みつけながら息を整えている。
何事だろう? ライン姉さんに悪戯をした記憶は無いんだけどねぇ。
「申し上げます。城の北の訓練場に獣人族の一団がやってきました。武装していたものはその場で武器を放棄。我が城に援助を求めております」
「それで、人数は?」
「およそ、300人。クロスボウの練習と射撃訓練を一時取り止めまして、広場の一角に彼らを集め、周囲を警戒しております」
確か、援助といったな。
食料の援助なのだろうか? そうだとしたら、それほど多くの人数でやってこないだろう。
「至急、レブナンとオーガストを呼んでくれ。獣人族の指導者とここで話し合おう。獣人族も1人では気の毒だ。5人までは同席させても構わない。それぐらいなら、万が一に襲い掛かってこようと、拳銃で対応できる」
「了解です。昼過ぎということで対応します」
ライアン姉さんが会議室を飛び出していく。
さて、どうしたものかな。トリニティの記憶を探ると、山奥で暮らす獣人族の暮らしが浮き出てきた。
狩猟採取で少しは作物を育てているようだな。辺境の村にたまに下りてきて、毛皮と鉄製品を交換することもあるらしい。
独自の宗教観を持っているようで、善悪の分別もそれなりにあるようだな。
もしも、飢餓で山から下りてきたなら、一冬ぐらいは面倒もみられるだろう。春になって再び山に戻れば済むことだ。
人の恩義を大切にする種族のようだから、ある意味山での情報を教えて貰える可能性だってありそうだ。
「トリニティ様、大変な事態になりましたね。王国の軍隊だけでなく獣人族もやって来たとは……。先ほど、石塀の窓から見ましたけど、女子供がたくさんいましたよ。侍女とマギィ様達とで、スープを施そうと思って許可を得に来たのですか……」
「そうだね。神の元では皆平等の筈だ。城付きの神官殿にも断って施した方が良いと思う。私は賛成だと伝えて欲しい」
嬉しそうな表情で私に頭を下げて会議室を出て行ったが、女子供が多いというのが気になるところだ。
待てよ、ひょっとして……。彼らは山から逃れてきたんじゃないか?
男や老人が少ないのは、避難してきた獣人達が逃げる時間を稼いだのかも知れないぞ!
その相手とは……、王国軍や貴族ではなさそうだ。
どう考えても、魔族というのが正しいように思える。
この状況下で、魔族とも戦を始めるのか? なりふり構っていられなくなりそうだ。総動員体制も視野に入れねばなるまい。
現状では手薄なこの城の防衛も考える必要が出てきた。