1-5 街道封鎖と迎撃準備
1人で夕食を食べていると、スープに波紋が広がった。
最初は雨漏りかな? と思って上を見上げたのだが天井に染みはない。再び下を見ると、スープにぽたりと何かが落ちた。
どうやら、涙を流していたようだ。
王家に反旗を翻えす私を、どんな気持ちで父様達が見守っているのかと思うと、少し暗くなりもする。
いや、すでに天国で本当のトリニティと再会して、私のこれからを見守ってくれているのかもしれない。
これがレクシアの言った善と悪のバランスが崩れた兆候となるのだろう。
まさか、こんな形でやって来るとは思わなかったが、決めた以上は最後まで行ってみよう。
翌朝、レブナン殿と一緒に武器庫に向かった。
父様は武具の手入れには人一倍熱心だった。ずらりと並んだ長剣や槍は綺麗に手入れがなされている。
弓や矢もそれなりに数が揃っている。たまに侍女達にも使わせたと言っていたけど、その後の手入れもきちんと教えていたようだ。
「弓だけで、100を超えているんじゃないか?」
「身一つで駆けつける兵士を思っての事でしょう。槍も常に100本を備え、長剣は50振り、片手剣も50振りを揃えています。矢の数は常時2千本。城内の要所に置いてある500本は別勘定です」
ヨロイは鎖帷子ばかりだが、これは仕方あるまい。それでも錆びを出さずに手入れがなされている。ヘルメットだけで100個はあるんじゃないか。
「とりあえず、これを使おう。町の職人に矢を作らせねばならんな」
「すでに手配済みです。3日後には100本単位で届くでしょう」
午後は西の橋に出掛けてみよう。
すでにガロード兄さん達が、手勢を率いて出掛けているようだ。
昼食は、レブナン殿とオーガスト殿が同席してくれた。
徴募兵はすでに定数を越えていると言っていたから、場合によっては選抜を考えねばならないだろう。
「とりあえず、100の兵があれば、小競り合いを数回凌げるでしょう。あわよくば、王家が折れることも考えられます。そうなれば領地が増えますぞ!」
「今は、最初の兵を追い返すことに専念せねばなるまい。若輩だが、頼んだぞ!」
たぶん最初で最後になるかもしれない。席を立って2人に深々と頭を下げた。
2人が弾かれるように席を立つと、私の頭を上げさせる。
「本来であれば、父様の亡き後は男爵位を継ぐことになるのだが、この状態では男爵と名乗れそうにもない。2人を指揮することはできないと思うのだが?」
「王家に反旗を翻す以上、明確な指導者は必要でしょう。これより、我等は若を王として仕える所存でございます。我等に敬称はいりませんぞ!」
そう言って私に視線を向ける。
俺と運命を共にしてくれるということなんだろう。先祖代々仕えてくれた2つの家だ。最後まで私に使えてくれるなら、厳しい状況下ではあるけど少しは安心できそうだな。
私が重々しく頷くと、真剣な表情が消えて笑みが浮かべてくれた。
食事が終わると、オーガストが部下を伴って、馬を引いてきた。どうにか馬には乗れるんだが、走らせるのは自信がない。
そんな俺の自信の無さを知っているのか、ゆっくりと馬を歩ませてくれた。
チェーンメイルに身を包んだ屈強な兵士が私の周囲を取り囲む中、城を出て南に馬を進める。
村の北にある森を抜けると、一面の畑が広がっている。道は真直ぐ南に向かい東西に延びる街道に繋がるのだが、先導するオーガストは道を外れて、取入れの済んだ畑を横切りながら真っ直ぐに西の端に向かって進んでいった。
少しでも早く到着したいということなんだろうが、畑を横切っても良いのだろうか?
この世界の一般常識を少し考えてしまうな。
遠くに橋が見えてきた。
暴れ川に掛かる橋は、両岸の小高い丘を繋ぐようにできている。橋脚は大きな石を組んで作り、その間を太い丸太で繋いでいる。
普段は20リオン(30m)ほどの川幅を保つリンデ川だが、干ばつで水量が大幅に減っている。豪雨が降れば一気に川幅が数倍に広がるような暴れ川だ。
水量が減ったとはいえ、現れた川底は泥が深い。必然的に我が領地を攻略するとなればこの橋を通らざるをえなくなる。
荷馬車がすれ違えるだけの横幅で、対岸まで60リオン(90m)ほどの橋を巡る戦になるのだろうな。
リンデ川は、領地を囲むようにこの先で東に流れを変え、隣国との国境である峡谷に滝を作っている。
母様の実家でもあるケニアネス男爵領に続く街道にも橋はあるのだが、一応念のために封鎖中だ。孫の領地を力づくで横取りしようとは考えないだろう。私の後見人ということでこの地を治めようとはするかもしれないけどね。
橋から少し離れた場所にテントがいくつも張られており、テントの周囲を囲むように城から持ち出した盾をうろこ状に並べている最中だった。
「ガロード! ガロードはおらぬか!」
オーガストの大声にテントから完全武装の若者が飛び出してきた。私より10歳は年上なんだけど、乗馬を教えてくれたのはオーガストの長男であるガロード兄さんだった。騎士の資格を父上から与えられているから立派な長剣を下げてマントに身を包んでいる。
「これはトリニティ様、よくいらっしゃいました。すでに西の備えはできております。弟、サーデスが徴募兵を募集しておりますから、ここで訓練を行う所存です」
現在は21名ということだが、直ぐに50名には増えそうだ。南をサーデス兄さんに任せれば、レブナンには東の峡谷を作るアルダン川に掛かる石橋を任せられそうだ。
オーガストには、騎馬隊である機動力を生かした遊撃隊として活躍してもらえるだろう。
私の部隊は、数名増やしたとライアン姉さんが言っていたから、ショットガン部隊が編制できそうだ。 秋分の日には、銃弾をたっぷりと確保しなければいけないだろうな。 状況を見る限り、先ずは間に合ったということになるだろう。
「明け渡しの使者は追い返してください。軍を率いて来るなら、橋を落としても構いません」
「しかと承りました。私の命ある限り、敵兵を1歩も領地に入れぬよう努力する覚悟です」
「ガロード兄さん。その時は城に戻ってください。私にはガロード兄さんが必要です」
私の言葉に地面に膝を折って頭を下げている。
「恐れ多いお言葉。ガロード、たとえ神、鬼人が来ようともこの場を守り切る覚悟にございます!」
いや、それは止めてほしいんだ、と言ってもこの場では無理なんだろうな。思わずオーガストを見ると、感じ入った様子で息子の姿を見下ろしていた。
「ガロード、直ぐに私も兵を率いて戻ってくるつもりだ。それまでは橋を頼んだぞ!」
オーガストと再び城に戻ったのだが、私が馬を下りたのを見たオーガストは、手勢を率いて直ぐに馬を走らせて行った。
食堂に戻ると、侍女頭のラドニア小母さんとライアン姉さんがテーブルでお茶を飲んでいた。
私が入った来たことに気が付いて、直ぐに席を立って深くお辞儀をしてくれたので、こっちが困ってしまう。
「どうも、お邪魔をしてしまったようですね。ラドニア小母さん、私にもお茶を入れてくれませんか?」
「申し訳ございません。こんな時にのんびりとお茶を飲んでいたことをお詫びします。直ぐにお持ちしますからね」
最後は、いつもの小母さんの口調だ。いつまでも私を子供のように接してくるので困ってしまう。
ライアン姉さんは、テーブル越しに再び腰を下ろして私を睨んでいる。
「兄さん達は西の防衛に出動してますし、徴募兵も装備を整え次第、どちらかに出掛けると聞いています。私達はいつ出掛けるのですか!」
「まだ、その時ではありませんよ。やってくる連中は、貴族の私兵連中でしょう? 精々が1個分隊と言うところですから、現状での防衛は可能です。東は少し面倒ですけど、元々が石橋を利用した頑丈な砦が付いてますから、2個分隊も置けば突破することは難しいでしょう」
ラドニア小母さんが私の前にお茶のカップを置いてくれた。一口飲んで口の渇きをいやす。
テーブルを回って、ライアン姉さんのカップにもお茶を注ぐ。最後に先ほどまで飲んでいた自分のカップに注いだところで、ライアン姉さんの隣に腰を落ち着けた。
「城の侍女達も弓と矢筒を携えております。いつでも応援に出ることが可能ですよ」
「その時は小母さんが指揮を執ってください。場合によっては、川上を渡河する可能性もありますから」
うんうんと頷いている小母さんを見て、ライアン姉さんが羨まし気に見ている。
「その時は、私達でしょうに!」
「ですから、まだ先ですって! ライアン姉さん達が相手をするのは王国の正規軍です」
カシャン! とカップがテーブルに転がる。私の言葉に、2人が目を丸くしているがカップを落としたのはライアン姉さんのようだ。小母さんが慌ててテーブルを拭いている。
「来るかしら?」
「ガロード兄さんに蹴散らされた貴族が泣きつく先は王宮ですからね。国王としてもメンツを潰されたことになります」
その時に、他の貴族はどう動くだろう?
場合によっては、私兵を伴って税の軽減を申し出る者も出てくるんじゃないか?
慌てて王国軍を戻しても、ライアン姉さんに叩かれたらかなりの被害を出すはずだ。体制を立て直すだけでも時間が掛かりそうだな。
「徹底的で良いのね?」
「徹底的にお願いします!」
私の言葉を聞いて、うんうんと頷きながら笑みを浮かべている。
まったく、いつもライアン姉さんには迷惑を掛けてしまうな。
「相手は2個大隊ですよ?」
「やってくるのは多くても1個大隊でしょう。王国全体が不作であれば領地持ちの貴族の持つ私兵も馬鹿にはできません。私のように極端に走る輩も出るのですから」
「それでも1千名を越える数です。侮ってはなりませんよ」
ラドニア小母さんは、諭すような口調で私に言葉を繋げた。
決して侮ってはいない。使う武器があまりにも異なるだけだ。それでもありがたく忠告を受け入れたことを、小母さんへ頭を下げることで示すことにした。
数日後、自室で私の所領があるレーデル王国の地図を眺めていると、通路をバタバタと走ってくる足音がする。
扉がバタンと開かれ、息を整えながら若い騎士が部屋の中を見回している。
「私に用事ですか?」
「若様、こちらでしたか! ガロード様よりの伝言です。領地明け渡しの貴族一行を迎撃しこれを打ち破ることに成功。味方の損害は軽症者2名とのことです」
「ご苦労様です。ところで、相手の数はどうでしたか?」
「2個分隊と聞いております」
「ご苦労様でした。次は数も多くなりますから、一度私も出掛けてみましょう。ガロード兄さんにはご苦労様とお伝えください」
私に騎士の礼をすると、再び通路を走って行った。
やって来たか……。2個分隊では、オーガスト親子の前には少なすぎたな。被害を与えるには、1個小隊ほどが突撃しなければ無理な話だ。
とはいえ、次は人数を増やしてくるだろうな。中隊規模の軍勢をガロード兄さん達は撃退できるだろうか? 上手く撃退したなら、その次にやってくるのは1個大隊の正規兵だ。そろそろ私達も動かねばなるまい。
ライフル兵士達の持つ銃弾は60発だが、兵舎の銃弾ストックは2千発を越えているし、この部屋の木箱にも250発入った弾薬箱が6つ置かれている。先ずは派手に出迎えてあげよう。