7-3 蒸留酒作り
城に帰って10日程過ぎた頃。貿易港から商人がやって来た。
会議室に通し、ワインで歓待したところでレブナンが城の消耗品のリストを手渡して内容の確認をしている。
食料だけでもかなりの量になるのは、それだけ兵士を作ったからに違いない。民兵達にも相応の食料と給与を渡さねば士気は保てない。
やはり軍を維持するには金が掛かるということになるのだろう。
ケニアネス公爵の蓄財と貿易港の蓄財でかなりの資金を得てはいるのだが、それも直ぐに尽きてしまいかねない。
そもそもが農業国なのだから、製品加工に力を入れれば良いのだろうが、中々アイデアが浮かばない。
そういえば、蒸留器を手に入れていた。
試行錯誤でやってみるかな。
上手く行けば、コーデリアの農民を雇い入れて産業化ができるかもしれない。
「確かに。計算に間違いはございません。それでは契約書をご確認願います」
「納期は秋分前でだいじょうぶなんだろうな? もしも秋分を越えることがあれば10日に着き、銀貨5枚を差し引くことになるが?」
「秋分の5日以上前であれば銀貨10枚を上乗せが魅力にございます。それでは、これで……」
商人が席を立とうとしたところを、私はあわてて引き留めた。
「私の個人的な依頼を聞いてくれないか? このような品なのだが……」
私がポケットから取り出した紙を渡すと、その材質に驚いている。紙はあるのだが、この世界の紙は余り上質とはいえいない。
厚みがあるし、筆ペンが直ぐに擦り減るほどゴワゴワしているのだ。
「黒い板に白い石でございますか?」
「大きさはそこに書いてある通りだ。黒い板にその石で線が描ければ十分なのだが?」
「心当たりはございます。数は……20枚に、石がライムギ袋で1袋ですか。これで銀貨10枚は多すぎるように思えます」
「余ったなら、酒が欲しいな。ワインばかりで飽きている」
私の話が面白かったのか笑みを浮かべて頷いている。
使えそうなものがあるなら、カトレニアも喜んでくれるに違いない。
「私共は貿易船も持っておりますが、小商いの商人達も組織しております。陛下のご注文は石橋を通る商人に託しましょう」
「よろしく頼むよ」
商人が部屋を出て行ったのを確認したところで、レブナンに横やりを入れた非礼を詫びた。
とんでもないと言っていたけど、本来ならレブナンを通して頼むべきことだったに違いない。
仕事を部下にさせてその責任を取る。基本は作業の流れを管理することになるんだろう。
親父が言っていた工程管理とかいう奴だな。
遅れを早期に見つけて、その対策を考えるのが上に立つ者の仕事なんだそうだ。
案外、国作りにも使えそうな気がする。
昼食後にヨゼニーを呼びよせ、中庭のログハウスがどうなったかを確認すると、一応形にはなっているようだ。
「大鍋を台所から運んだ時にはラドニア様に睨まれましたよ。トリニティ殿が欲しいと言ったら、お玉も用意してくれました」
「お玉は返しといた方が良いだろうな。薪はたっぷり用意してくれたなら、これを運んでくれないか?」
大きな木箱から蒸留器を取り出した。蒸留釜だけで2分割されてるし、上部の管から伸びるコイル状の配管は別になっている。カゴに大きなステンレスの容器や温度計、比重計を入れて、ガラス製のビンを数本用意しておく。さすがに2ℓほどは取れないだろう。蒸留器の中に入れられるワインの量は20ℓ程度だからね。
私達が荷物を運んでいるのに気が付いたマギィさんがカゴを1つ持って付いてきてくれた。
「何を始めるんですか?」
「新たな産業を作ろうと思ってるんだ。どれぐらい時間が掛かるか分からないけど、出来たら試飲してもらうつもりだ」
ちょっと笑みを浮かべてくれたけど、その後は首をひねっている。
この世界で、まだ蒸留酒を見たことが無い。たぶん売れるとは思うんだが、商人達がどれほどの値を付けてくれるか楽しみだ。
それに、城にやって来た商人達にワイン以外の酒を頼んでみたけど、何種類かあるような素振りだった。
その中に蒸留酒が含まれていないこと祈りたい。
「大鍋にこの容器を入れるんだ。鍋の水は沸騰するだろうが、この容器に入れるワインは沸騰しない。それがこの仕掛けの良いところだよ」
「はあ……。私は、このカマドに薪をくべるだけで良いんですよね?」
ヨゼニーに理解しろと言っても無駄なんだろうな。
大鍋の水を絶やすことなく沸騰させ続けてくれるなら、それで十分だろう。
ワインのタルを運んでもらって、蒸留機に大きなヒシャクで入れる。上蓋を閉じて準備は出来上がりだ。
「小さなカマドにポットを乗せておきます。大鍋の水が減ってきたら、ポットのお湯を注ぎます」
「そうだな。水を入れたら、沸騰が停まってしまいそうだ。ヨゼニーの同僚も呼んできた方が良いぞ。今夜はいつまで掛かるか分からないからね」
蒸留器の上部にある配管に、コイル状の配管を取り付けて天井から吊り下げた。コイル状の配管の終端にはコックが付いているが、今は閉じた状態だ。
コックを木製の台に固定して、小さなテーブルの上に乗せておいた。コックの下にガラスビンを置いて蒸留したアルコールを回収する。
コイルを濡れた布で巻いておいた方が良いかな? 自然冷却だからコイルが熱くなるようなら布に水を掛ければ良いだろう。
「こんなものかな……。夕食後に始めよう。ラドニア小母さんに夜食を頼んでおくよ」
夜食と聞いてヨゼニーが笑みを浮かべる。
まだワインよりは食事の年代だからかな?
夕食後に中庭のログハウスに入ると、ヨゼニー、ラクネムは一緒に戦った仲だが、もう1人いるようだ。
「すでにカマドには火を入れてあります。こいつは俺達の遊び仲間でだったんですが、剣の腕が無いんで城の下働きをしていたんです」
「初めてお目に掛かります。ビグザと申します。馬の世話をしておりました」
子供の頃は一緒に遊べても、今は別の道ということなんだろう。今回は戦ではないから誘ったということなんだろうが、私にとっては思わぬ拾い物を見付けた感じだ。
上手く行ったら、ビグザに任せられそうだ。
「来てくれて嬉しいよ。ヨゼニー達をこれに付かせると、戦力が減ってしまいそうだ。上手く行くようなら、ビグザに配下を付けてこれを任せられるからね」
部下ができるかもしれないと聞いて、ヨゼニー達も彼の肩を叩いて喜んでいるようだ。
「さて、始めるぞ。先ずは下の大釜の水を沸騰させるんだ!」
私の指示で3人がカマドの火の勢いを上げる。
沸騰するまでは少し時間が掛かるだろう。粗末なベンチに腰を下ろして、3人の作業を見守ることにした。
水の沸騰点は100度だが、アルコールはそれよりも低い温度で気化が始まる。蒸留器内のワインの温度を90度以上に上げれば十分だと思っているんだが……。
水温計はバイメタル式のものだから測定値の誤差は大きいが、水銀温度計でたまに温度を確認する。
どうやら、直火で温めている大鍋の水温よりも蒸留器内のワインの温度差は5度程度で推移しているようだ。
「中々良い感じだ。ビグザ、この針を見てくれ。こっちよりもこっちの方が低いだろう? この針の位置に注意してほしい。もう直ぐ大鍋が沸騰するだろう。その後は、この針の位置は変らない。このワインを入れた容器の針だけを注意してくれれば良い」
「板に、その針の位置を描いておきます。壁に貼っておけば忘れませんから」
簡単なマニュアルということなんだろう。
何度か繰り返して、要点を板に書き込み壁に並べれば立派なマニュアルになりそうだ。
ツンとアルコールの匂いがしてきた。どうやら少し溜まったようだな。
コックを開けて最初の蒸留物を取り出す。
ビンに入ったアルコールは100ccに満たない量だ。最初の蒸留物は飲めないと聞いたことがあるから、これは捨ててしまおう。
コックを閉じて、改めてビンをしたに置くとコックを開く。
「酒の匂いがプンプンしますね」
「酒の成分だけを取り出してるからね。最初に出てきたものは毒とは言わないが体に良いものではない。必ず捨てて欲しい」
注意点は知ってるかぎり教えておく。
コックから滴る量がだんだんと増えていく。このまま推移するなら直ぐにガラスビン1つは一杯になりそうだ。
2つ目のガラスビンに交換したところで、ビーカーに抽出したアルコールを入れて比重計を浮かべる。
メモリが比重ではなくアルコール濃度だから直読できる優れものだ。水面位置のメモリを読むと、38度もある。
焼酎並だ。果実酒も作れるんじゃないか?
2本目のガラスビンが満杯になり3本目をセットする。まだまだ出るみたいだな。
「ヨゼニー、台所に行ってワインの空きビンを貰ってきてくれ」
「直ぐに貰ってきます!」
念の為に新たな容器を用意して貰ったけど、4本目のガラスビンに滴る量は明らかに低下している。
終点の見定めも必要だな。単位時間の滴下数を終点とするか。30秒ほどの砂時計を用意してあげよう。
「だいぶ出てくる量が少なくなったな。この辺りの見極めは秋になったら何とかしよう。それまでは、これぐらいという感じで行くしかなさそうだ。
まあ、最初はこんなものだろう。火を落としてお湯が冷めたら蒸留器の中身を捨てるぞ。桶は用意してあるんだろう?」
「2つ用意しました。ですがワインですからもったいないと思いますよ」
「飲んでごらん、美味くないよ」
だけど、それも経験かもしれない。ワインのアルコールがほとんど抜けた状態だからね。下水に流しても良いんだが……。
「厩の藁は一カ所に積み上げているんだろう?」
「肥料にするためにそうしています。下の村から定期的に取りに来るんです」
「なら、肥料に掛けてくれ。少しは役立つだろう」
そんな話をしていると、ラドニア小母さんが夜食を差し入れにやってきてくれた。
パンに焼き肉を挟んで軽く焼いたものだけど、ヨゼニー達は目を輝かせている。そんなにお腹が減ったんだろうか?
ポットにお湯はあるから、お茶を入れて貰ってむしゃむしゃと食べ始める。
「だいぶお酒の匂いがするんですが、4人でずっと飲んでいたわけではありませんよね?」
「匂うかな? 私達は慣れてしまったようだ」
ラドニア小母さんの質問は4人でいたずらをしていたのかと怪しんでいるようにも思える。私達が思わず顔を見合わせてしまったから、さらにラドニア小母さんの目が怪しくなってきた。
「ちょっとした実験をしてたんだ。これが成果だよ。ヨゼニー、カップを並べてくれ」
ヨゼニーがテーブルに並べたカップに少しずつガラスビンの中身を入れる。かなりのアルコール濃度だ。ワイン感覚で飲んだらとんでもないからな。
皆がカップを手に持って、鼻をひくひくいわせている。
「ここにコーデリア特産酒の完成を宣言する。乾杯!」
私の言葉に合わせてカップを掲げ、一気に口に入れたんだが途端に咳き込む者が地駆出した。
「ゴホンゴホン……。若様、何ですかこれは? 喉が焼けるようです!」
「確かに酒でしょうけど、こんなにきつい酒は初めてです!」
「きつい酒ではありますが、欲しがる者は多いでしょうねぇ。ワインのように飲むのではなく、少しずつ味わうなら酒好きにはたまらないものになるでしょう」
ヨゼニー達の受けは悪いけど、ラドニア小母さんは気に入ってくれたようだ。
「これを売ることを考えている。ワイン20本分で出来た量はこのビン3つ。どれぐらいの値が付くか分からないが、かなりの値段にはなるんじゃないかな?」
「商人が城にまでやって来るようになりましたからね。私としては、何本かを貿易港のイオニス殿にお渡しするべきだと思います。正当な評価を行ってくれるのではないでしょうか?」
鑑定ということになるのだろう。
できれば熟成した後で行ってもらいたかったが、それでは時間が掛かり過ぎるかも知れない。
「ということだ。今夜はこれでおしまいだが、明日は昼から始めるぞ!」
「城のワイン蔵にはたっぷりとワインがありますからね。だいじょうぶです。頑張りますよ!」
数日の蒸留作業で、ワインのビンに5本の蒸留酒を作ることができた。
ヨゼニー達が3本を持って貿易港に馬を飛ばして行くのを城壁の上で見送る。
貿易港の様子を見て来てくれと頼んでおいたから、帰ってくるのが楽しみだ。




