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1-4 反旗を掲げよう


 昨年秋の徴募によって、ガロード兄さん達は6人ずつ兵士を増やしたようだ。3人一組の編成だから、5組の部隊が7組の部隊になったことになる。私の部隊と合わせれば優に1個小隊を越えるのだが、東の王国の侵攻を一時的に抑えられるだけだと、ガロード兄さんが言っていた。


「トリニティ殿の部隊を、正規兵と見る連中はいないんじゃないか? 何と言っても鎧を着た者は誰もいないし、変な鉄棒の先に短剣を刺した物を担いでいるんだからね。内偵者がやってきても、農民を兵士にしようと努力してるように見えるだけだ」


 私の部屋にやって来たガロード兄さんとサーデス兄さんがそんなことを言うものだから、ライアン姉さんが膨れているんだよね。

 マギィさんがカタカタと揺らしていいるライアン姉さんのカップにお茶を注ぎながらカップを持つ手を押さえている。


「でも、私は兄さん達を越える部隊ではないかと思っていますよ」

「だからこそだ。誰もがそうは思わない。ライアン達が活躍するときはコーデリア家の危機が訪れた時になるだろう。表立っては我等2人に任せておくんだな」


 ありがたい話だけど、それが何時まで続くとも思えないところだ。善悪のバランスはすでに崩れているとエクシアは言ってた。表面に現れるのは時間の問題だと考えているのだが。


「それで、俺達を呼んだのは?」

「そうそう、忘れてました。これを手に入れたので兄さん達にもお渡しします」


 化学繊維で作られた小型のポーチを2人の前に差し出した。

 手に取って、ポーチを開けて取り出したのは、小型の双眼鏡だ。倍率は6倍と低いのだが、監視をするには都合がいいだろう。


「これもお渡しします。同じ目的ですが監視兵に渡せば詳しい状況を探れるはずです」


 伸縮式の単眼鏡は倍率が5倍でしかない。それでも肉眼で監視するよりは、離れた場所で詳しく見ることができるだろう。


「ありがたく頂くが、どうやって使うんだ?」

「私が教えましょう。窓際までご一緒ください」


 ライアン姉さんが兄さん達を連れて窓際に行って双眼鏡の使い方を教えている。

 遠くのものが近くに見えるから、2人とも大きな声を上げて驚いているぞ。


「これは使えるな。領地の見回りには最適だ」

「隣国の監視にも使えるな。ありがたく頂いておくよ」


 喜んで帰って行ったけど、ライアン姉さんはおもしろくなさそうな表情で俺を見ている。

 とりあえず棚の奥からクッキーを取り出してご機嫌を取っておこうかな。

 1人3枚ほどの数だけど、甘いお菓子は滅多に食べることができない。恐る恐る手に取ったマギィさんが一口食べて驚いてたからね。


「なんだか、上手くごまかされてしまったようだ」

「そんなことはないと思うよ。さすがは兄さん達だ。私達を後ろに隠しておくつもりのようだね」


「でも、れっきとした部隊だ。表に立ってこその部隊だと私は思っていたのだが」

「そうだとは限らないんじゃないかな。私達は敵と離れて戦をする。この世界ではそんな部隊は無かったはずだ。弓隊と似たところがあるけど、私達と同じような戦いをするなら5倍以上の兵を集めることになるんじゃないかな」


「要するに、事あるまで隠れるということですか?」

 最後のクッキーをゆっくりと味わいながらマギィさんが呟いた。

「ネコだってネズミを襲うまでは爪を隠しますよ。それと同じことです」


 何か納得してない感じだけど、先ほどまでのとんがっていた感じがお茶を飲んでいる内になくなって来たことも確かだ。


 そんなことがあって、私の14歳が過ぎて行った。

 父様は約束通り軍資金として、金貨を1枚を手渡してくれた。これで次は何を購入しようかな。兵士達の給料はレブナン殿が支払ってくれているようだ。


 ライアン姉さんと相談すると、ラバを2頭に小さな馬車を2台購入することになった。

 部隊の荷物は結構な量になるからということなのだが、馬車は障害物としても使えそうだ。

 さらに1頭と1台を追加購入して、駐屯用のテントや杭なども持ち運びができるようにしておく。

 農家出身の兵士がいるので、ラバの世話は彼らに任せておくこともできるのがありがたい。


 春分の日に、空間から取り出した品は、グレネードランチャー2丁に弾丸が50発だった。

 これは、攻撃魔法を使えない魔道師達に持たせることにした。ライフル銃が邪魔になるから38口径のリボルバーを渡しておく。

 ライフル銃はどうにか撃てるのだが、まだ体が付いて行けない。

 自分専用にとカービン銃を2丁手に入れたけど、兵士達が持つライフル銃と比べると小さいからねぇ……。


 これで第二次世界大戦時の1個分隊を越える火力を持つことになる。

 この世界に魂を移して3年目を迎えることになるが、本当に危機的状況はやってくるのだろうか?

 このまま、この辺境の領主として一生を終えることもあり得るのかもしれないな。


 初夏を過ぎた、ある日の夕食後の事だった。

 いつものように、オーガスト殿から状況が報告されるのだが、今夜の報告はいつもと少し異なっていた。


「東から商人が相次いでやってきております。どうやら、昨年の不作が影響しておるようです。荷車ですから兵士を乗せていないことを確認して通してはおるのですが……」

「隣国は虫害でライムギを食いやられたようです。幸いにも我が王国までは類がおよびませんでした」


「それも難儀な話だな。とはいえ、我が領地は豊かな農地とも言えん。商人達は西や南に流れていくのだな?」

「その通りでございます。一応、城の食糧庫には2個中隊半年分の食料が蓄えられておりますが、これは万が一の時に用いる軍用でございますからな」


 父様の問いにレブナン殿が答えた。

 隣国との最前線でもある我が領地には、いつ何時でも出兵が可能なように食料と武器が用意されているのだ。

 国王陛下より頂ける金貨10枚は、これらの維持にも使われるんだろうな。

 

 夏も終わりに近づいたある夜の事。

 食後の状況報告で、レブナン殿が深刻な顔をして話を始めた。


「お気付きかもしれませんが、夏至を過ぎて一か月ほどは例年通りの天候でございましたが、ここ、一か月は全く降雨がございません。このままでは収穫が半減しかねませんぞ!」

「天候不順は毎年の事ではなかったか? ここ数年が恵まれておったようにも思えるぞ」


 父様は、まだ深刻ではないと感じているようだ。

 今の内に、部隊の非常食を準備しておいた方が良いのかもしれない。不要であれば年越しに皆に分けてしまえばいい。

 手持ちの軍資金を使って、ライアン姉さんにライムギを100袋ほど確保してもらうことにした。


 レブナン殿からの報告聞いてから1か月を過ぎても、全く雨の兆しさえない。

 ここに至って、ついに父様も行動を開始することになった。

 先ずは2つの村に触れを出して、代用食料の確保を命じる。村の雑貨屋には、ライムギを300袋確保するように指示して、代金を先払いする。

 隣国の商人にも、食料の販売は出来ぬことを石橋の関所で告げ、王国内の流通については橋を警備している兵士達に目を光らせることで対処する。

 他の所領も収穫が厳しければ、父様が命じたライムギ300袋は無理かもしれないな。


 父様が触れを出して半月が過ぎた。

 どうにか、他の貴族を先んじたようで、ライムギを100袋ほど手に入れることができたようだ。これで、農民の税をある程度代替できるだろう。


「リンデ川の水量が普段の三分の一以下でございます。村でも浅い井戸は干上がったと報告がございました」

「大飢饉が起こりかねないぞ。ライムギの収穫は?」

「例年の三分の一程かと。私が購入できたライムギと前もってトリニティ殿が購入したライムギを合わせれば、どうにか王国への税を納めることはできます。

 ですが……、我等の手元、いや農民達の食料は無くなってしまいます。すでに村の有力者から税の免除の嘆願が届いております」


 父様がジッと考え込んでいる。

 王国の税は、ライムギの現物だ。それを必要に応じて商会に卸すことで現金を手にする。

 収穫量に差が出ても、集まる穀物の量に変化が無ければ、普段に倍する金額を王国は手にすることができるだろう。

 実際に所領の経営をしていれば、農民の収穫量に応じてのさじ加減も可能なのだろうが、一定量を納める税制である以上、収穫量が激減した状態での税の徴収は農民を離反させることに繋がりかねない。

 一揆は厳罰が王国法ではあるのだが、一揆をせずとしても餓死は免れぬと農民が知ったら、起こるべきしておきるのではなかろうか?


「レブナン、ワシは妻を連れて王都に向かう。税の免除を嘆願してみるつもりだ。ワシの領地だけの話では無かろう。賛同してくれる貴族もいるに違いない」

「税の未納は、王国への反逆とみなされますぞ!」

「税を払えばコーデリア家の所領の住民が餓死しかねない。それは来年の税が皆無となるに同じこと。短期で考えず長期に物事を考えて頂けるよう陛下に伝えるつもりだ」


 父様の判断は正しいのだろう。私も、同じ立場になったら同じ行動をしなければならない。

 だが、王国は貴族達の勢力争いが盛んな場所らしい。本当に民衆の意を汲んでくれる貴族は少ないと、ガロード兄さんが言っていたのが気になるな。

                 ・

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                 ・

 国庫に納める税金の削減を願い出るために、一カ月ほど前に王都に出掛けた両親はいまだに帰って来ない。

 城の城壁から、南を東西に走る街道を眺めているが、今日も両親の馬車を見ることは無かった。

 王宮内で必死に仲間を説得しているのだろう。爵位は低いが何人かの同意が得られれば貴族会議の議題にも上げられると、父上が話してくれた。


「若。ここにおいででしたか。至急、いらしてください。重要なお話があります」


 私を探していたのだろう。騎士を束ねる筆頭騎士のオーガスト殿が私の傍にやってきて低い声で伝えてくれた。

 さて、何だろう? 父上は、『重要な案件は武を束ねるオーガストと内務を束ねるレブナンに相談せよ』と私に言いつけて行った。王都で長期間活動せねばならないと思っていたのだろう。

 だが、『相談しても、決断はトリニティ自らがするのだぞ』とも言っていた。2人の考えが同じであることを祈る気持ちだ。

 まだまだ若輩もいいところである私に、重要な案件を裁けるとも思えない。


 オーガストの後に続いて城壁の上から城の会議室へと向かった。

 会議室とは聞こえがいいが、10人ほどが一緒に食事を取れる大きなテーブルが置いてあるだけの部屋だ。


 部屋に入ると、テーブルに突っ伏してレブナンが頭を抱えている。

 暖炉を背にした位置に私が座り、オーガストはレブナンの隣の席に着いていた。


「それで?」

「お館様と、奥方様が首を刎ねられたそうです。首はその後に西門に晒され、亡骸は野犬の餌となられたとの知らせが入りました」


 オーガスト殿のストレートな話に、不思議と涙が出なかった。

 あまりの出来事に俺の心は閉ざされたのかもしれない。

 領民を思う気持ちが、国王陛下には伝わらなかったということなんだろう。領民から乖離した王侯貴族が跋扈しているとなると……。


「となれば、我がコーデリア家の領地明け渡しの沙汰を持って、誰かがやってくるということか?」

「はい。明け渡しとは表向き、城,や城下の町々を巡っての略奪となるのは必定。どうすれば良いか思案がまとまりませぬ」


 レブナン殿はすでに40の半ばを過ぎている。父君よりも5歳上だと聞いたことがある。できれば狼狽しないでほしいところだが、私に伝えるだけ伝えるとまた頭を抱えてしまった。

 ちらりと、オーガスト殿に視線を向けた。

 表面上は落ち着いているようだが、やはり動揺しているのだろう。視線が定まらずに振らついている。


「我等の扱いはどうなるのだろう?」

「投獄ということでしょうな。良くて3年、早ければ今年中に首が刎ねられます」


 なるほどね。2人と相談せよとは言っていたが、2人とも意見を持っていない場合は私の決断となるのだろうか?


「3つの選択肢があるように思える。1つ目は、王国の沙汰に従い首を差し出す。2つ目は隣国に逃げるということも出来そうだ。最後に、反旗を上げることも可能に思えるのだが?」


「確かにその3つがあります。ですが……、レブナン! こんな時こそその知略を用いぬか」

「はい……。最初の選択では、この領地で人が暮らすことは困難でしょう。明け渡しの軍勢は、民の財産はおろか来年の種すら持ち去るでしょう。

2つ目の選択も同じでございます。一介の民として隣国で暮らせる者はごく僅か。裏切り者の烙印を押されて代々暮らすことになります。

最後の選択はどこまで戦えるかということに尽きますな。1、2度はなんとかなっても、回を重ねるほど敵の数が増えますぞ」


 ちらりとオーガストに視線を向ける。先ほどとはうって変わった鋭い視線を私に向けている。


「オーガスト殿、配下の兵の数は?」

「約50名にございます。私の息子達が21人ずつ率いて、私が10人を率いております」


「レブナン殿の部下は?」

「侍女を含めて15人です。実数はもう少し多いのですが老人には無理と考えます」

「私の部隊が15というところか。総勢でおよそ80人になる」


 反旗を翻すには心許ない数だ。

 もう少し増やしたいな。臨時の徴募を行うことになるのだろうか。


「新たに兵を30人増やしたい。急な徴募兵でも、弓兵としてなら使えるのではないか?」

「前には飛ぶでしょうが、相手を狙うことは難しいでしょうな」

「それでも使えぬという話では無かろう。矢を放てば近寄れんからな」


 流れは3つ目の案ということになるんだろう。

 東の国境となる橋には阻止具と焚き木を積み上げれば、我等の領地に攻め込もうとする時に火を放って止めることもできるだろう。

 西の川は流れは穏やかだが川幅がある。そこにも同じように橋があるから最悪は同じような手を使うことも出来るはずだ。


「今日にも先触れを出して、明日から徴募を始めます。上限は決めませんぞ!」

「今年の税はすでに集めておりますが、いつもの半分にも達しませぬ。ですが王都に送らぬとなれば民に戻せますぞ。それを知れば徴募に応じる者達も増えるに違いありません!」


 これで覚悟は決まった。

 民を考えての父君の行為を反逆とするなら、そのような国王に仕えるのも馬鹿らしい。

 王国の者達から反逆の徒と言われようとも、領地の者達から慕われるならそれで十分じゃないか!


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