7-1 王冠は銀の円環で十分
帰還した当日の夕食は、勝利を祝って何時もよりも豪華な食事だった。
侍女のお姉さん達が頑張ってくれたに違いない。最後の乾杯を終えたところでカトレニアと自室に戻る。
暖炉の前にカトレニアとテーブル越しに座り、リンドネスさんが入れてくれたお茶を一口頂いたところで、ケニアネス公爵領への攻撃の顛末を話すと、涙を拭きながらも最後まで聞いてくれた。
「戦の常だということだが、斬首は当主であるカトレニアの父君だけとした。2人のご婦人と弟君は修道院に送ることにしたよ。
2人の兄君は我等と戦い討ち死にをしている。
最後に妹君は城にいるレブナンの娘であるアイシャさんに預けることにした。同じ年頃の娘さんがいるから寂しくはないだろう。現在は東の砦になるが、たまに遊びに行ってあげて欲しい」
「メリダは近くで暮らせるのですか?」
「旧身分は全て無くなれば、それで良いだろう。男子では修道院に送るのも仕方がないだろうが、さすがに幼女を修道院送りにはできないよ」
公爵と公爵夫人が付けていた装身具は、1つを除いて宝石を外してケニアネス家の帰依する水の神のエンブレムに加工して婦人達に手渡した。
1つ残した装身具はイヤリングだったが、メリダ嬢が14歳になったら、カトレニアから渡して貰おう。
生き別れになってしまう以上、1つぐらいは思い出の品があっても良いだろう。
「家族全員の斬首を覚悟していました。父様達のしたことはそれほどの罪に思えます」
「だが、カトレニアを私の妻にしてくれた。私の命を狙ったものだとしても、それはありがたいことだと思っているよ」
今夜は床を別にしよう。
夫である私に知られずに泣きたい夜になるだろうからね。
翌日は、朝早くにカトレニアに起こされてしまった。
領主である以上、他の模範とならなければということらしい。
朝食前のお茶を頂きながらカトレニアの話を聞くと、どうやら子供達を相手に授業を始めたらしい。
「下の村から3人、飢えの村から2人、山の民の村から2人の7人です。男子が4人に女子が3人。先ずは読み書きから教えるつもりです」
「長く掛かるかもしれないけど、よろしくお願いするよ」
貿易港でも始めるから、10年後が楽しみだな。
できれば三角関数を覚えて貰いたい。サインとタンジェントだけでも覚えて貰えれば、コーデリア領の正確な地図が描けるはずだ。
「寄宿学校を作っても良さそうだね。読み書きと計算を覚えて、それを仕事に生かすために学ぶにはある程度の年数が必要だろう。カトレニアのところにやって来た子供達は年代がバラバラなんじゃないかな? ある程度の年代に揃えた方が、子供達は理解しやすいはずだ」
「10歳から12歳です。やはり年上の方が覚えるのが早いと感じました」
それぐらいなら仕方がないかな?
落ちこぼれは作りたくないし子供達だって必死に学びたいに決まっている。
たぶん家族の期待を込めて送り出されてきたに違いない。
「やはり本が欲しいですね。でも本は修道院で書かれたものですからどうしても高価になってしまいます」
「写本ということだね。少し考えてみるよ。写本は修道院の重要な収入源でもあるから、安くしてくれとは言えないんだよね」
この際だから木版で作ってみるか。
子供達の教科書とするなら、それほど枚数が必要とも思えない。
文字を覚えるのも、書いて覚える方が良いだろう。黒板とチョークはこの世界にあるのだろうか?
レブナンと食後に会談する予定だから、その時にでも聞いてみるか。
「文字はどうやって覚えさせるの?」
「中庭の花壇の1つを平らにして棒で文字を描かせています」
やはり、小さな黒板は必要だな。白く線が描ける石があればそれで十分だろう。
「数は、石を使ってるのかな?」
「山の民の子供達が、たくさん拾ってきてくれました。綺麗な石なんですよ」
嬉しそうに話してくれたから、たぶん大事に使っているんだろう。
小石を木枠の溝に入れたものが初期のソロバンだったらしいから、似た物を作っても良さそうだ。
いっそのことソロバンを作ってみようか。
将来の文官であれば帳簿の管理ができることが条件にもなる。
読み書きソロバンとはよくも言ったものだ。寺子屋は官僚組織に無くてはならない存在だったに違いない。
「これからの時代は騎士と言えども読み書きと計算は必要になって来る。12歳から募集して14歳で文官を目指すか騎士を目指すかの選択をさせたいね」
「それほど文官が必要になるのでしょうか?」
「たとえ文官になれなくとも商人にはなれるんじゃないかな? 村役にもなれるだろうし、触れを出しても、それを領民自らが読めるということは大事なことだよ。
触れを出して、それを読んであげても半分以上は忘れてしまうだろう。触れが読めるなら忘れてもまた読めば良いからね」
コーデリア王国初代の王になるとなれば、治世は試行錯誤の連続だ。各町や村に触れを出す機会が何度も出て来るに違いない。
文章を読んで内容を理解することができる領民に育てたいものだ。
「トリニティ様は、領民にも知識が必要だとお考えなのですか?」
「学ぶ機会は本来平等であるべきだよ。全く文字も読めないし書けない。その上計算もできない領民とすることは王政を敷きやすいだろうね。愚民化政策とも呼ばれるやり方だけど、それでは王国の将来は危ういものになってしまう。
可能であるなら、私の政策に反論できる領民を育てたいものだ」
カトレニアも驚いているけど、後ろで私達の会話を聞いていたリンドネスさんの方がもっと驚いているようだ。
ポカンと大きな口まで開けたままだ。
「王政の批判は厳罰、場合によっては極刑ですよ!」
「だから、反論できないように領民を学ばせないようにするんだ。だが、それは王侯貴族の退廃を招いてしまう。王国は王侯貴族のものではない。本来は王国で暮らす全員のものであって、国王はその代表者であるべきだと思う。
領民の鏡になるべき存在であって、領民をないがしろにする存在ではないはずだ。
私が求める王国はそこにある。
とはいえ、理想で王国が作れないことも理解しているつもりだ。朝食後にはレブナンとその整合性について議論するつもりでいる」
そう2人に言っても直ぐに理解できることでもないだろう。最近までは支配者層である貴族の中にいたんだからね。
少しずつ私の理想を説いていく必要がありそうだ。
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城に戻った翌日。朝食を終えて会議室に向かうと、レブナンとマクセルが席に着いて私を待っていた。
ラドニア小母さんまでいるのは、私達3人ではお茶を出すものもいないだろうという親心なんだろうな。私の席の後ろの方でお茶の準備をしている。
「おはよう。待てせてしまい申し訳ない」
「おはようございます。とんでもございません。先ほど参ったばかりであれば、御心配には及びません」
全員が椅子から立ち上がって、私に深々と頭を下げながら挨拶をしてくれた。
城の中ぐらい、ましてや反旗を翻した同士でもあるんだからそれほどかしこまる必要は無いと思うんだけどねぇ……。
私が席に着くのを確認して3人が腰を下ろす。
全く面倒な礼儀だな。先ずは、これを治していくべきかもしれない。
「私と会談したいという申し出をありがたく思っております。私の後継としてマクセルをトリニティ様のお役に立つよう指導する所存であれば、この席への同席をお許しください」
「多い方が良いかもしれない。レブナンを呼んだのは例の件だ。この地で覇を唱えた以上、ローデリア王国の法から外れてしまう。新たな法を考えて欲しいと伝えたのだが、どの程度まで進捗しているかの確認と、新王国の建国を領内に宣言する手段の依頼ということになる」
すでに壮年の域に達しているマクセルさんは心配そうな表情を父であるレブナンに向けているし、お茶のカップを配っているラドニア小母さんは私の言葉に頷いているようだ。
「治世の基本を法で定めるのは賛成できます。ローデリア王国の法体型を見ながら鋭意進めているところですが、本当に永代貴族を廃止するおつもりなのでしょうか?」
「永代貴族制度は百害の元凶だ。初代、次代は貴族である誇りで与えられた使命を遂行してくれるだろう。だが、代が続くにつれ使命を忘れ誇りだけが膨らんでいく。
それがローデリア王国の現状ではなかったか? それを防ぐ唯一の方策が1代貴族制度になる。公爵も男爵もないから、新たな呼び名も必要だろうな」
「親が子に仕事を引き継ぐのは当たり前のように思えますが……」
「レブナンの子息であるマクセルは、さすがにマクセルの子であると誰もが言っている。親が仕事を子供に引き継いでいくことについて、私は親として当然の思いであると考えている。だが、その子供が問題なのだ。
誰もがマクセルではない。それに子供にも将来の望みはあるだろう。親を越えっる働きをしたいと願う者もいるはずだ」
「トリニティ様は、与えられた仕事を権益化することを恐れていると?」
「世襲の弊害は無くしたい。国を興す以上、長く続く王国にしようではないか。法の整備は国王となる私の権限についても十分注意してほしい。
我等が反旗を翻したのは、ローデリア王国の国王の裁可によるものだ。
なぜあのような悲劇が起きたのか、それを防ぐにはどうしたら良かったかを考えねば、王国の歴史に同じ場面が現れかねないぞ。
国王の権限を縮小しても構わない。場合によっては、その権限の行使に合議制を取り入れても良いだろう」
「文官を増やしたいと言った理由がそれですか……」
「文官と言えば、ハーレット王国の御用商人と懇意になった。ユグルド商会のフルネンと言ったな。彼の商会から手代夫婦を借り受けて、貿易港の長官補佐に任命した。貿易港の早期復興には役立ってくれるだろう」
ユグルド商会の名を告げた時、レブナンの驚きの表情が増した。過去に何かあったのかもしれないな。
「早々に城に戻られた背景にはそのようなことがあったのですな。それで長官は?」
「ガロード兄さんの配下の騎士だ。家族持ちだから丁度良い。仕事は任せて裁可の責任を取るように言い付けてきた」
「上手く貿易港の役付達を御すことができればよろしいのですが」
「役付の連中はほとんど一新している。全く碌な連中じゃなかったな。銀貨で彼等の裁可を下したのだが……」
簡単に裁判の方法とその結果を教えてあげると、レブナンは驚きから呆れかえった表情に変わってきた。
温くなったお茶を飲みながら私の話しに聞き入っている。
「……全く驚かされます。とはいえ、その方法で領民のすぐ上に位置する役付の評価が行えるのも確かでしょう。それは王国の治政に取り入れても良さそうです」
「少し乱暴な手段でもある。その辺りの調整はレブナンが行ってくれるとありがたい」
「1代貴族の評価にも使えますな。……お任せください。最後の建国についてですが、要望はございますか?」
「できるだけ簡素にして欲しい。余分な出費など持っての外だ。建国には色々と出費が重なるだろうからね。だが、領民にはワインを1杯、子供達には菓子を一掴みぐらいは与えたいものだ」
「分かりました。それで、王冠はケニアネスの財貨を使うことでよろしいですか? 金貨だけで1千枚を超える額が運ばれてまいりましたが?」
鋳つぶして王冠を作るということなんだろうか?
そんなもったいないことをするようでは国王として問題なんじゃないか?
「金貨は国作りの資金に必要だろう。銀で十分だ。それも装飾は必要ない。指の太さの円環を作ってくれれば、それを被るよ。妻の分は一回り小さく作れば十分だ」
「王冠を銀で作るなど聞いたことがありません!」
「4柱の神々の冠は花や蔦ではないか。私が銀の冠を被ると思うとそれだけでも恐れ多いと感じているんだが」
「それは信仰の対象であって……、理解いたしました。そのように手配いたします」
レブナンの言葉が途中で途絶えたけど、何か思い違いをしているようなことは無いだろうな?
まぁ、金の王冠なんていつも被っていることなどできないからね。その点、銀の円環なら鉢金代わりにも使えそうだ。




