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6-9 国境線は短い方が良い


 2日目も夜半過ぎに火矢を浴びせる。

 ライアン姉さんがバレットで大型の銃弾を門に撃ちこんだようだけど、石垣で様子を見守る貿易港の守備兵はだいぶ少なくなってしまった。

 北側から総攻撃を行っても、被害が少ないかもしれないと皆は考えているようだ。


「たまに顔を出すのだが、弓を射ろうとはしない。ジッと耐え忍んでいるのだろうか?」

「城壁まで100リオンまで攻城兵器を近づけても、反撃しようともしない。投石機は2つとも破壊されたと見るべきだろうな」


 ライアン姉さんとガロード兄さんは、北門を破壊して総攻撃をしたいのだろう。

 白兵戦は騎士の誉れとも言われてるからねぇ。分からないでもないけど犠牲者が多いことが問題だ。

 やはり当初の計画通りで行こう。

 

「兄さん達の武技は私も知っています。でも民兵だってかなりの数ですから、ここは当初の計画通りに行きましょう。それに、明日の夜が決行の日です。今夜は適当に攻撃しても、明日は派手にお願いしますよ」

「弟に華を持たせるのも兄の務めだ。今回は譲っても次の戦は私達が存分に戦えるような策を頼んだぞ」


 兄さんの言葉に、ライアン姉さんも頷いている。

 困った兄弟達だな。

 次は、威圧だけで軍門に下るような下級貴族なんだけどねぇ。


「それで、私の部隊から1班だったな。一応人選は出来ているが、本当に3人だけで良いのか?」

「別に軍政を敷くわけではありません。私達に贅を治めて、コーデリアのやり方で処罰を行えば良いだけです。その監視をお願いするだけですからね」

「抱き込まれることも考えねばなるまい」

「その時は、その時です。私兵を持たせずに治安維持だけですから、維持費も少なくて済みますよ」


 それは、もろ刃の剣でもある。貿易港から旧ケニアネス公爵の私兵、それに傭兵を追い出すことになるのだが、他の貴族側に雇われて再び私達の前に現れるだろう。

 オーガストなら禍根を残さぬように首を刎ねるだろうが、彼等にチャンスを1度は与えても良いだろう。

 廃業して土を耕すようなら良いのだけれど……。


「明日はガロード兄さんに期待してますよ。上手く捕縛できるとは限りませんから」

「任せとけ。抵抗すればそれなりに対処してやる」


 安心できないけど、兄さんなら負けるなんてことは無いだろう。

 武装解除して、銀貨を何枚か握らせて追い出そう。2日も歩けば貴族領に着くだろうし、ここで暮らすなら武器はいらないはずだ。


 場所と方向を変えて十数本の火矢が石垣の向こうに飛んでいく。

 ガロード兄さんの方も、ハシゴだけでなく荷車を連結してその上に櫓を組み上げたようだから、次は総攻撃と相手に思わせられるだろう。

                 ・

                 ・

                 ・

 翌日の夕暮れ時にサーデス兄さんの伝令がやって来た。

 海は凪らしい。今夜の攻撃には何の支障もないと伝えてくれた。


「北での騒ぎが上陸時に聞こえない場合は、急いで退却する様に伝えてくれ。こっちの陽動は派手に行うつもりだ」

「港の封鎖と屋敷の占拠。確実に実施いたします!」


 帰還する伝令の後ろ姿を見て、ガロード兄さんとライアン姉さんは笑みを浮かべている。

 困った兄弟だというような表情でラドニア小母さんが2人を見ていた。


「今夜は長い夜になりそうですね」

「あぁ、これでケニアネス公爵の反撃の芽が全て摘まれるはずだ。マギィさん、魔導士に伝えてくれ。用意したグレネード弾を全て撃ち込めとね。ガロード兄さんは状況を見て西から石壁を越えて欲しい。だけど無理はしないでください。数人を上らせて松明を動かせば大勢に見えるでしょう。矢を放たれたら急いで下りてください」


「それじゃぁ、俺の出番がないじゃないか!」

「今回はサーデス兄さんに任せましょう。ずっと後ろで兄さんの活躍を見ていたんですからね」


 ちょっと、顔を赤らめて頭を掻いているガロード兄さんは、悪者にはなれないだろうな。

 しょうがないと顔に出しているラドニア小母さんも直ぐに笑みを浮かべている。


「とはいえ、北門を破らねばなりません。攻城兵器で門を破るか、さもなくば石垣を破壊してください」

「何とも騎士に似合わない仕事だが力自慢は大勢いる。直ぐにでも始めるのか?」

「北の上空にドラゴンブレスを放ちます。それを合図にしてください」


「了解だ!」

 そう言って、ガロード兄さんがテントを出て行った。

 部下と時間までワインを飲むのかな? あまり酔わないように言っておくのを忘れたけど、悪酔いした姿を見たことが無いから、たぶん大丈夫だろう。


 昨夜よりも焚き火は石垣に近付けてある。

 石垣から短弓を放って届くギリギリの距離だが、石垣から矢が放たれることは無いようだ。

 それだけライフル銃に狙撃を恐れているのだろう。

 おかげで、こちらから短弓に混じって長弓で放たれる火矢が、奥にまで届いている。

 その火矢が何かに燃え移ったようで、何カ所か石垣の奥が赤く空を照らしているらしい。


「今夜はお休みになられないのですか?」

「目が覚めたら終わってた……。なんてことになったら私が笑われそうです」


 次の計画を練るのに丁度良い。

 目を閉じて、次の目標を考える。コーデリア領の2倍以上の領地を持つケニアネス公爵領はローデリア王国の南岸沿いを東西に長く伸びている。このままではかつての2倍以上の国境線を持つことになってしまうのだ。

 やはり、コーデリア領の西を攻略しなければなるまい。

 西はジョンデル男爵領だ。コーデリア領と似ているけど、向こうには町が1つに村が3つ。コーデリアよりも裕福な暮らしだと父様が教えてくれた。

 豊かな暮らしが男爵なのか、それとも領民なのか、今では疑問が浮かぶ言葉だ。


 ジョンデル領の街道は2つある。

 1つはコーデリアの西を流れるリンデ川を越える街道で、東の王国からさらに西の王国にも繋がる動脈でもある。

 もう1つはケネス町から北に続く街道で、ジョンデル領内のただ1つの町であるジルーサ町で東西の街道に繋がる。

 ジョンデル男爵の館は、かつて起こったジルーサ町の大火災に懲りて郊外に再建したらしい。

 一番大きな町に隣接した屋敷ということなんだろう。

 再建時に資金が足りなかったらしく、屋敷を取り囲む柵すらないとレブナンが教えてくれた。

 他国と国境を接していなければ、領内は気楽なものに違いない。

 農作物と商人の荷の流れを見るだけの仕事では、歳を重ねるにしたがい堕落していくんじゃないかな。

 彼等の苦労を少しでも軽くしようと考えるようなことは、この世界の貴族の矜持には無いのだろう。

 

 もっとも、ジョンデル男爵が、あの飢饉にどのような措置を領民にとったかを事前に知らねばならない。

 領民に愛される領主であるなら、何とかして傘下に含めたいところだ。


「マギィさん。ジョンデル男爵はどんな人か、噂でも聞いたことがあるかい?」

「ジョンデル男爵様ですか……」


 ラドニア小母さんと顔を見合わせている。

 それだけで、あまり民衆に好かれていないのが分かってしまった。


「商人には評判が良いようですが、農民からは嫌われているようです」

「農家に金を貸し付けて、返せない時には女は王都の娼館に、男は鉱山へと送り込むと聞いたことがありますよ。先代の時に逃げてきた女性を保護したことがあります」


 なるほどねぇ……。商取引の基本は押さえているようだ。

 とはいえ、そのような人物なら願い下げだな。我等の評判を落としかねない。


「貴族が没落したら、どうなるんでしょう?」

「王国から領地を授けられていますから、その領地を管理する報酬として国王陛下が貴族の格に応じた報酬を毎年出してくれます。それが途絶えるということですから、貯えが無ければ10年も経たずに物乞いをするようになるでしょうね。

 親類を頼ることはできそうですが、それなりの金貨を積まねばならないでしょう。

 最後は、飼い殺しに甘んじるか、修道院に向かうか、それとも物乞いという選択になると思います」

 

 そこまで落ちるなら、途中で自殺するんじゃないか?

 私の思いが伝わったのか、マギィさんがラドニア小母さんの話を補足してくれた。

 マギィさんの話しでは、自殺した貴族はローデリア王国の歴史の中にいないらしい。


「責任を押し付けることはできても、責任を自覚することができないようです。罪を自覚できない者は、自殺することもできないようです」


 最後が王都で物乞いとは、情けないにもほどがある。

 藁にもすがる思いで親類縁者を頼るか、それとも修道院に向かうか……。

 修道院も、支援者のいない入門者にはつらい仕事を回すだろう。王都の物乞いと異なるのは、飢え死にを免れるだけの違いかもしれないな。


「次はジョンデル男爵領ですか?」

「落とせば一息付けそうだ。このままでは臨戦態勢を維持することになりかねない」


「部隊がケニアネス領とジョンデル領に分散してしまいますね」

「伝令が重要になりそうだ。ケニアネス領と王家の直轄領が西の森の中で分割されているし、ジョンデル領の街道は貴族領1つ先に王都があるからね」


 防衛陣の構築と伝令部隊は急務になりそうだ。

 ヨゼニーに伝令部隊を任せてみようか。騎士ではないと自ら言っているが、オーガストに相談して部隊長として活躍して貰っても良いだろう。


 夜もだいぶ更けてきたようだな。

 そろそろ頃合いかもしれない。


「ラドニア小母さん。合図をお願いします!」

「始めるのですね。任せてください」


 マギィさんを連れてテントを出て行った。

 私も急がねばなるまい。マントを手に外に出ると、ドラゴンブレスの炎が上空に上っていくところだった」


「「ワアァァァー!!」」

 蛮声が夜空に轟く。

 3つの部隊が一斉に動き出し、たくさんの火矢が石垣の向こうに向かって飛んでいく。

 もう少し近づいても良さそうだな。

 150リオン(230m)ほど離れているなら、敵の矢は届かない。

 石垣に向かって歩く私の傍に荷車が近づいてきた。


「トリニティ様。あまり近づかれるのも……、この荷車の陰で状況を見ていてください!」


 荷車を曳いてきたのはヨゼニーだった。山の民の若者2人も一緒だ。


「かえって一人の方が的にならないと思うんだけどなぁ……。だけど、ありがとう。矢が飛んで来たら急いで陰に隠れるよ」

「確かに矢が飛んできませんね。弓兵が底を着いたんでしょうか?」

「こっちを狙う暇もないってことだ。ガロード兄さんがあんなのを使おうとしてるからね」


 動きまわる焚き火に、荷車の上に築いた足場が見える。全面は盾で覆っているから矢をものともせずに石垣に近付いているようだ。

 なんとしても荷車を止めようと、石垣の上から火矢を放っているようだが、良い的になっているようだ。

 次々と良さが気の上から、銃弾を受けて落ちている。


 ドドーン! と地響きが聞こえてきた。ライアン姉さんの部隊が攻城兵器を門にぶつけたようだ。

 これで騒ぎを大きくできるぞ。

 突入に備えて門の広場には兵士を待機させているに違いない。それだけ石垣の上や港から兵士を移動することになるだろう。


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