6-7 陽動の始まり
夜遅くに、サーデス兄さんからの伝令がやって来た。
まだ若い騎士だが、一番聞きたかったことを簡潔に報告してくれた。
「そうか、漁船6隻に漕ぎ手付なら作戦には十分だと思う。それで海の様子は?」
「今夜にでも漕ぎ出せそうです。漁師の話しではしばらくは海が荒れないだろうと言っておりました」
海で暮らす漁師の言葉なら十分に信用できそうだ。だが、それほど長くは続くまい。
「基本は明後日の夜になる。新月前になるから真っ暗闇の海を進むことになる。明後日まではゆっくりと体を休めて欲しい。なるべく貿易港の兵をこちら側に近付けるつもりだ。成功したならドラゴンブレスを上空に放ってくれ。最後に、船を出せない時は夕暮れ前に伝令を頼んだぞ!」
マギィさんがメモを渡しているから、サーデス兄さんに間違いなく伝えられるだろう。
騎士の礼を私に向かってすると、伝令が出て行った。
「ここまではトリニティ殿の策ができたということになる。我等もそろそろ始めても良いのではないか?」
「もう少し待ちましょう。貿易港の兵士達が寝静まってからが効果的です」
「グレネード弾の炸裂はそれほど大きな音にはならないでしょう。こちらもドラゴンブレスを合図にしては?」
その方が確実かもしれないな。具申してくれたラドニア小母さんに笑みを浮かべて頷いた。
少なくとも松明を持って動き回っているから、敵側も石垣の上に見張りの兵士を配置しているようだ。
ドラゴンブレスでどれだけ慌てるかも見ものだけど、生憎と石垣が邪魔をしてるんだよなぁ。
「とりあえずは、ワインでも飲んで時間を潰してください。ついでに旧ケニアネス領での兵士をどのように徴募するかを考えて欲しいですね」
「徴募?」
ガロード兄さんが聞き返してくる。
前にも言ったような気がするけど、もう1度必要理由を説明することになった。
「制圧しても、その維持をする者がいないってことか……。兵士を募って、私の部下を付ければ形はできそうだな。もっとも戦はしばらくは無理だから、治安維持ということになるな」
「その部下をそのまま、町に配置することも考えてください。所帯持ちなら理想的なんですけどね」
騎士や兵士だけでは持ちの連中がおどおどしそうだ。
婦人が一緒なら、町での買い物などを通して私達が今までの領主と異なることを知らせることもできるに違いない。
「そうなると……、直ぐに答えが出ないな。副官と考えてみるか」
そんなことを言いながら、ワインのカップを持ってガロード兄さんはテントから出て行ってしまった。
「ちゃんと見付けられるだろうか?」
テントの出入り口を見ながらライアン姉さんが呟く。ラドニア小母さんも頷くぐらいだから、答えは出ないとかんがえといた方が良いのかもしれない。
その時はオーガストに相談してみよう。部隊の半数近くが所帯持ちと言っていたからね。
ケニアネス領を併合するだけで最低数人の文官が必要になりそうだ。治安維持を考えると騎士や兵士も軍務から外すことになりそうだ。
急激な拡大は戦力の分散に繋がりかねない。
その辺りの調整をどうするか……。
思い切って租借地にしてみることも視野にいれておこう。
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「トリニティ様。だいぶ星が動きました。そろそろ始めてもよろしいかと」
マギィ桟の言葉で目を開けた。
少し寝ていたのかな? 時計を取り出して時間を確かめる。太陽の南中時で正午を合わせた時計だから、正確な時間は分からない。
それでもおおよその目安にはなる。現在は2時過ぎだ。6時前に薄明が始まるから、確かに頃合いには違いない。
「始めるか。ヨゼニー、ラドニア小母さんにドラゴンブレスを上げるように伝えてくれ」
「了解です!」
マギィさんの後ろに控えていたヨゼニーがテントを飛び出して行った。
さて、私も外で状況を見てみよう。
マントを羽織り外に出ると、焚き火の傍にラドニア小母さんが座っていた。
「もう直ぐ始まりますよ。なるべく攻城兵器の近くで撃つように伝えてありますから」
私にそう告げると、立ち上がって南に視線を向けた。
突然、空に向かって白く光る炎が延びる。
1発だけかと思ったら、少し離れた場所からもう1筋の炎が上空に上って行った。
「「ワァァ……!!」」
兵士達の蛮声が聞こえると、石垣の向こうで炎が上がった。
火矢が一斉に2度撃ちこまれると、次の火矢は全く別の場所から放たれる。
幾度か交互に撃ちこまれると石垣の上に弓兵が並び始めたのが見て取れた。
弓を引き絞った弓兵が突然石垣から落ちる。
遅れて銃声が聞こえてきたから、ライアン姉さん達が予定通りに狙撃を始めたのだろう。
「狙いは良いようですね」
「かなりの被害を与えている。これも想定外ということなんだろうね」
また石垣の向こうにグレネード弾が炸裂したようだ。今度は中々消えないところをみると投石機にでも当たったのかな? それとも広場近くにある警備兵の詰め所を直撃したのかもしれないな。
「中々消えませんね。もっともそれどころではなさそうですけど」
マギィさんの言葉に小さく頷いた。
かなりの火矢が撃ちこまれている。
北門の頑丈そうな扉にも何本か突き刺さっている。もう少し撃ちこめば燃え上がるかもしれない。
「石垣から矢を放つためには体を出さなくてはなりませんからねぇ。あれでは良い的になるだけです」
それだけではない。私達の軍は松明をあまり使ってはいないけど、石垣の上ではいくつもの松明が焚かれている。
そのおかげで敵の弓兵の姿が、ここからでも容易に分かるほどだ。
「でも、次々と弓を持って現れますねぇ」
「無尽蔵ではないはずだ。良いところ2個小隊とみるべきだね。朝までに半減してしまうだろうけど」
「サーデス様に今夜と告げなかったんですか? これなら容易に上陸できそうですよ」
ラドニア小母さんは少し不機嫌そうだけど、なるべく犠牲は出したくない。
「疲れさせた後からの方が犠牲は少なくて済みますからね。見てください、次々と弓兵が上がってきます。ことを急げばあの半分がサーデス兄さんに向かって行きます」
突然、巨大な火の玉が石垣の向こうから飛んできた。
投石機からカゴに可燃物を入れて撃ち出したんだろう。荒れ地を転がっているが、ライアン姉さん達に被害は無さそうだな。
「150リオン(230m)には届かないようです」
「あの重さでそんな距離だとすると、石を飛ばせば100リオン程度になるんじゃないか?」
それでも脅威には違いない。
北門を進めば左右の投石機が交互に石を飛ばすということなんだろう。
さて、次は? と門を眺めているのだが、中々次が飛んでこない。
ようやく次の火の玉が街道の東に落ちたのは、だいぶ時間が経った後だった。
発射間隔が15分は長すぎるだろう? やはり、グレネード弾で1基が破損したのかもしれない。
先ほど火の手が上がった場所はまだぼんやりとした明るさがあるから、完全に消えてはいないみたいだ。
「やはり、投石機の1基が壊れたみたいですね。あの火の玉なら避けることもできるでしょう。薄明まで火矢を放ってください」
私の言葉に伝令が走っていく。
薄明までもう少しありそうだ。それまでに少しでも打撃を与えておかないと……。
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闇を切るように飛ぶ火矢は遠くからでも視認できるが、薄明が始まるとだんだんその姿が見えなくなってしまう。
朝日が昇るころになっても、まだまだ矢を射込んでいるようだ。
そろそろ攻撃を終わりにして、ライアン姉さんの部隊による狙撃だけに切替えよう。
「ヨゼニー、攻撃中断を連絡してくれ。ライアン姉さんのところは石垣の上の弓兵を引き続き攻撃だ」
「了解です!」
「これで貿易港は守りを固めると思いますよ」
馬に乗って出掛けて行ったヨゼニー達を眺めながら、ラドニア小母さんが呟いた。小母さんの部隊はショットガン部隊だから本来は待機となる。だけど部隊員が剛腕揃いだから短弓の名手も多いようだ。そんな連中だけで石垣に近付いて矢を浴びせていたようだ。
「石垣に近付かないようにして、徴発してくれれば十分だ。攻撃はライアン姉さんに任せる。夜になったら再び火矢を放つ。昼間は兵士を休ませよう」
いつ総攻撃が始まるかと、石垣の中では大騒ぎだろう。
騒がせておけば良い。それなりの犠牲者も出ているから、噂が噂を作って行くはずだ。私達の部隊が膨らんで見えるんじゃないかな。
恐怖はストレスを増大する。ましてや睡眠不足がそれに追い打ちをかける。
海を警戒するような判断をできなくなってくれれば良いのだが。
「戻りましょう。朝食が出来ているはずですよ」
「兵士達の分も作ってあるんだろうね。頑張ってくれた兵士より先に頂くのは指揮官として失格に思えるんだが?」
「先ほど部下が一回りして確認しています。大鍋のスープが兵士達の帰りを待っていると言っておりました」
それなら十分だろう。
寒さをものともせずに攻撃してくれたのだ。陣に戻って頂く暖かなスープは何よりの御馳走に違いない。
「ヨゼニー、攻撃部隊の隊長達に、『朝食が済み次第テントに集合』と伝えてくれないか。今夜の攻撃の打ち合わせだ」
「了解です」
「伝令はヨゼニーの役目になりましたね」
「山の民の少年達の良い兄さんという感じだね。同僚のラクネムはおとなしいんだが、魔導士達と行動してる。おかげで魔導士をあちこち派遣しても安心していられるよ」
その魔導士達も身体強化を一時的に付与するぐらいが良いところだ。攻撃魔法は魔導士の体力を著しく消耗するらしい。
その上威力がグレネード弾並なら、飛距離のあるグレネードランチャーを持たせた方が効果的だ。
テントの中は暖かだ。マントを脱いでテーブルに着くと地図を眺める。
初日はこれで十分だろう。
次の一手も、同じではオーガストに笑われそうだ。
兄さん達は昨夜と同じような攻撃でも満足してくれるとは思うんだけど、攻城戦は初めてだからねぇ。
できれば今日にでも降伏して欲しいところだけど、向こうもまだまだ戦意は高いようだ。




