1-3 部隊創設
城の裏庭にライアン姉さん達とやって来た。
城の北にはブドウ畑が広がってるのだが、城の陰になるこの場所まではブドウ畑を広げられなかったようだ。
横幅30m、奥行きは150m程の広場は、騎士に憧れる若い兵士達が毎朝ここで長剣の練習をする。私もライアン姉さんに連れられて通った場所だ。今は昼下がりだから誰もいないのも都合がいい。
「ところでトリニティ殿は、このような武器で敵と戦うことができると思っておいでか?」
「十分に戦えます。騎士の得意とするのは白兵戦ですが、数を頼みとする敵を相手にするには、問題があることも確かです。……あの打ち込み用の人形を動かすことができますか?」
「造作もない。どこに置くのだ?」
「あの石壁近くに置いてください」
ライアン姉さんが、ヨイショっと古い革鎧に藁を詰め込んだ人形を軽々と背負うと、東の石壁際に持って行った。
距離は80リオン(120m)と言うところだろう。
「置いてきたぞ。まさかトリニティ殿がここから走って、あの人形に先ほどの銃剣とやらを突き刺すのではないだろうな?」
笑顔を向けて私に問いかけてきた。
姉さんが見てあげるから、早くやってみなさい。という感じの口調なんだけど、ちょっと違うんだよね。
「先ずは、このモーゼルライフル銃、……長い名前は嫌ですから、ライフル銃と言いましょう。これを使ってみます」
拾床に密着するような形で折り曲げられたボルトを起こして手前に引く。銃の弾倉の金具にクリップをかみ合わせ、強く親指で押し付けて5発を装填する。
ボルトを押し上げて、前に戻せば準備完了だ。
「ちょっと大きな音がしますよ。あの人形を、ここから攻撃します!」
俺の言葉が信じられないような表情をしているけど、2人とも耳を手で覆ってくれたのを確かめたところで、膝撃ちの姿勢を取って人形に狙いを付けた。
バン! 甲高い音が裏庭に響く。
発射音と同時に人形が揺れたのは、弾丸が当たったに違いない。ライフル銃のセーフティを作動させたところで、2人を伴って人形のところまで歩いて行った。
「あの大きな音と共に、この人形が揺れたんだが……。 馬鹿な。この穴は運んだ時には無かったぞ!」
ライアン姉さんが、革鎧の胴に空いた穴に指を差し込みながら私に顔を向けた。人形の後ろに回ってみると、大きな穴が開いている。弾丸がつぶれたせいなのは分かってるけど、これほど入り口と出口で穴の大きさが異なるとは思わなかったな。
「これが、この武器の使い方なんです。およそ200リオン(300m)以上離れていても、敵兵はこの鎧と同じ運命をたどるでしょう」
「矢とは異なるのだな。もっとも、矢では精々が50リオン(75m)ほどの有効射程ではあるのだが」
「魔法ということなのでしょうか? 天使様の贈り物であるなら使うに問題はなさそうですけど」
2人の反応は、使えるということになるのだろう。
ショットガンも試してみたけど、こっちは鎧の裏まで貫通するということはなかったが、革鎧に大きな穴が開いたことに2人が感心していた。
次はライアン姉さん達の番だ。
2人に納得するまで銃を使って貰ったところで、裏庭を後にした。
改めて私の部屋に戻ったところで、マギィさんがお茶を入れ直してくれた。
ライアン姉さんはジッと腕を組んで考えている。
どんな提案が出てくるんだろう。ちょっと心配になってきた。
「かなり強力な神器ということになるだろう。それを使うのが天使と意思を交わした本人以外の人物にも使用できるということは驚く限りだ」
嬉しそうにライアン姉さんがライフルを撃っていたからね。マギィさんは3発でやめたんだが、姉さんは2クリップ合計10発も使っていた。
「そうなると、新兵でも良いということになりますね。取入れを終えた今なら、新兵の募集に応じる者が大勢いると思いますよ」
「だが今までの武器と異なり、少し頭を使わねばなるまい。まったくの馬鹿では話にならん。力自慢でなくとも、少しは知恵のある者が欲しくなるな」
「それを補うために魔導士も欲しいところです。攻撃魔法が使えなくとも、補助魔法で兵士の体力を底上げできるのがいいですね」
「兵士は私が見繕う。魔法使いは、2人は必要だろう。マギィに頼んだぞ。後は兵舎だが、緊急時の駐屯用の兵舎をとりあえず使えばいいだろう。ところで軍資金は?」
父様から頂いた金貨を6枚テーブルに乗せる。
「これで何とかなりませんか?」
「兵士の初任給は、1カ月で銀貨1枚。兵士を15名に指揮部隊の5名を2枚とすれば……、1年で銀貨300枚程度になるな。金貨1枚は銀貨200枚だから、兵士の給与だけで金貨2枚は必要だ」
「食料も考えませんと、ある程度自給できなければなりません」
「金貨1枚を見込んでおくか。後は?」
最後は軍装ということになる。これは可能な限り安くということで、サバイバル用の装備を箱から取り出して2人に見せる。これと似せた軍服を村の仕立屋で作ってもらい、ブーツは農作業用の少し頑丈な品を使わせることでライアン姉さんが納得してくれた。
装備で金貨1枚を見込んだから、残りが2枚になってしまったけど、まだまだ不足するものだってあるに違いない。
やはり軍隊はお金が掛かるってことなんだろうな。
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1か月が過ぎた。
たまにライアン姉さん達が私の部屋にやってくると、新しい部隊の状況を教えてくれる。どうやら選抜が終わって、15名の兵士は宿舎の掃除をしているようだ。
1つ問題があるとすれば、男女の比率が同じぐらいになったらしい。
それでも、ちゃんとライフルを撃てるらしいからだいじょうぶだろう。
「やはり屈強な体格の若者は、兄達に取られてしまった。申し訳ない」
「気にしないで欲しいな。ガロード兄さん達なら、是非とも屈強な兵士を揃えなければならない。表立っては、ガロード兄さん達がこの領地を守る要でもあるんだからね。私達はその手助けをする部隊だと割り切ることが大事だと思う」
「そう言ってくださると助かる。父上に直訴したのだが……」
「たぶん、笑ってなかった?」
私の問いに、ライアン姉さんが恥じ入るような表情で小さく頷いた。
まだまだ理解されないだろう。1戦すればその威力に驚くんだろうけどね。
「ライフルの分解、掃除、それに組み立ては問題ない。そろそろ、射撃練習をさせたいと思うのだが」
「弾帯の銃弾は全て訓練で使ってしまって構わない。それでも1人当たり150発以上は残るでしょう」
マギィさん達もライフルの分解と組み立てができるようになったんだろうか? 部品の数が多いから苦労しそうだけど、ちゃんとできないと後で困ることになってしまう。
20丁用意したライフルはこれで全て使われてしまったから、また数丁手に入れておこう。ショットガンは余り人気が無いんだよね。
簡単で使いやすいと思うんだけど、20丁もいらなかったかな?
とりあえずしばらくはそっとしておこう。
年が明けると、城の裏庭から甲高い射撃音が私の部屋にまで聞こえてくるようになった。
最初は、酷かったらしいけど、目標との距離と照準を合わせられるようになると格段に当たるようになったらしい。
「100リオン(150m)以下なら、8割がた命中させることができるまでになった。ショットガンの方も、30リオン(45m)ほどで使えば、弓よりも有効だ」
「敵を相手に出来るだろうか?」
「それだけは一戦してみぬ限りは何とも言えない。とはいえ、同じ数であれば魔物でも相手に出来るに違いない」
最初の戦いには、兵士の半分が銃弾を放てれば良いぐらいに思っているようだ。先ずは戦に参加しないといけないだろう。できれば組みしやすい相手であることを祈りたいところだな。
雪が少しずつ融けて春が近づいてきたのが分かる。
春分に私が空間から取り出したものは、銃弾はライフル用が2000発にショットガン用が1000発。拳銃用は種類別に10箱だ。これも半数は訓練で消費されるのだろう。余った重量分を使って、次に欲しい武器の弾薬を手に入れる。
12.5mm口径の弾丸とグレネードランチャー用の弾丸だ。どちらも重量があるから、早めに在庫を確保しておきたい。
出来上がった装備品を兵士達に渡し、軍装に身を包んだ姿は、山岳猟兵の姿そのものだ。
兵士を男女別に2つの班に分けて、班長を決める。腰に付けられる小さなバッグには食器が一揃いと、非常食の乾パンが入っている。600ccほどの小さな水筒にはワインが入っているから、今夜は兵士達も楽しめるに違いない。
「諸君。私が君達の指揮官となるトリニティだ。平素はライアン殿が私の代理を務めることになる。我等の任務は現状では城の防衛になるのだが、場合によっては既存の部隊の応援にも駆けつけることになるだろう」
あまり良い激励の言葉とは言えなかったが、全員が私に注目してくれた。弱兵はいないようだな。さすがはライアン姉さんの目に適った者たちだけの事はある。
全員が立ったままだが、1人1人の姿を目に焼き付けるようにして確認する。最初の戦いで全員が生き残れるとは限らない。
私の思いに答えてくれた兵士を1人1人覚えることは私の義務でもあるはずだ。
最後に騎士の礼を取ると、兵士達が一斉に答礼を返してくれた。
後は、ライアン姉さんに任せればいい。兵士達の宿舎を後にして自室に戻る。
その日の夕食の席には私達家族以外に、2人の人物が同席していた。
コーデリア家を支える2つの大黒柱、武のオーガスト殿に内務のレブナン殿だ。2つの家系はコーデリア家発祥時期までさかのぼれるらしい。この2家があればこそ、コーデリア家は、貴族間の政略争いを乗り越えてこられたに違いない。
我が家の食事は贅沢なものではない。朝よりも少し具の多いスープに黒パンと小さな焼肉か焼き魚が夕食になる。王都の中規模な商人達の方がよほど贅沢だと、王都に行ったことのあるガロード兄さんが良く言っている言葉だ。
夕食が終わると、侍女がワインのグラスを運んでくる。
それを合図に母様が席を立つと、残ったのは私達男性だけになる。
「状況は?」
父様の言葉にテーブル越しに座った2人が頷いた。
最初に口を開いたのはオーガスト殿だが、これは昔からなんだろう。
「我が領地に異常はございません。東の石橋に、ガロードが1部隊を率いて駐屯しております。西と南はサーデスが数騎で巡回警備をしております」
「内務の方も、課題はございません。2人の侍女が職を辞して婚礼を上げるとのことです。新たに3人を雇い入れました。神官殿からも特に要望はございません」
2人の報告を聞いて、父様は大きく頷いた。
何事もないということが、領地を持つ父様には何よりの知らせということなのだろう。
「今までは、ここまでだったが、どうやらトリニティの部隊も形になったようだ。私の身分であれば1個小隊の部隊を作ることができるが、軍は浪費家でもある。余り大きくはしたくなかったが、魔物相手を考えれば早めに部隊を充実させることに越したことはなかろう。今度はトリニティの報告を聞く番だ」
父様の言葉に2人が私に顔を向ける。どんな報告をするのか楽しみなのかもしれない。目元がほころんでいるようだ。
「私の部隊は、本日の午後に部隊発足を宣言しました。部隊員は兵士が10人に指揮隊が5人です。指揮は私が執りますが、ライアン姉さんが手助けしてくださいますし、神官のマグネシア様、魔導士の2人が指揮隊に控えます。
丁度、ガロード兄さん達の徴募と重なったこともあり、男女の数が同数となる兵士の構成ですが、戦闘上の問題はないと考えております」
「騎士はライアン1人か……。ガロード達から数人加えるようワシから伝えておくべきかな?」
「それには及びません。我等の部隊は白兵戦を極力避けるつもりです。少なくとも30リオン(45m)以上の距離を保って戦をするつもりですから」
「弓兵としたのですな? 我がコーデリア家には専門の弓兵がおりませんでした。私の配下の者達に弓を持たせるべく訓練はしておるのですが、あくまで城の防衛でしか用を足せんでしょう」
レブナン殿の配下は城勤めの男女だ。十数名になるのだが、イザと言う時には弓を持って戦うことができるということになる。
「それはおいおい分かってくるだろう。とりあえず戦に出すことはできるということが分かれば良い。オーガストも少しは枕を低くできそうだな」
「御意。弓であればトリニティ殿の指揮で十分でしょう。いざとなればライアンに死守するようきつく申し付けておきます」
銃の威力をまだ誰も理解していないようだ。
魔族相手の戦は、話には時々出るのだが、それほど緊急を要しないということなんだろうか?
だが、エクシアは善悪のバランスが崩れ始めているようなことを言っていた。
それが表面まで現れるのにもう少し時間が掛かるのかもしれないな。