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5-3 カトレニアへの依頼


 どうにか私の依頼をカトレニアが納得してくれた時に、ラドニア小母さんとリンドネスさんが入って来た。

 やはりラドニア小母さんが最初にしたことは、暖炉に火をおこすことだった。

 マッチを使うことも無く、小さく詠唱をするとパッと焚き木に火が付く。その光景を見る度に、この世界には魔法があるとのだと自分に言い聞かせる。

 この世界では誰でも使える生活魔法ということなんだが、私に出来るのは汚れを取る【クリーネ】という魔法だけだ。

 天使様の御寵愛の代償だろうとラドニア小母さん達は思っているようで、さほど奇異には思っていないらしい。


「だいぶ熱心にお話をしておいででしたが?」

「トリニティ様からお仕事を託されたのです。コーデリア家の家人を育てるという大切なお仕事です」


 カトレニアの言葉に、リンドネスさんとラドニア小母さんが顔を見合わせたかと思った次の瞬間、私に視線を向けてきた。

 説明して欲しいということなんだろうな。

 カトレニアに説明した内容を、かいつまんで2人にすることになってしまった。


「そういうことでしたか……。お館様を見捨てるような貴族では、投降しても役に立つとは私も思えませんねぇ」

「村人の子供を将来貴族に取り立てられるのですか?」


「いや、そうじゃない。私やオーガスト達が元気な内は今のままでも良いだろう。だけど、これから領地が広がると統治に無理が出てくる。そのための組織作りを始めようと思ってるんだ。先ずはレブナンやマクセルの手助けができれば十分だろう。行く行くは1地方を預けたいところだね」

「貴族のように思えますが……」


 ローデリア王国の貴族も確かに似た組織を作っている。

 だけど、決定的な違いがあるんだよな。


「彼等に地方を預けるのは1代限りだ。親にその能力があっても、子供が同じ能力になるとは限らない。逆に親を越える能力を持つ者も出てくるだろう。だから1代限りだ。正確には定年制を設けたいところだな。50歳を超えたなら役を返上して貰おう」

「反旗を掲げることに繋がりませんか?」


「私兵は持たせない。全ての戦力はコーデリア家に統合させるつもりだ」

「戦力の統合はオーガスト殿と良く話し合ってください。今のコーデリアにはオーガスト家が必要です」


 ラドニア小母さんがそう言って席を立った。

 お湯が沸いたみたいだな。

 

 お茶を頂きながら、やはり急な変化は望ましくないのかと反省する。

 とはいえ、軍備はともかく官僚組織の立ち上げは早いに越したことは無い。

 これからの戦がどんな結果になるのかは分からないが、読み書きと計算を覚えた子供達なら誰もが欲しがるんじゃないかな。


「ところで、私達に何か?」


 私の質問にラドニア小母さんとリンドネスさんが顔を見合わせた。

 ラドニア小母さんが小さく頷いたから、要件はラドニア小母さんが話してくれるみたいだ。


「城に先代奥様の付き人と新たな奥様の乳母がいるとなれば、何かと意見が合わぬことになるでしょう。2人で大まかな仕事の分担を定めましたので、その御報告にと参りました」


 確かに2人の仲たがいが、私達にも及ぶ恐れは多分にありそうだ。

 話を聞いてみると、私達2人の世話はリンドネスさんと侍女2人が行ってくれるらしい。

 私から離れるのをラドニア小母さんは残念そうな表情で話してくれたけど、城の公的な場を仕切るのはラドニア小母さんになるようだ。

 当然戦場では山の民の若者達を指揮することは変わりがない。

 私の世話が残っていることで、ラドニア小母さんは満足してるのかもしれないな。父様達が存命だったら、私に家督を譲るまでは城の内部を取り仕切っていたんだろうけどねぇ。

 

「若様をよろしくお願いします」

 

 作ったような笑みを浮かべてラドニア小母さんが、リンドネスさんに頭を下げている。

 同じように深々とリンドネスさんがラドニア小母さんに頭を下げた。 

 これが、役目を交代する時の慣習なんだろうか?

 私も今年は17歳になるのだ。そろそろラドニア小母さんから卒業したいところなんだけど、小母さんにとってはまだまだ子供なんだろうな。


 お茶がワインに変わって、リンドネスさんが侍女にサンドイッチを頼みに行った。

 すでにお腹いっぱいだから、夕食は軽いものということなんだろう。


 日が傾き、リンドネスさんが部屋のランプに魔法で作った光球を入れる。4か所にランプがあるから、少し面倒なんだよね。

 いつもは暖炉傍か、机の上だけにして貰ってるんだけど、今日は特別なのかもしれない。


 日が暮れるとさすがに部屋が冷たく感じる。

 カトレニアがドレスを部屋着に着替えに向かい、ラドニア小母さんが暖炉に焚き木を投げ込んで部屋を暖めてくれた。


「山の民は頼んだよ」

「お任せください。彼等があれほど信心深いとは思いませんでした。霊廟も知っているようです。明日は5人が同行してくれるそうです」


 頼まなくとも向こうから動向を願い出たらしい。

 彼等の信じる神の1つは霊廟の天使でもあるようだ。


「私も着替えるよ。さすがに戦闘用の服装はこの部屋には合わないからね」

「気分転換は大事なことですよ。でないと疲れが溜まっていずれは床に着いてしまいますからね」


 軽く頷きながらクローゼットのあるコーナーに向かう。ついたてがあるから私の着替える様子を見られることは無い。部屋が大きいのも考えものだ。近くに父様の使っていたベッドがあるけど、いつの間にか布団が変わっていた。

 これも代が変わったからなんだろうな。


 カトレニアと色違いのお揃いは、向こうの世界から取り寄せたものだ。

 薄い生地のフリースのようだけど、この季節ならこれだけで過ごせる。

 2人の着替えが終わったところでラドニア小母さん達は部屋を出て行った。

 窓から中庭の騒ぎがまだ聞こえてくる。

 兄さん達は夜通し騒ぐつもりなのかな?


 しばらくはカトレニアにこの世界の計算の仕方を教えてもらっていたのだが、やはり足し算と引き算が基本のようだ。

 掛け算は九九を暗記しないと使えないんだけど、商取引を素早く行うのは難しいんじゃないかな。


「1袋55ドマドマの塩を23袋購入する場合の代金はどうやって計算するんだい?」

「表を使います。簡単な表なんですけど、結果を足せば答えが分かります」


 どうやら九九の表みたいなものらしい。

 商人の中には暗記している者もいるらしいが、文字を読める領民はそれなりにいるらしいから表の数字を変えるような者はいないらしい。

 そもそも取引時には互いに表を持ち寄るらしいから、不正行為はすぐに分かるのだろう。

 割り算という概念はまだないようだ。掛け算の応用でなんとかなるらしい。


「この表を暗記できないかな? できたなら面白い計算の仕方を教えてあげる」

「なら、頑張ってみます!」


 小学校低学年で覚える九九の暗記何だけどねぇ……。

 加減乗除と三角関数の概念ぐらいは覚えてほしいな。

 私の計算の仕方を簡単に説明しながら例題を解くと、目を見開いて感心しているようだ。興味があれば九九の暗記も早くできるようになるんじゃないかな。


 夜が更けたところで休むことにした。

 今夜からカトレニアと同衾することになるのだが、ベッドに向かいカーテンを閉じるとカトレニアが部屋着を脱ぐだけでなく下着まで脱ぎだした。

 この世界の風習では夫婦は裸で同衾するらしい。

 私が驚いていると、顔を赤くしたカトレニアが母様から言われたことだと説明してくれたんだが、どうやらこの王国の風習でもあるようだ。

 兄さん達が教えてくれても良かったんじゃないかな?

 私も衣服を脱いでベッドに入る。恥じらうカトレニアを抱きしめて眠りについた。


 翌日。私が目を覚ますと隣のカトレニアの姿がない。

 どうやら、私より早く起きて何かしているらしい。カーテンの向こうで何か音がしている。


 ベッドから起きて普段着代わりのジャンバーとジーンズ姿になる。

 一応、交戦状態であるから儀礼用の剣ではなく、装備ベルトを腰に巻くことにした。

 357マグナム弾が使えるパイソンであれば、魔族の襲撃があっても直ぐに即応できるだろう。

 カーテンを開けると、普段着に着替えたカトレニアがお茶の用意をして私を出迎えてくれた。

 袖が長く床まで裾が届くような薄緑色のワンピースの上に、ピンクのショールを羽織っている。胸元で軽く結んでいるけど、安全ピンの大きなもので止めた方が良いんじゃないかな。


「おはよう。昨夜は良く眠れたかな?」

「ぐっすり眠ることができました。お茶はどうですか?」

「頂くよ。私は何時も1人で寝てたから、ちょっと眠れなかったんだ」

 

 私の言葉を聞いて、カトレニアが笑みを浮かべる。

 カトレニアも1人で寝ていたことは確かなんだけど、可愛がっていたネコが一緒だったらしい。

 自分以外の温かさを知っていたということなんだろうな。

 それだけでもだいぶ違うということなんだろうか? カトレニアの肌を通して感じる鼓動が気になって中々眠りに着くことができなかった。


「今日は、霊廟に連れて行って下さるのですよね」

「ああ、午後になると思うよ。それほど距離が無いからカトレニアも歩けると思うんだけど、ラドニア小母さんが馬車を使えと言ってるんだよなぁ……」

「だいじょうぶです。散歩の距離もだいぶ伸びてきましたし、歩けなくなってもトリニティ様が運んでくれるんでしょう?」


 おねだりするような目で見られたら、嫌とはいえないのが辛いところだ。

 笑みを浮かべてカトレニアに頷いたけど、城から北東に1km程度の場所だから歩けないと言って座り込むような距離ではないんだけどね。


 お茶を飲みながら霊廟の様子を話していると、朝食を乗せたワゴンを押した侍女を連れて、リンドネスさんが部屋に入ってきた。


「おはようございます。今日は良いお天気ですよ」

「おはよう。さすがに今朝は静かだけど、後始末が大変だろうね」


「ラドニア様が数人の侍女を使って後始末をしようと様子を見に行ったのですが、直ぐに戻ってライアン様に援軍を要請してもらうと言っておりました」


 思わずカトレニアと顔を見合わせてしまった。

 要するに大騒ぎになってたということなんだろう。早めに退席して良かったと胸をなでおろす。


「それだけガロード様達は嬉しかったのではないでしょうか? 聞けば兄弟同様に育ったようですので」

「感謝しても足りないくらいだよ。私よりも兄さん達が先になるはずなんだが、これは縁がひつようだからねぇ。それと神の導きもだ」


 リンドネスさんが右手を胸に合わせて軽く頭を下げる。

 神に対する祈りの仕草だ。

 どの神に感謝したのだろう。私の信じる天使と縁結びを司る私の知らない神かな。


 侍女達が小さなテーブルに朝食を並べていると、リンドネスさんがベッドメイキングに向かった。食事中にするとは思わなかったけど、この世界の衛生観念は元の世界とはかなり違うからなぁ。

 布団をパタパタさせなくとも、【クリーネ】の魔法1つで埃すらなくなってしまう掃除機より便利な魔法だ。

 

 ベッドメイクを終えて私達の前に現れたリンドネスさんは、少しがっかりしたように俯き加減に歩いてきた。

 ひょっとして、確認しに向かったのか!

 それも乳母としては知る必要があるということなんだろうが……。たぶん、ラドニア小母さんにも知らせるのかな。

 そこで終わってくれれば良いのだが、変な横やりが入ることも考えないといけなくなりそうだ。


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