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5-2 もうすぐ秋分


 秋分の日は、朝から上天気だった。

 会議室のテーブルを中庭に運び、白いテーブルクロスを掛ける。

 そんなテーブルには、山の民の子供達が荒れ地や山の麓で集めた草花が飾り付けてあった。

 カトレニアの花壇にも花が咲いていたが、それはそのままにしているようだ。

 その花壇の上には、コーデリア家の旗が飾られている。

 私達が座ったのは花壇を背にしたテーブル席だった。

 すでに大勢の家人や村役、それに山の民の長老が席に着いていた。

 一度席に着いた私達が立ちあがったのを見たレブナンが宴会の始まりである挨拶を始めたんだけど、それを引き取るようにオーガストがワインのカップを掲げて乾杯を告げる。


「「乾杯!!」」

 

 中庭に大きな声がこだまして、私もカップのワインを一口飲むと、隣のカトレニアに笑みを浮かべる。

 

「さて座ろうか。私達が立ったままだと誰も座れそうにないからね」


 小さな笑みを浮かべるとカトレニアが腰を下ろす。その後に私が腰を下ろすのがこの世界の習わしらしい。

 隣の席では、ラドニア小母さんとリンドネスさんがハンカチで涙を拭いていた。

 どちらも今の私達を見て感無量ということなんだろうな。


 次々と招待した客人達が、私達のテーブルを訪れて挨拶をしてくれる。

 カトレニアを初めて見たという人も多いんじゃないかな。今までは城の中でずっと治療に専念していたからね。


 コーデリアの重鎮ともいえる人物たちと会えたのがカトレニアにも嬉しかったんだろう。一々丁寧に挨拶を返している。


 一通り挨拶が終わるころに、大きな鹿の焼き肉が運ばれてきた。

 形が分かるように焼いてあるから、丸焼きということなんだろうか?

 料理頭が切り取った肉にソースが掛けられると、侍女がそれをテーブルに運んでいく。

 鹿の次はイノシシだ。さらにキジのような鳥が運ばれてきた。

 新年の料理でも、これほど肉が出てきたことが無かったから、招待客よりも私の方が目を大きくして料理を見ている始末だ。


「若様。そんなに料理を見てるようでは、嫁さんに笑われますよ」

 

 私に近付いて、そっと耳打ちしてくれたのはガロード兄さんだった。


「そうですか? でも、こんな料理は私も初めてだったんです」


 ちらりとカトレニアに視線を向けると、兄さんの言った通り笑みを浮かべて私を見ていた。

 これは不味いところを見られたかな? 食いしん坊だと思われかねない。


「確かに……。気を付けます。それより、ガロード兄さんの方こそ、飲み過ぎて騎士に担がれて部隊に帰ることが無いようにしてください」


 私のささやかな皮肉にも、ガロード兄さんにはどこ吹く風と聞き流している。

 ガロード兄さんの時には、絶対に仕返ししようと心に誓っていると、ガロード兄さんはワインのビンを片手に次のテーブルへと向かって行った。


「御兄さま?」

「小さい時から遊んでもらったので、今も当時の言い方を続けているんですよ。一人っ子ですからね」

「ライアン様を姉さんと呼ぶのも?」

「ええ、そう呼びなさいと子供のころに言われまして……。オーガストの末っ子ですから、弟が欲しかったのかもしれません」


「私には兄が2人に、弟と妹がおります。館は何時も賑やかでした」

「ここは静かだけど、後でちょっと話があるんだ。場合によっては忙しくなるし、賑やかにもなりそうだ」


 自分の仕事が出来たと思ったのかな? 話を聞いた途端嬉しそうな表情を見せてくれた。


 さて、冷えない内に料理を頂いておこう。

 中庭もだいぶ賑やかになってきた。

 私達も挨拶に回ろうかな。カトレニアの手を取って席を立たせると、左手でカトレニアの腰を抱き右手にワインのカップを持って左回りにテーブルを回る。

 どうやらこれがこの世界の習わしらしい。

 レブナンに教えて貰ったんだから間違いは無さそうだ。早く回っておかないと、私が酔いつぶれてしまいそうだ。


 一回りを終えて席に戻ると、リンドネスさんが私の後ろに身を低くして近づいてきた。

 なんだろう? と首を向けるとリンドネスさんが小さく頭を下げる。


「そろそろ奥様のお召し物を変えたいと思いますが……」

「そうだね。よろしくお願いするよ。侍女の手が足りなければラドニアに言って欲しい。数人を出してくれるはずだ」

「すでにラドニア様から3人をお借りしました。それでは……、さあ奥様」


 奥様と呼ばれてカトレニアが頬を染めている。

 世間的には昨年の秋分の日から私の妻なんだけど、療養が続いている間は城の連中もお嬢様と呼ぶこともあったようだ。

 本日のお披露目から、全ての領民がカトレニアを奥様と呼ぶことになるのだろう。

 私はこのままカトレニアと呼べば良い。

 とはいえ、まだ15歳だからねぇ……。奥様と呼ばれるのも早いような気もする。


 リンドネスさんに手を引かれてカトレニアが中庭を去ると、私の席にライアン姉さんとマギィさんがやってきた。私のカップにワインを注いでくれたんだけど、溢れそうになるまで注がなくても良いんじゃないかな?


「今日で治療も終わるのだな。昨年やってきたときには、来春を見ることはないと思っていたのだが、病魔が退散して良かった……」

「明日には、霊廟にお参りするとか。私も同行いたします」


 ライアン姉さんの言う通りだ。確かに病魔は去ったといえるのだろう。だが、後遺症が無いとも言えないんだよな。

 カトレニアの養護は私の務めになりそうだ。


 再び現れたカトレニアは髪を結いあげ、胸の開いたドレス姿だった。

 胸元まで届く首飾りには見覚えがある。

 あれは母様が付けていた品だ。ラドニア小母さんが渡してあげたんだろう。

 1人席の戻り、ハンカチで目元を拭いているところを見ると、将来の私の妻に渡すようにと言付かっていたのかもしれない。


「前にも増して綺麗だよ。私にはもったいないくらいだ」


 御世辞じゃないんだけど、私の言葉に顔を真っ赤にしている。


「ラドニア様よりお渡しくだされました首飾りですが、頂いてもよろしいのでしょうか?」

「その首飾りは母様のものだ。代々コーデリア家の妻に伝えられたものなんだろう。それをカトレニアが付けてくれるなら私もうれしいし、ラドニアが忘れずに伝えてくれたこともありがたいと思っているよ」


 普段見に付けていた首飾りは銀製の粗末な品だった。王都に向かった時にも付けていたはずだが、その後どうなったかはわからないのが残念だ。

 ラドニア小母さんに顔を向けて小さく頷くと、同じように頷いてくれた。

 相変わらず目を濡らしているようだけど、今日は祝いの席だ。微笑みを浮かべて私達を見ていてほしいな。


 少女から婦人の衣装替えに、皆の視線がカトレニアに集まる。

 頃合いを見てレブナンが合図を送ってくれた。ワインのカップを取りながら私に向かって頷くということだったが、カトレニアの衣装替えの後でということだったから、たぶん今の動作が合いうだったに違いない。

 カトレニアに耳打ちをすると、私に向かって笑みを浮かべながら席を立った。

 右手を肩まで上げると、急に宴の騒ぎが治まった。


「本日は、私達の婚礼の宴に参加してくれたことを感謝したい。城の礼拝所で神官の立ち合いの元私達は婚姻を神に誓った。

 今後は私ではなく、私達に協力をお願いしたい。

 さて、私の妻であるカトレニアは私の母様の実家より嫁いでくれた。母様の実家は南よりコーデリア領に侵入したケニアネス公爵家そのものだ。

 家同士は交戦状態ではあるが、それはカトレニアには関わらぬこと。私の妻となった以上、カトレニアはコーデリア家の1人である」

 私の挨拶が終わるとカトレニアが優雅な宮廷作法で挨拶してくれた。

 スカートのすそを摘まんで少し腰を下ろしながら背を頭を下げる仕草は、映画で見たことがあるんだよなぁ。身近で見られるとは思わなかった。

 少しぎこちないのは、カトレニアにとっても初めてのことに違いない。昨夜はリンドネスさんの指導を受けながら練習したに違いないな。


 パチパチと拍手が上がり、連鎖的に拍手が増えていく。

 中庭に拍手が満ち溢れたところで、私達は再びテーブルに付いた。

 このまま宴席は続くらしいのだが、私達は次の合図で会場を後に出来るようだ。

 少し酔った連中が私にワインを注ぎに来る頃、改めてレブナンが私の前にやって来た。


「宴はこのまま続けますが、若様達はそろそろご退席しても構いません。改めての挨拶は不要です」

「ありがとう。だけどあまり飲ませないでくれよ。今夜敵が侵入してきたら、とんでもないことになりそうだ」


 私の言葉に笑みを浮かべて頷いてくれた。

 その時はその時で対応できる体制を作ってきているに違いない。

 私以上に、コーデリアを考えてくれている。

 

 カトレニアの腰に手を伸ばして立ち上がらせると、ゆっくりと中庭を去ることにした。たぶん後ろからラドニア小母さん達が付いてきてるんじゃないかな。


 私の私室に入ると、暖炉傍のソファーに腰を下ろす。

 まだ秋の初めだから暖炉に火は入っていないけど、ラドニア小母さん達がやってきたらお茶を沸かすために火を点けるかもしれないな。


「どうにか終わったね。治療も今朝飲んだ薬で最後だ。1年間良く我慢してくれた」

「天使様の御慈悲で命は取りとめました。これでトリニティ様と一緒に暮らせます」


 まだ無理はできないだろうが、1年前と比べてお転婆そうな笑みを多く見せてくれる時が多くなった。どこかで見た笑みだと思っていたんだが、それが小さいころ一緒に遊んだ時のライアン姉さんと同じだとこの頃ようやく気付いたんだよね。

 ひょっとしてライアン姉さんのような元気な妻になるんだろうか? 母様は何時も笑みを絶やさない優しい人だったんだが、同じケニアネス家の血を引く女性でも性格は一緒にはならないようだ。


「ところでカトレニアは、読み書きと計算はできるかい?」

「できます。私を書記役に?」

「いや、書記を育てて欲しいんだ……」


 簡単に言うと、利発そうな子供を将来のコーデリアの家人とすべく教育するということになるんだが、遊びたい年頃の子供達にどのような形で教えるか、皆目見当が付かない。

 教育を受けたばかりのカトレニアなら、子供達を指導できるんじゃないかと説明する。


「この城に寄宿させても構わない。必要な品があればすぐに用意させよう。それで数人を何とかできないかな?」

「教育は貴族であれば必要なこと、民草に必要は無いと父様が言っておりましたが?」


 愚民教育は選民意識があればこそなんだろうな。「私の青い血が……」なんて言い出したら末期じゃないか。

 この世界の一般常識ではそうなるんだろうが、身分制度はもっとも嫌うところでもある。

 とは言っても民主主義をこの世界に取り入れるには、いささか早すぎるに違いない。

 努力すれば報いられる王国を作りたいんだが、まだまだ悩むばかりだ。


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